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SEVEN~警視庁特務課~  作者: 桂木 京
第11話:絶望の夜

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ハッカー

「侵入した4人はまだ移動中だ。あのハッカーが完全にシステムを掌握する前に、せめて入り口のロックをこちらで奪還できれば……」


特務課司令室。

悠真は、青白いモニターの光に照らされながら、猛烈な勢いでキーボードを叩いていた。


司の指示は明確だった。

まずは人命優先。

悠真は各課の事務所にかけられた電子ロックを次々と解除し、動ける警官たちが怪我人の救護に当たれるよう、逃げ道と救護ルートを確保した。


そして、司令官としての次なる布石は二つ。

一つは、遠藤副総監の執務室へ向かうルートに電子的な障害を撒き、敵の進軍を1秒でも遅らせること。

そしてもう一つが、外で立ち往生している北条や虎太郎たちを招き入れるべく、封鎖されたシャッターをこじ開けることだ。


外には特務課の面々だけでなく、一課の稲取、SITの古橋といった警視庁の「盾」と「矛」が揃っている。

彼らという「増援」が合流すれば、圧倒的不利な状況を五分まで引き戻せるはずだ。


「さて……何から取り掛かろうかな。遠藤さんが消されたら、その瞬間にゲームオーバーだよね?」


「ゲームオーバーって……悠真くん、不謹慎よ」


「でも、そう思った方がスリルがあって筆が進むでしょ?」


軽口を叩く悠真の隣で、志乃は複雑な表情を浮かべる。


「……まぁ、それで悠真くんが全力を出せるならいいけれど。この『ゲーム』、難易度はどのくらい?」


「相当だよ。四天王級が4体に、さらに未知数のラスボスまでいるんだから。でも、幸いこっちには場外に強力な援軍が待機してる。敵の足を止めながら、援軍を迎え入れてボスを倒す……。なかなか、やりがいのあるミッションだね」


不敵に笑う悠真。

だが、志乃は見ていた。キーボードを打つ彼の指先が、わずかに、しかし確実に震えているのを。


(……あんなこと言っているけれど、相当なプレッシャーなのよね)


悠真の指先にかかっているのは、特務課の、そしてこの警視庁の……ひいてはこの国の命運だ。

一打鍵のミスが、取り返しのつかない破滅を招くかもしれない。その重圧が、天才の指を強張らせていた。


「……悠真くん」


背後から、司の静かな、しかし温かい声が届いた。


「あなたにすべてを委ねているわけじゃないわ。もしあなたが失敗したら、私はまた別の策を講じるだけ。外には北条さんや稲取さんがいて、あさみや辰川さん、そして虎太郎だっている。悠真くんが上手くいかなくても、あのメンバーなら最後には何とかしてくれると思わない?」


独りではない。

たとえモニターの前に座っているのが自分一人でも、その背後には信頼できる仲間たちの存在がある。

司は、悠真の肩にそっと手を置き、その重圧を分け合うように微笑んだ。


「……うん、そうだね。虎太郎なら、シャッターが開かなければ力任せにぶち破りそうだし。ありがとう、司令。少し肩の力が抜けたよ。……よし、やるぞ!」


悠真の瞳から迷いが消え、代わりに計算され尽くした輝きが戻った。


「ターゲット・ロック。……警視庁正面玄関、第4ゲート。強制解錠プロセス、開始!」



悠真がシャッターと施錠の解除に取り掛かり、すでに20分が経過していた。 同時に『神の国』の足止めも並行して行っている悠真には、明らかな疲労の色が滲み始めている。


「こっちがいくらセキュリティロックを掛けても、相手はひとつひとつ丁寧に、確実に解除してくる……。ハッカーらしくないんだよね、コイツ……」


悠真が強固なセキュリティを構築しても、敵の『ハッカー』はそれを執拗に、まるで職人のような手つきで無力化していく。


「まるで、新しい鍵をかけ直した直後に、ヘアピン一本で音もなく開けられているような……。嫌らしいなぁ、こんなやり方。昔、一度だけ……あ」


そこまで口にしたところで、悠真の脳裏に過去の苦い記憶がフラッシュバックした。


「まさか……本当にアイツなのか……?」


その手口、特有の癖。

ネットの深淵で競い合った者だけが知る、忌々しくも懐かしい「署名(シグネチャ)」を悠真は感じ取っていた。


「……これなら、倒せるかもしれない」


「え?」


「司令、コイツ……僕の知り合いかもしれないんだ」


知り合いといっても、言葉を交わしたことさえない。

ネットの海で同時期に、互いに「神童」ともてはやされた存在。

かつて同じシステムに侵入しようとした際、その足を引っ張り合い、邪魔し合った宿敵の一人だ。


「……鍵開け屋。この城の門は、絶対に開けさせないよ。手口や癖が分かった以上、こっちにはいくらでもやりようがある。特務課(ぼくたち)を、なめるなよ」


悠真は引き出しからチョコレートを取り出すと、銀紙を剥く時間さえ惜しむように口に放り込んだ。

糖分が脳を刺激し、思考が加速していく。


「……よーし、やるぞ!」


士気が跳ね上がり、悠真のタイピング音は次第に激しさを増していく。

その音はもはや打鍵音ではなく、リズムを刻むパーカッションのようだった。


「志乃さん、ちょっとだけ手伝って!」


「私!? でも、ハッキングの技術なんて……」


「それは僕の仕事。志乃さんは、僕が制御権を奪い返した瞬間を狙って、通常操作でドアオープンを実行してほしいんだ。僕がそのボタンをクリックする、そのわずかな秒数さえ惜しい」


相手はシステムを「制御不能」にするだけでいい。

しかし、悠真側は「制御を奪還」した上で「扉を開く」という二段階の行程が必要になる。

扉を開く操作のわずかな隙に、再びロックを上書きされてしまえば、すべては振り出しに戻る。


「……了解したわ。合図をちょうだい」


「……ありがと!」


孤独な戦いではない。

隣には、この警視庁という戦場を知り尽くした才媛が控えている。


「……ひとつだけ、忘れてるよ」


キーボードを叩きながら、悠真の口角が不敵に上がった。


「確かにアンタのやり方は丁寧で確実だ。でもね、アンタは今まで、この僕に『スピード』で勝てたことは一度もないんだよ! たとえ僕のやり方が雑で、綻びがあったとしても……」


モニターを流れる文字列が加速し、閃光のような軌跡を描く。


「失敗したら、アンタが成功するその前に、別のやり方で成功させてやればいいだけさ!」


迷いを捨てた天才の指先が、光速の領域へと踏み込んだ。

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