業と力 12
烏丸が目を覚ました時の空は既に闇に落ちていた。周囲からは虫の声がジージーと聞こえ、星と月の光が己の手首と足首を照らしだす。
「……!?」
「目が覚めたようだね」
「おい、黄仙。これはどういうことだ?」
「見ての通り、『障壁』の習得のための訓練場を設けさせて貰ったよ。意識が飛んでいるうちにね」
気がついた時には円形の金属オブジェの中心に、烏丸は大の字で貼り付けてあった。
盆地の中心に佇むオブジェ。周囲は林で、烏丸の周りには黄仙ただ一人がそこに居た。
「どうする気だお前ら!」
「今から君には回避をすること無く、腕や足を使わず防御を行ってもらう」
「はァ!? 何を防げば良いんだよ!?」
「これだ」
土を引き裂いて、ズッズッと音が上がる。大型の杭を水平に打ち込むような装置が林の中から顔を出した。鋭利な先端に、月光が集中して煌めく。
「これから君の腹に、この直径30cmの鉄の杭をぶち込む。それを防ぐんだ」
「ちょっと待てよ! どうやって!? 腕や足が封じられ──」
「そのための障壁だよッ!」
黄仙がその鉄の杭をぽんと叩くと、蒸気を上げてその杭は飛び出した。めがける先は烏丸の腹部。
一瞬にして臓物と鮮血が夜空に散る。杭は熱しられていたのか、黒い表面が烏丸の腹部の蛋白を凝結させていく。
「グボフォ!」
「二発目いくぞー。イメージは防ぐんじゃない、『拒否』するイメージだ」
「ちょっと待てって! 無茶過ぎんぞ!」
吐血混じりの烏丸の呻きを効きもせず、杭は腹から抜かれ、次にはやや上の胸部の方へ打ち出すため角度を変える。
ブシューッ! と再び音を上げて口は突き出された。次には烏丸の胸郭を捉え、心臓を掠ったのか、一層赤い動脈血が滝の様に流れる。
「良し、あまりに打ち過ぎると死ぬからね。回復を待とう」
「ふざけんなよジジイ。わざわざこんなのを習得する必要、あんのかよ」
「強くなるためだ。頑張れ」
「そもそも何だよ。拒否するイメージってよ」
胸から抜かれ、鞘に身を収めた杭が、再度飛び出す。射出される角度は烏丸顔。鼻めがけてだ。
「あ、手が滑った」
「うぉおおおおおお!!! ジジィイイイイイイ!」
「すまーん! イメージは拒否だ! 拒否するんだー!」
「意味わかんねぇ!」
ガキィン!
この世ならざる物と巨大な金属がぶつかり、周囲に衝撃を与える。
「境界……?」
烏丸の眼前。そこには青黒い稲妻を帯びる、透明の鏡の様なものがあった。それにより杭の先は鏡に寄って静止し、先端にはヒビが入っていた。
「これが、障壁か」
「思っていたより早かった。もっとも君の再生能力ならばトライアンドエラーを繰り返す時間も短縮される。数日で習得かと思えば、案外生存本能にかけてみるのも手だな」
「一発殴らせろクソジジイ!」
烏丸の咆哮が夜闇に響き渡る。同時に、拘束具を全て力任せに割り、腹と胸の再生を済ませた烏丸が黄仙めがけて飛び出していた。風を切る真空の爆風でオブジェや杭射出装置は空の中へ溶けていった。
「やっぱりか」
烏丸の拳が黄仙の顔の横で静止していた。血がにじむ鏡は青紫の光を放ち、数時間前の夕暮れの戦闘を想起させる。
「本来、なぜ月影、影使いが近代兵器で潰しにくいかという話だが、そのタネとやらがこの障壁だ。影による特殊な技術だが、身を守ろうとすれば自然と身についているモノ」
「……」
「そして、これを潰していく方法は本能では探し当てることは出来ない」
黄仙が青紫のどす黒い影を柱の様に伸び上がらせて烏丸を狙う。
「くゥ!」
瞬時に障壁を張り、その影の塊を防いだが、中空で身を硬直させる烏丸。黄仙は瞬時に飛び上がり、中空の鉛色の髪の男めがけて拳を固める。
「見ておけ、コレが『混線』だ」
黄仙の体表からは、無数の発光体と化した影が浮かび上がる。
「そんな攻撃が何になるんだ?」
「皆そう言うが、君もだったか」
発光体。それらが烏丸の張る障壁に触れた瞬間、僅かにガラスの破片の様なものが飛散した。
「!?」
無数の粒子が次々と障壁に接触すると同時に、粒子は消え、そして障壁は風化したかのように崩れ去っていく。瞬きした時には、薄い膜の様に残った障壁の破片が消えかかる寸前のところだった。
「コレで身を防ぐものは無い」
黄仙の逞しい腕による殴打が、烏丸の頬を直撃し、大地へ目掛けて振り下ろされた。
直下する烏丸。受け身を取って上空から追撃をかける黄仙の攻撃を回避。
「今日はこのくらいにしておくか? 影が枯渇すれば君は死ぬぞ?」
地に降り立つ黄仙が呼びかける。
「……あの化物と渡り合わないとダメなんだ。死ぬ覚悟じゃないとやっていけない選択を既にしていたんだ」
「徹夜は老体に答えるな……」




