欲の写身 1
「空調つかってよー」
「暑苦しいなら離れろ」
既に猛暑を手前とした時期。朝から寝室には分厚い大気が充満している。
汗を吸ったシーツが肌にピタリと付いた、銀咲の月影こと月詠サラク。彼女は不貞腐れて気だるげな寝起きの鉛色の髪色の少年、鴉丸スイレンにへばりついていた。
「ケチー! ちょっとくらい付けてもいいじゃん!」
「俺は弱いんだよクーラー。毎回体調崩すから付けない。あれは慣れん」
「じゃあなんでアレ付けてんのさ!」
そう言って月詠は長方形の白い箱を指差す。部屋の隅、天上の端に取り付けられたそれは動こうとする気配すら見せていない。
「わかった! 寒いなら私が温めてあげる! 私の胸の中で寝られるのよ! 感謝しなさい! だから今日は付けて!」
「あー! 朝からうるせえなぁ! 頭に響くから黙れ。25度以下にしないなら勝手にしろ。風速は弱だぞ」
「ケチー!」
そんなやり取りをしながらも、鴉丸はベッドから上半身を持ち上げて浴室へと向かう。今日も鴉丸は学業に駆りだされ、月詠は鴉丸宅に閉じこもるかどうかの一日が始まるのだ。
「てか涼しくても暇。私も一緒に行けないわけ?」
濡らした髪をバスタオルで拭きながら下着一つで出てくる鴉丸。それを眺めながら月詠は言う。
「屋上は人気がない。そこで終始昼寝でもしていろ」
「結局暇じゃん! 授業中にちょっかいでも掛け合うとか、弁当の中身奪いあったりとか私もしたい!」
「できねえよ諦めろ」
トースターに食パンを設置し、同時にフライパンにベーコンを並べる。
「スイレンはそういう経験ある?」
「ない」
二つの食材に熱が篭もる中、鴉丸は制服の準備を行い、登下校での荷物を確認する。
月詠は三角座りでうなだれながらブツブツ言って、重数秒後すればこてんと横に倒れてじっとりた視線を鴉丸に向け続ける。
「んだよ」
「スイレンは学校に友達居るの?」
「いねぇよ。それがどうした?」
「作ろうと思ったことは?」
「無理してつくるもんじゃねーだろ。人脈じゃあるまいし」
「まーた勝手か!」
「うっせぇなぁ」
そう鴉丸がぼやいた時だった。
ピンポーンという木の抜けた電子音が室内に響き渡る。
こんな時間に誰だ? と言った風に二人は視線を合わせた後、鴉丸の方が歩を進めて玄関へと向かった。
「どうせ桃城かだれかだろ……はい、どちら様で?」
「鴉丸か。少し、話しておかなくちゃならないことがある」
低く野太い声。逆光を浴びる大きな体格。堀の深い顔つき。
他の誰でもないそのネストの影使い、鬼道ムサシの姿がそこにあった。
神妙に、静動に……




