修羅場の代償と、星を喰らう五つの胎動
「……すばる様は、私に全賭けしてくださったのです」
「あら。ギャンブルは、掛け金が重いプレイヤーの勝負を優先するのがルールでしょう?」
西東京アジトのダイニング。
右からは、鯉口を切って静かな殺気を放つ雅。左からは、豊満な胸を押し当てて大人の余裕で微笑む翠蓮。
極東が誇る二つの美しい凶刃に挟まれ、俺というディーラーが文字通り「破産(物理)」しようとしていた、まさにその時だった。
「——へえ。随分と賑やかなテーブルね、統」
ガチャリ、と。
ダイニングの扉が開き、寝起きの目を擦りながら、銀髪の第一騎士が入ってきた。
瞬間、俺は地獄から蜘蛛の糸が降りてきた思いで「お、おう! セリア、おはよう!」と声を張り上げたのだが——。
セリアは、俺の隣で火花を散らす雅と翠蓮、そして俺のシャツから漂う『複数の甘い香り』に気づき、ピタリと足を止めた。
「……統。あなたから、雅のシャンプーの匂いと、翠蓮さんの白檀の香りが……同時に、しかもものすごく色濃くするのは、気のせいかしら?」
「えっ、あ、いや! これはなんというかだな……!」
セリアのサファイアの瞳から、スゥ……ッと光が消えた。
彼女は無言のまま、背中に背負っていた巨大な白銀の盾を、ズドンッ! と床に突き立てた。
「……私という第一の盾がいながら。私が疲れて寝ている間に、他のテーブルで随分と派手な『掛け持ち(マルチベット)』を楽しんでいたのね、統」
「セ、セリア嬢ちゃん!? なんで盾の裏に致死量の魔力を圧縮して……やめろ、ここは地下アジトだぞ!?」
極東の最高戦力三人による、血で血を洗う修羅場。
遠くの席では、レオンが「南無三」と十字を切り、レヴィが「自業自得だ」と冷たいコーヒーを啜っている。
俺の寿命が三等分にされようとした、その直後だった。
ドォォォォォォォォン……ッ。
物理的な揺れではない。
魂の底を直接殴りつけられたような、重く、悍ましい『重低音の鐘の音』が、世界中の空間を震わせた。
「なんだ!? 今の音は……!」
俺が叫ぶと同時、ダイニングの巨大モニターが赤黒い警告色に染まった。
『——緊急事態。統、皆さん、直ちに警戒を。地球上の五つの大陸において、同時に【計測不能な魔力異常】が発生しました』
イヴの無機質な声と共に、空中に世界地図が展開される。
ユーラシア、北米、南米、アフリカ、オセアニア。
五つの大陸のド真ん中に、脈打つ心臓のような、巨大で赤黒い『光点』が映し出されていた。
「イヴ、これは死王か幻王の動きか!?」
俺の問いに、AIは淡々と、しかし恐ろしい事実を報告する。
『いえ、波長が全く異なります。……現在、この五つの光点の中心部から、周囲の山脈、都市、大気、空間そのものが「消失」し続けています。……破壊ではなく、文字通りの『消滅』です。また何者かが、地中から孵化しようとしています』
「あ、アァァァァァッ!!」
突然、獣王ガルドが頭を抱え、床に膝をついて獣のような苦悶の叫びを上げた。
「オッサン!? どうした!」
レオンが駆け寄るが、ガルドの全身の剛毛が逆立ち、浅黒い顔から血の気が完全に失せている。
「……わからねえッ! なんだこれ……王の覇気とか、殺気じゃねえ! 俺の獣の血が、本能が、今すぐこの星から逃げろって悲鳴を上げてやがる……! こいつらの前に立ったら、命の格が違いすぎて、一瞬ですり潰されるって……!」
万獣の王を震え上がらせるほどの、絶対的な死の気配。
それは、これから目覚めようとしている五つの存在が、今まで戦ってきた神々とは次元の違う「何か」であることを示していた。
「……バケモノの、孵化……?」
セリアが、白銀の盾を構えたまま青ざめた顔で呟いた。
「……なるほどな。点と点が繋がったぜ」
静まり返ったアジトの中で、レヴィがギリッと奥歯を噛み締める音だけが響いた。
「死王ゼインと幻王が、プライドを捨てて自らの領土を融合させ、『同盟』を結んだ本当の理由が分かった。……あいつらは、極東(俺たち)にビビったわけじゃない。このバケモノどもが目覚める『足音』を、ずっと前から感じ取っていたんだ」
レヴィの言葉に、俺はハッと息を呑んだ。
「神の力を奪い、王としてふんぞり返っていた古株の連中にとって、世界を丸ごと削り取るようなこの天災は、自分たちを殺しに来る『大嵐』そのものだ。……だから奴らは、嵐が過ぎ去るまで、幻覚と死の呪いで分厚いシェルターを作って、息を潜めることにしたってわけか」
現在の盤面は、死王と幻王との三つ巴の冷戦などという生易しいものではなくなった。
どこかの深淵に潜む【名もなき神(真の胴元)】が、俺たち神殺しを盤面から丸ごと払いのけるために、五つの巨大な処刑人を裏向きに伏せたのだ。
「……おいおい、ふざけんなよ。世界中の神殺しどもが束になっても逃げ出すような嵐が、今まさに五つも生まれようとしてんのかよ」
レオンが、引きつった笑いを浮かべながらクレイモアの柄を握りしめる。
修羅場を繰り広げていた雅と翠蓮も、俺の背中を守るように武器を構え、かつてない緊張に冷や汗を流していた。
だが。
「……ハッ。アハハハハハッ!!」
絶対的な絶望が支配するダイニングで。
俺は、ウロボロスの傷跡が残る手で顔を覆い、腹の底から、最高に愉快な笑い声を上げた。
「……統?」
セリアが、信じられないものを見るように俺を呼ぶ。
「いや、わりぃ。……笑うしかねえだろ、こんなの」
俺は笑い涙を拭いながら、モニターに映る五つの赤黒い光点——孵化を待つ名もなき執行者たちの胎動を、獰猛なイカサマ師の瞳で睨みつけた。
「死王だの幻王だの、デカい顔して俺たちをゲームの駒にしてた連中も、結局はどこかの『名もなき神様』の掌の上でビクビク怯えてただけだったってことだ。……こんなに痛快な話はねえ」
俺は左手のポケットに手を突っ込み、原初の炎すら灰にする『星のブラックチップ』の熱い感触を確かめた。
連中がゲームを強制終了しようが関係ない。俺たちが座ったテーブルのルールは、俺たちが決める。
「お前ら、作戦を決めるぞ。……嵐に怯えて引きこもってる死王や幻王の同盟軍をまずは盤面に引きずり出してやる」
俺は、極東の狂った家族たちを振り返り、ニヤリと笑った。
「完全に孵化する前に、一番近くで目覚めようとしてる『一つ目の胎動』を叩き潰しに行く。……この五つのチップを全部俺たちが強奪して、最後に、安全圏から俺たちを消そうとしてる『名もなき神』ってやつもテーブルの前に引きずり出してやる」
神殺しを根絶やしにする、五つの絶望の兆し。
その悍ましい産声を受け、極東の最弱にして最凶のギャンブラーは、ハーレムの修羅場を背後に背負いながら、ニヤリと不敵に笑って次なる死地への全賭け(オールイン)を宣言するのだった。




