南米の双柱と、開かれる終わりの門
アフリカ大陸での死闘から数時間後。
満身創痍の極東陣営を乗せた輸送機は、次なる胎動の地——南米大陸、アマゾン熱帯雨林の上空へと到達していた。
「……冗談だろ。緑の欠片も残ってねえぞ」
ハッチから身を乗り出した剣王レオンが、血と汗に塗れた顔を引きつらせた。
地球の肺とも呼ばれた広大な大樹海は、そこには存在しなかった。
土も、大河も、生命の息吹も、すべてがすり鉢状に「無へ還され」、赤茶けた岩盤だけが剥き出しになっている。
そして、その広大な空白の中心。
【第4の執行者】と【第5の執行者】は、すでに完全に顕現を果たしていた。
一柱は、天を突くほどの巨大な『純白の剣』の姿をした異形。
もう一柱は、大地を覆い尽くすほどの巨大な『漆黒の盾』の姿をした異形。
だが、最も恐ろしいのはその姿ではない。
二柱の執行者は、これまでの個体のように周囲の空間を無差別に消滅させているわけではなかった。純白の剣と漆黒の盾が、互いの魔力を共鳴させるように交差しており、その中心に、星の理すら歪めるような『巨大な光の渦(門)』を形成し始めていたのだ。
『——統! 観測データに異常値です!』
通信機越しに響くイヴの声が、かつてないほどに切迫していた。
『あの二柱の執行者……自分たちの魔力を全て注ぎ込み、星の外側から【何か】をこの世界へ引きずり下ろそうとしています!』
「……引きずり下ろす、だと?」
俺は、全身の骨が軋むような痛みを堪えながら、眼下の光の渦を睨みつけた。
「……ハッ。間違いねえ。アレは『門』だ」
俺の隣で、レヴィが絶対零度の冷気を立ち昇らせながら、ギリッと奥歯を噛み締めた。
「あのバケモノどもは、自分たちが戦うためじゃなく……俺たち神殺しを一掃するための『真の胴元(名もなき神)』を、この星に直接降臨させるための儀式をやってやがるんだ」
「……ふざけんな。そんなもん降ろされたら、ゲーム(世界)ごと終わっちまうだろうが!!」
俺の怒声と共に、極東のバケモノたちは南米の荒野へと飛び降りた。
「オラァッ!!」
ガルドが咆哮と共に大地を蹴り砕き、純白の剣(第4の執行者)の根元へ向けて、山をも砕く獣の剛拳を叩き込む。
レオンが残った魔力を振り絞って巨大な斬撃を放ち、気絶から復帰した雅が、ふらつく足取りながらも神速の抜刀で漆黒の盾(第5の執行者)へと斬りかかった。
さらに。
「アタシたちの星を、勝手に店じまいしてんじゃねえェェッ!!」
紅刃が、【6の目】が刻まれた大剣から白金の炎を爆発させ、天空から光の門の中心へと特攻をかける。
俺も、アフリカで手に入れた【淘汰の抱擁】の赤きチップを握りしめ、執行者たちの理を相殺すべく、不可視の多腕を全開にして放った。
極東陣営の、文字通りの全火力。
これまでの執行者ならば、確実に砕け散っていたはずの連携と威力だった。
だが。
ガァァァァァァァァァンッ……!!!
「……ぐ、ぁッ!?」
「な、に……!?」
ガルドの拳が。レオンの斬撃が。雅の刃が。
漆黒の盾(第5の執行者)の表面に触れた瞬間、硬質な鐘の音と共に、受け止められるどころか『放った威力の数倍になって跳ね返され』、三人は血煙を上げて荒野へと吹き飛ばされた。
さらに、光の門へ突っ込んだ紅刃の白金の炎は、純白の剣(第4の執行者)がスッと動いただけで、空間ごと真っ二つに『切断』され、炎の概念そのものが消滅してしまった。
「がはッ……!!」
紅刃の身体が空中で斬り裂かれ、鮮血を散らして墜落する。
「紅刃ッ!!」
セリアが悲鳴を上げて駆け寄るが、俺の放った【淘汰の抱擁】すらも、二柱の交差する絶対的な理の前に、ただのそよ風のように掻き消されていた。
圧倒的。
理不尽。
絶望。
後に顕現する者ほど強いという、星の淘汰の悪辣なルール。第4、第5の執行者は、これまでの個体とは比較にならない『神殺しの天敵』としての完成された権能を持っていたのだ。
「ハァ……ハァ……ッ」
荒野に、極東の家族たちが血の海に沈んでいく。
回復役の翠蓮が泣きながら魔力を注ぐが、傷の深さと執行者の放つ淘汰の波動により、傷口が塞がらない。
『——警告。門の形成率、80パーセントを突破。……真なる神の顕現まで、残り僅かです!』
「……クソがッ!!」
俺は、血反吐を吐きながら立ち上がった。
このままでは、名もなき神が降り立ち、星が消滅する。
手札はない。白のチップも、赤のチップも通じない。俺たちイカサマ師のハッタリが通用する次元を、相手はとうに超えている。
俺は、左手のポケットの奥深く——残り少ない己の寿命を削る、あの禍々しい【星のブラックチップ】に手を伸ばした。
(……やるしかねえ。俺の命を全部テーブルに乗せて、あの門ごと原初の炎で……!)
俺が自らの魂を燃やし尽くそうと、一歩前へ踏み出そうとした。
その時だった。
「……やめろ、統」
俺の肩を、氷のように冷たく、けれど力強い手が、ガシッと掴んで引き止めた。
「レヴィ……?」
振り返ると、そこには全身傷だらけになりながらも、決して膝を折らず、静かに絶対零度の蒼光を瞳に宿した氷王の姿があった。
「お前は、もう十分に命をすり減らした。……これ以上、その安っぽい寿命をテーブルに投げるな。俺の主が、これ以上ボロボロになるのは見ていられん」
レヴィの言葉に、俺は息を呑んだ。
かつて世界を支配し、誇り高く、誰よりも人間を「脆い」と見下していた冷徹な王。
その彼が今、満身創痍の俺を庇うように、静かに俺の前に歩み出たのだ。
「……レヴィ、何をする気だ。テメェ一人の氷じゃ、あの双柱は……!」
「分かっている。アレは俺たち神殺しを狩るための、純粋な天災だ。……まともにやり合って勝てる道理はない」
レヴィは、愛刀である氷の細剣を静かに抜き放ち、俺へ向けて、ふっと……氷が溶けるような、穏やかな笑みを浮かべた。
「だがな、統。……俺はかつて、すべてを失い、死王に呪いを刻まれ、暗闇の中で凍りついていた。そんな俺をテーブルに引きずり戻し、もう一度『家族』という温かい居場所をくれたのは、お前のその狂ったイカサマだ」
ゴォォォォォォォォ……!!!
二柱の執行者が、邪魔な神殺し(俺たち)にトドメを刺すべく、純白の剣と漆黒の盾に、星を砕くほどの絶対的な淘汰の魔力を収束させ始めた。
「……だから、これは俺の『ツケの支払い』だ。最高のディーラーに出会えた、俺からの最後の全賭け(オールイン)だ」
レヴィの足元から、彼の魂そのものを燃料にした、命を削るほどの吹雪が舞い上がり始めた。
「レヴィ……やめろ! 行くなッ!! レヴィィィィッ!!!」
俺の悲痛な叫びを背に受けながら。
かつてすべてを失った氷の王は、自らの『6の権能』のすべてを解放し、絶対的な絶望が待つ双柱の執行者へと向けて、ただ一人、静かに歩みを進めていくのだった。




