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影使いの街  作者: やぎざ
第一章 初まりの夜
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初まりの夜 6

 目が覚めた時、視界に入ったのは高く登った日が放つ陽光と、それらに照らしだされる清潔感ある白色の内装だった。

 次に感じ取ったのは薬液を連想させる甘いような苦いような匂い。


 「目が覚めたか鴉丸」


 ふとベッドサイドに視線を移すと、腕組みをしたブレザーの少女が居た。長い黒髪を耳にかける仕草をしたその少女に、鴉丸は顔をしかめる。


 「俺は生きているのか?」

 「ええ。昨夜、あなたが始末した下級月影の骸の回収と、銀咲への応戦を私達ネストがさせてもらったの」

 「……窓から飛び降りるなら一人でしてくれ」


 その嫌悪感は学習から来るものだった。腕を引っ張られ、丁度そこにある窓から飛び降りて、どこの馬の骨かもわからない大男に殴打され逃げるように学校を出た何十時間前の出来事。


 「桃城だな?」

 「ええ。覚えていてくれたのね。嬉しいわ」

 「骸はどうなった?」

 「私達の手柄にさせてもらった。悪くは思わないでよね? 救命の代償としては安すぎるくらいなんだから」

 「……フン」


 視線をその少女、桃城レンカから外した鴉丸はまたしてもブレザー姿の大柄の男を捉える。確か、鬼道ムサシと名乗った男だ。

 屈強な体つきの彼と視線を合した鴉丸は、その彼の流し目から漏れる眼光に下唇を噛み締め目を細める。何かあればまた暴行を加えるのではない方勘ぐり、鴉丸はため息を一つ着いた。


 「幾つか聞きたいことがある。桃城」

 「言ってちょうだい。ただし、私達からも幾つか先に聞かせて貰っても良い?」

 「……しゃあねえな」


 口を閉ざしその場を凌ぐつもりではあったが、鴉丸は観念したように口を開く。

 今の包帯が体中にまとわりつき、点滴が取り付けられて横で心電図がピコンピコンと音を立てるこの状況では、流石に二人を相手にするのは分が悪いと判断したからだ。


 その鴉丸の対応を見て、桃城はよし、と咳払いして口を開いた。


 「一つ、月影の位置情報、あなたは何処で入手したの?」

 「自力で」

 「正直に答えて? 嘘はわかるから。あなたの『影』からは索敵能力系の力がないことくらいこちらにもわかっているの。もう一度聞くけど、あなたは──」

 「知るかよ。昨夜俺は学外の知り合い……そう、ちょっとした先輩へ借り物を返しに行ってただけだ。で、帰りしにたまたま月影に出会したから始末して、何だ? 骸? それを高額で買い取ってくれる商人が居るから交換材料の採取を行っただけだ。何も特別なことじゃない。生活のため、生き抜くための必然の行為だ」

 「あなたは下宿生? だったよね? 仕送りはあるんじゃないの?」

 「あるよ。部屋代くらいはな。それ以外は一銭も出しやしない」

 「そんな訳あるはず無いじゃない。そんな親御さん居るわけが──」


 詰め入ろうと身を乗り出す桃城の肩を、ごつい皮膚の腕がガシリと掴んで動きを止める。

 鬼道ムサシが、鋭くした目線で桃城を見下して首をゆっくりと左右に振るだけだった。


 「次の質問に移らせてもうわ。あなたが『影』の力を自覚した時期。そして、ネストに入らない理由を聞かせてほしい」

 「なぜ?」

 「犯罪組織に加入し、力を私利私欲のため使っているんじゃないか。ネストに入っていないということはそう疑われても仕方がないの」

 「私利私欲のため使っているのもそっちの方もだろ」

 「……まあ、そうね。でも私たちは少なくとも人を泣かせる方向へ力を振るいはしない。近頃は精神的に成熟していない青少年が、薬物や殺人のために雇われているという報告もあるの。それの確認も兼ねて」

 「入っていない理由など大したことはない。だが、言う前に一つ聞いておきたいことがある?」

 「何?」

 「勧誘では無いだろうな?」


 息を飲む桃城。その後ろで佇む鬼道は顔色一つ帰ることは無いが、硬直していることは確かだ。


 「これはあなたの保護という意味もあるの。分かって」

 「いつの間にか出来ている上だの下だのに気を使うのが面倒なんだよ。所詮、表の世界を歩けないアウトローと同じくせに、規約だの規則だの喚く。そんな物で縛られてあたかも『自分たちは正しいです』って言うようにな。俺がネストに入っていない理由はそんなもんだ。金の弾みもいいしな。もっとも入る方法っての自体も知ったもんじゃない。表の世界にでかい看板も掲げていなければ、ティッシュ配るわけでもないし」

 「鴉丸ッ……」

 「俺は言ったよ。じゃあ、次は俺の質問に答えてもらう。約束だったろ」

 「そんな私的な返答、私は求めていない。もっと建設的に──」


 そう吠えようとする桃城を遮るよう、鬼道が少女の前に割って入る。


 「鬼道ムサシだ。昨日はすまなかった」

 「良いよ。あれしかお前らには手はなかった」

 


