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神殺しのダイス・マキア ~最弱ギャンブラー、命をチップに傲慢な理を物理で粉砕する~  作者: kiro


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凍土の交渉(ディール)と、一つ目の繭



「……統。背中の防具、少し緩んでいるわよ。私が直してあげる」


「あ、ああ。サンキュ、セリア」


西東京アジトの地下武器庫。


出撃準備の慌ただしい空気の中、銀髪の第一騎士・セリアが、俺の背後に回って皮のバックルをキュッと締め直した。


その手つきは堂々たるもので、まるで『私の特等席はここよ』と周囲に誇示するような、正妻の余裕すら漂っている。


「お待ちください、セリア殿。すばる様の左腕の呪いの痕は、まだ熱を持っています。……すばる様、私がこの特製の冷感包帯を巻き直しますので、腕をこちらへ」


「あら雅ちゃん。そんなにきつく巻いたら、すばる君の血流が悪くなってしまいますよ? すばる君、私が後で極上のマッサージを……」


「……お前ら、これから世界を滅ぼすバケモノを殴りに行くってのに、なんでそんなに殺気立ってんだよ」


右腕を雅に引っ張られ、背中からはセリアの柔らかい感触、そして正面からは翠蓮の大人の色香が迫る。


極東が誇る最高戦力の女たちによる、静かで血みどろなマウント合戦。俺は冷や汗を流しながら、助けを求めるように遠くを見た。


「……見ちゃいけねえよオッサン。俺たちのボスが、三等分に切り刻まれようとしてる瞬間だ」

「ガハハハッ! 漢の甲斐性ってやつだな! ま、俺は腹が減ったからレーションでもかじっとくぜ!」


「……フッ。勝手に破産バストしていろ、愚かなイカサマ師め」


レオン、ガルド、レヴィの三人は、完全に俺を見捨てて輸送機への搭乗を始めていた。


「——統、皆さん。遊んでいる場合ではありません」


スピーカーから、イヴの呆れたような(しかしどこか冷たい)声が響く。


『一番近くで孵化ふかしようとしている【一つ目の胎動】の座標を特定しました。ユーラシア大陸北東部……シベリアの永久凍土。そこは現在、死王ゼインと幻王が融合させた『絶対同盟の防衛線』の目と鼻の先です』


