欲の写身 18
「痛いなぁホント……老体には優しくしてくれたまえ」
「アンタも無所属の影使いだ。こちらも無視できん」
「変なことはしておらん」
そんな押し問答をハゲた頭の和服の男と、黒い外套の男がしていた。
ネストの持つ輸送車に、土埃や泥のついた一般市民が押し込まれている。外套の男は初老の男の腕を引っ張って居たりするが、力が入る度に痛いだのどうだの喚く。それを何度も繰り返していた。
「おや」
それを尻目にある男が車内から声を上げた。
「黄仙?」
不健康な顔つきの男がぬっと首を出す。
「コグネ」
コグネの腕を引っ張られ、車内に黄仙は乗り込んだ。壁にある、煤けた小さなシートに腰掛けうずくまるように二人は向き合った。
「お前さんは戦わないでいいのかい?」
「僕は生憎、こういう激しいことはできない。ネストの一人だが、呼び出され観測を任されてね。調子が悪くてできず、なら避難しろとココに連れられたまでだよ」
「ネストだろうに」
黄仙がそう漏らすように言ってから懐を探る。
「煙は体に悪いですよ」
「短い余生だ。好きにさせい」
「……この惨状、どうお考えです?」
持ち前の煙草が無かったのか、黄仙は眉を寄せて唸る。
「どうもこうも『ネスト』が影に隠れて力を行使していたことが一般にも知れ渡り、あのタヌキ共がどう言い訳するか見ものだな」
「なるほど」
「まあ、この世がまだあればの話だがね」
周囲の疲弊した一般市民が困惑した表情で、忙しなく周囲を見つめる。混乱する者、絶望する者。そして、この二人の男の会話に聞き耳を立てる者。
「国の首相を守るため……いや、用心棒として小銭を隠し、時に武力で威圧するため人員の分配をしていた事。影の骸が再生する時に生じるエネルギーを売りさばいていた事。そして、正義のヒーローとやらの様にこうして一般市民の救助活動に精をだしている事」
「……悪党とて、世界の滅びを望むものは居ない。或いは、こうして善行を営んでいることの主張か」
「所属しているお前が、悪党と言うか」
「人は皆悪人ですよ」
コグネがあごひげを弄りながらそう言うと、黄仙は鼻を鳴らして微かに笑った。
周囲を見れば忙しなく黒い外套の人員が動いていた。人の誘導も上手くいかない様子で戦闘員に選ばれなかったのか、要領も悪い。恐らくセンスか、或いは問題解決能力が低く個々に固められたか、そう予測できる風景だった。
「そう言えば、この惨事の中でもあのビルの方向へ駆け出していった少年が居ましたよ」
「少年?」
コグネがふと思い出したように言うと、黄仙は顎に指を添えて言う。
「先日お前が横したカラスマとやらかね?」
「いいや、彼じゃない。通話すら最近ないね。さっきも言ったが、色々忙しくてココに連れられたまでだ。あまりみたことは無いが、生真面目そうなデカいガキだったね」
「知らないね」
車内の窓越しに見える、高いビル。その屋上には藍色の影が外壁に這い付いている姿があった。
汗水を垂らす二人。だが、その方向をつられて見る一般人は何も見えていないようで小首を傾げ、膝を抱えた。