 妙に物分りが良い男だ。緘黙で何を考えているかは分からないが、悪人ではないかもしれない。そんな直感を鴉丸は抱いた。


 「お前の意思はよく伝わったつもりだ。だが、俺達は、これからの方針を変えていくつもりはない」

 「なんだそれは」

 「お前を危険因子として、これからも監視を続けるということだ」


 一気に鴉丸の表情が曇る。面倒だ。自分の行動が縛られるこの感覚は好きでは無い。


「勝手にしろ」

「……では、質問が有るのであれば出来る範囲でこの俺が応対する」


 鴉丸は腕を組んで俯き思考を巡らす。骸の取り分が水の泡として消えたのは遺憾だが、今は良しとする。

 気になるのは、意識が遠のき、自分がこうして病院で緊急入院染みた境遇になっているまでの経緯。


 「銀咲はあの後どうなった」

 「撃退した。俺と桃城がなんとか応戦したものの、奴は夜の街に消えていった」

 「追わなかったのか? 被害が出るかもだぞ?」

 「手合いのネスト登録影使いに応戦を要求したが、その時には銀咲の反応は途絶えていた」

 「途絶え……て?」


 不安げに眉を潜める鴉丸は硬直したまま、鬼道の方向を見上げる。

 彼も、不甲斐なさや後悔、懸念などから来る感情があるのか口を噤んで立ち尽くすだけだった。


 「ああ、あの月影は、文字通り街に溶ける月影なのかもしれない。その目的はなんなのかはわからない。月影が生殖し、個体数を増やすという話は聞いたことがない。人知らずの秘境で、死角で、闇の中で、ひっそり姿を表し我々の元に現れる。そんな概念に近い生物だ。我々、人側に付く『影使い』から身を隠し、延命を図る一種の進化──いや学習と言い換えることが出来るかもしれない。奴は何らかの目的のためそれを習得したのだろう」

 「目的……」


 俯いて思考を巡らす鴉丸。

 頭が痛い。数時間、十数時間前のことを思い出そうとするが、霞がかかったように意識に浮き上がってこない。

 その月影の目的。その月影が、なぜ自分に襲いかかってきたのか──


 「しかし、妙だな。応援が来ることが予測できていたら前もって逃避も可能だったのに、なぜ逃避をしなかったか」


 鬼道の横から腕組みをして現れる桃城。割って入るような口調で続ける。


 「そして、月影は人を殺すことだけに執着を持つ生物に似た何か。あそこで、鴉丸に確実にトドメをさせておけばいいのに、こうして生きていること。単に悪運が強く生命力が常人を超えている、ということも考えられるが」

 「俺に死んでくれと言っているのか?」

 「違うわ。あなたは私達が駆け付けなければ確実に死んでいた。だが、こうして生きてる。──なぜ、銀咲は一撃で仕留めなかった。その理由は?」

 「……」


 考えても答えは出てこない。自然と親指の爪をかんでいた鴉丸。深く考えこむ時の癖で、周囲はその光景を見下すようにして視線を鴉丸に向けて固まる。


 「まあ、いいや。後はあの月影の骸。下級だかなんだかは分からんが、目で見たところをぶっ壊すあの月影の骸。どんな形状だった?」

 「形状?」


 桃城が思い出すように思考を巡らす。


 「回収なら俺がした。何もおかしな所はない。"既"に干物の様な肉塊に変わり果てた骸が転がっていただけだった」


 鬼道が割って入って言う。


 「ちょっと待て。俺はあの下級? の月影にトドメはしていない」

 「何?」


 不審げな表情を浮かべるネストの二人。その二人は鴉丸が次に紡ぐ言葉に鼓膜の神経を集中させる。


 「トドメを下した。と、思っていたら奴の眼球らしき器官がそこらに飛び出して、殺しそこなった眼球の不意打ちで俺は『一度死ぬ』と思って体を守った」

「……ちょっと待て、あの月影に殺されかけた前にも、『殺されかけた』ことがあったというのか?」

 「あ、ああ。その眼球を浴びたと思ったら銀咲が居て、それで意識を──」


 何かを思い出したかのように鴉丸は上半身を上げた。

 冷や汗と悪寒。鴉丸の神経を逆撫でるように冷ややかな推測が脳裏を渦巻く。


 「な、なら。あの月影にトドメを刺したのは……?」


 鬼道が狼狽したように問いただす。その鴉丸の只事ではない雰囲気に圧倒されて、下手に負うことが出来ない感覚。思考の邪魔をするべきではないとわかっていても、不安を潰したいから真実を知りたい衝動。


 「……分から……無い」


 ようやく絞りだすように鴉丸はそう言ったが、その二人には鴉丸のその表情に含むところがあった。

 だが、それ以上言ったとしても何も吐かないような確信を抱いた。


 「……まあ病み上がりだ。体にもガタが来ているだろう。無理はしないように」


 病室を出ようと桃城は出入り口に足を向けた。それに続いて、鬼道が大きな背中を見せて鴉丸の元を去る。最後、扉を締める時にはその目に宿るものが、殺意でも敵意でもなく、不安げで無害なような気味の悪い色を帯びていたこと。


 「……」

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