俺は深く息を吐き、雅たちからそっと身を離して、ウロボロスの傷跡が残る拳を強く握りしめた。


「……遊びは終わりだ。極東のテーブルを開くぞ、お前ら」


俺の声音が変わった瞬間、三人の女たちの表情から甘さが消え、研ぎ澄まされた刃のような『極東の戦力』の顔へと一瞬で切り替わった。


数時間後。俺たちを乗せたステルス輸送機は、極寒のシベリア上空から目標地点へと降下した。


「……おいおい、冗談だろ。なんだよこの景色は」


ハッチが開き、凍てつく大地に降り立ったレオンが、クレイモアを肩に担ぎながら引きつった声を上げた。


見渡す限りの銀世界……ではない。


俺たちの目の前に広がっていたのは、物理的に破壊されたクレーターではなく、まるで絵画の一部を消しゴムで乱暴に擦り消したような『不自然な空白』だった。


雪も、岩も、風の音すらも、巨大なすり鉢状に「無へ還って」いる。


「……氷王の冷気とは違う。生命を凍らせるんじゃねえ、存在そのものを拒絶するような、不気味な寒気だ」


ガルドが腕をさすりながら、獣の瞳を細めた。


このすり鉢状の空白の中心で、途方もない『一つ目の執行者』が、魔力と空間を喰らいながら孵化の時を待っているのだ。


「統、前方に魔力反応! ……この気配は!」


盾を構えたセリアが鋭く叫んだ。


空白の地を取り囲むように、濃密な『灰色の霧』が立ち込めてくる。


幻王の権能だ。だが、その霧の中から姿を現したのは、幻覚の獣などではない。


ボロボロの甲冑を纏い、ドス黒い死の呪いを立ち昇らせる無数の『骸骨の騎士スケルトン』たち。


「……幻王の霧で気配を隠し、死王の呪いで不死の軍隊を動かす。これが連中の『絶対同盟』の陣形ってわけか」


レヴィが、己の愛する者を奪い、死の呪いを刻み込んだ憎き宿敵(死王)の気配を感じ取り、掌に絶対零度の氷槍を現出させる。


骸骨の騎士たちの奥から、巨大な漆黒の軍馬に乗った、一際強大な死の気配を纏う騎士——死王の側近クラスの『死霊将』が、槍を突きつけてきた。


『——止まれ、極東の狂人ども。ここは我が偉大なる死王ゼイン様と、幻王様が敷いた絶対の防衛線。これ以上の前進は、死をもってあがなうものと知れ』


「一戦交えるか、すばる様」


雅が鯉口を切り、翠蓮も槍を構える。


だが、俺は片手でそれを制し、死霊将の前に堂々と歩み出た。


「……ハッ。デカい口叩いてんじゃねえよ、カラカラ野郎。お前らがここに軍隊を並べてんのは、俺たち極東を止めるためじゃねえだろ?」


俺は、左手のポケットに手を突っ込み、獰猛なイカサマ師の笑みを浮かべた。


「お前らの王どもは、あっちの奥で生まれようとしてる『とんでもない嵐』にビビり散らして、幻覚と呪いの防衛線シェルターに引きこもって震えてるんだ。お前らは、あの胎動がこれ以上こっちに広がってこないか、ビクビクしながら見張りに来てるだけだろ?」


図星を突かれたのか、死霊将の兜の奥の赤い眼光が、僅かに揺らいだ。


「……貴様、何を」


「いいか、よく聞け」


俺は、一歩だけ前に出て、ハッタリの効いた凄みのある声で告げた。


「ここで俺たちと血みどろの殺し合いをして、無駄にチップ(軍勢)をすり減らすか。……それとも、大人しく道を開けて、俺たちがあの『嵐』の中心に突っ込んで大掃除してやるのを、高見の見物と洒落込むか。……どっちがお前らの王にとって『得』か、頭の足りねえ骸骨の脳みそでよく考えな」


静寂。


極寒の凍土に、俺の放った極上のブラフ(脅迫)が響き渡る。


俺たちをここで止めるのは、死王軍にとっても致命的な消耗を意味する。それならば、極東というイレギュラーを『厄介な天災のデコイ』として嵐の中に放り込んだ方が、生存確率は跳ね上がる。


ギャンブルのテーブルにおいて、敵の利害を計算し尽くした、完璧な交渉ディールだった。


『……狂人め。嵐の目の中で、塵一つ残さず消滅するがいい』


死霊将がギリッと歯軋りするような音を立てて槍を下ろすと、幻王の霧がスゥ……ッと割れ、死王の軍勢が左右に分かれて『道』を作った。


交渉成立ベット・コンプリートだ。賢い選択だぜ」


「……相変わらず、心臓に悪いハッタリをかます男だ」


レヴィが呆れたように息を吐きながら、俺の隣に並ぶ。


その瞳の奥には、宿敵の軍勢を前にしても冷静さを失わなかった俺への、確かな信頼が宿っていた。


「すばる君のああいう悪いところ……私、好きですよ」と、翠蓮がクスクスと笑った。


俺たちは、両脇を死の軍勢に睨まれながら、幻王の霧が晴れた『空白の中心』へと足を踏み入れた。


そして、ついにその全貌が俺たちの眼前に現れた。


「……嘘だろ。これが、これから生まれようってのか」


レオンが、絶望に顔を引きつらせる。


凍てつくすり鉢状のクレーターのド真ん中。

そこにあったのは、山脈のような巨大な漆黒のクリスタル……いや、無数の血管のような魔力線がドクドクと脈打つ、途方もないスケールの『一つ目のまゆ』だった。


繭の表面からは、俺たち神殺しの存在そのものを「無に還そう」とする、圧倒的で原始的な淘汰の波動が立ち昇っている。


「……上等だ。世界を丸ごとひっくり返そうとする胴元の、最初の一枚目」


俺は、ポケットの中で星のブラックチップを握りしめ、極東の家族たちと共に、静かに武器を構えた。


「完全に孵化する前に、この殻ごとぶっ叩いて……スッカラカンに破産させてやる!」


名もなき神が放った五つの手札。


その最初の一つである【漆黒の繭】との、極東陣営の命を懸けた規格外のサバイバルゲームが、極寒の凍土で今、幕を開けるのだった。

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