人は皆消すべきなんだ 6
空の端を炎の如く赤い光が雲を裂いて照らしつける。その東の反対側では蒼黒い星空が広がり、白色の円形がうっすらと浮かぶ。
街は今日もけたたましくまばゆい。
高層区の駅付近。飲食店が立ち並び、道路の上には大きな橋がかかり、その上を往来が行き来する人々。
「ホントにここに……」
そう漏らすのは長身の男。堀の深い顔つきをした男は黒色の該当をまとい、静かに周囲を見渡す。
その男、鬼道ムサシは数時間前の出来事を思い出していた。
電気屋街のコスプレ喫茶の上階の仄暗い一室。金髪の少女の映し出す街の立体図に浮かぶ赤色の反応が多数固まって出現している一帯。
それが今鬼道の立っている『レンサ・ブリッジ』だった。
「ちょっと! どこ見て歩いてんの? 君?」
周囲を見渡し、回転しながら安定しない足取りで一帯を回っていた鬼道の身体に衝撃が走った。
その方向を向けば、姿勢を崩して手荷物などを地面に落とすスーツの女の姿があった。年齢は二十代中盤前後といったところか。メガネをしており長い黒髪を肩から下ろし、タイトスカートを穿いている風貌だ。
「す、すみません」
「ホントこっちは仕事でヘマやらかしてブルーなってるんだから、これ以上イライラさせないでよ」
鬼道が地面に落ちた手荷物を拾おうと、その女性の前で屈もうとした時だった。
その女の背後、揺らめく黒い影……黒い粒子が球体にかたどられてそこに居た。
「!?」
考えるよりも先に身体が動いた。
鬼道はその女性の肩を掴み、胸に寄せて一気に跳躍し、道路の上にかかった橋から身を飛ばす。
二人が着地したのは停車中のバスだった。
「ちょ、ちょっと! いきなり何なの!」
「……!」
「ちょっと?」
鬼道は自分が元いた場所に視界を向けて凍りついていた。
橋の柵からは、その女性の姿があった。肩から腕先までは黒い粒子が渦巻くようにしてそこにあるのみで、まだ着色されていない。人間界にある服や肌の”再現”は出来ていないようだった。
よく見れば女性だけではなかった。
街征くサラリーマンの中年、学生、カップル。その背後から黒い粒子が抜き出て、浮き上がるようにして宙空に現れ、それが渦巻いて人型に変わる。
人型になってからは早い。充血した眼球の部分から人の感覚運動器官が象られ中枢から末端へと黒色の塊が変容し、再現をする。
「なに……? あれ」
「考えている暇はないみたいだッ!」
黒い粒子のまるで手と指のような形をおびたそれが、轟音を上げてバスの端の部分に指と思わしき部分がめり込む。
それも複数。
湧き出るようにして、複数の黒い人型がバスの天井に這い上がり鬼道とそのOL風の女性を取り囲む。
鬼道はそのOLの肩と膝裏を抱え上げて跳躍する。その数秒も見たない時間差で、そのバスの天井が炸裂し、鉄片を周囲に巻き上げた。
「C班ッ!」
ビル壁に着地した鬼道は顔を上げ、吠えるようにそう言った。
瞬間、その咆哮染みた声に連れてか遅れてか、或いは少し早くか、鬼道と同様に黒の該当を纏った集団が橋の上に現れる。
武器を持った者や、金色の光を操り、影を斬り裂く者。
人から現れた黒色の粒子が象る『複製』を潰していく集団。その影の存在に恐れおののく一般人。黒の人型が複製だとしたら、その本物を必死に潰そうと飛びかかる人型。
喧騒。悲鳴。殺戮。
鮮血と黒いガス染みたものが巻き上がる一帯が静まり返る気配はまだない。
鬼道は壁を跳ねるように移動し、数十メートルあるビルの屋上に足を着け、膝を折り腰をかがめた。
「ちょっとアレはなんなの!?」
「俗にいう都市伝説とかで語られているもの……とでも言えば良いか」
「意味分からないんだけどッ!」
会社員風の女性を地面に下ろした後に、その女性は凄まじい形相で叫びだした。
「落ち着いてください! あなたは私が守ります、だから」
「君はまだ十代でしょ!? 老け顔だけどお姉さんには分かりますからね!」
そうプンスカ膨れるように怒る女性。緊張感があるのか無いのかまるで分からない。
「!?」
「ちょっと何よ?」
鼓膜が震えて、虫の羽音のような音を極限までに低くした感覚。皮下をソーダ水の泡が湧き上がって全身を覆い尽くす冷感。
「ケサ……ネバ……ヒトハ……ミナ……ケシテ……カキカエルベキ……ナンダ……」
ブツブツ途切れるように呻く。耳に捉えることができるか出来ないかの境界。そんな声が鬼道の聴覚が捉える。
背後。不意打ちを予測し、再び女性を抱え上げ前方に飛び込むように跳ね上がり、背中から女性のクッションになるよう受け身を取ってそちらの方向を見る。
そこにはそのOL風の女性が居た。
だがそれは正常では無く異常。
腕や足。それらがありえない方向に、まるでそこに関節でもあるかのようにグニャグニャに四肢や胴部を曲げ、そして異常なくらいに頭部は『本物』と変わらない。
薄っすらと微笑み、満月の夜の空に浮かぶその表情に、鬼道は全身の毛が逆立つ感覚があった。
「お姉さんはそこで見ていてください。いや、逃げてください。ここで自分がコイツを止める。あわよくば──潰す。だから……」
鬼道がコートを脱ぎ捨て、期待上げられた上肢をむき出しにする。
肩から先は露出し、首から腹部までの皮膚を纏うボディスーツ。その体幹には隆起した筋肉の凹凸が月光に照らしだされている。
「ハァァァーーーー!!!」
そう吠えると同時に、身体に緑色に発光する線が浮かび出る。それは、血管の様に── 碑文めいて浮き上がるその線を纏って、鬼道はOL風の女性の『複製』に飛び込んでいった。




