ネット小説と「検索」の罠
面白い作品が見つからない!
こんな悩みは誰にでもあると思う。実際私も面白い作品を求めて「小説家になろう」に登録した経緯を持ってるが、少なくとも、自力で検索して面白い作品に出会うことはまず無かった。「面白い!」と心の底から思えるような作品に出会ったのは、大概は人伝てか、偶然に見つけたものの方が多い。あるいは最初から面白い作品をよく読んでいる通な読み専ユーザを見つけて、その人のブックマークやブログ、レビューから辿ってみて見つけるのがせいぜいと言ったところで、自力で検索を掛けて面白い作品にはそう滅多に出会えたものではない。
なぜだろうか。答えは簡単で、「面白い」という要素は検索不可能なものだからだ。むろん、読者のレビューや感想で、「面白い」という声を検索することはできるだろうし、感想やレビューの数で検索することも可能であろう。しかし、自分が求めている「面白さ」と他の読者の感じている「面白さ」は、稀に重なることはあっても、決して同じとは限らない。要するに、検索エンジンで探せるのは表面的な「言葉だけ」なのだ。決して内容には触れることができないし、その内容を吟味する主体は検索ではなく、時間を掛けて読み込む自分自身なのである。妙な言い方をすれば、直接身を交えなければ「面白い」を実感することができないのだ。
検索は非常に便利だ。しかし万能ではない。単純に何か新しいものを……と思っても、ある種の検索ワードに頼るしかない。緻密な世界観のハイ・ファンタジーを探そうと思って、「ハイ・ファンタジー」「ファンタジー」「異世界」と打ち込んで、そしてその投稿数の膨大さに圧倒されたことはないだろうか。相も変わらず異世界転生やテンプレートに対する批判は絶えないようであるが、しかし、見方を変えればネット小説は検索されなければそもそも読まれないというジレンマを抱えている。よく言われているが、全く新しい試みほど認知されにくい。オリジナリティは詰めれば詰めるほど他者の理解を拒むようになってしまいがちだ。例えば、「異世界」というニュアンスを「異界」と書くだけで検索されにくくなる。語感にはオリジナリティが出ても、だ。ことネット小説に於いてはなにからなにまで言葉で出来ているために、語感にこだわりぬいた人ほど世界観の独創性が輝く反面、検索されなくなるという最大の障壁にぶつかってしまうのだ。したがって人気取りかどうかはともかく、本当に「面白い」作品とやらは、検索されずに埋まってしまっている可能性は否定できない。すでにテンプレート化している、それも、人口に膾炙しているようなものを、捻って加工することでしかオリジナリティというものは認知されなくなっているのだ。
むろんオリジナリティがあれば「面白い」ということにはならないかもしれない。そして、現にテンプレート化が進みつつある中でも十二分に「面白い」作品があるかもしれない。しかし、とても「面白い」のにもかかわらず、ランキングに載らない、評価されていない、という作品の背景には、その独創性のあまりに検索することができないものもあり得る。作品そのもの以外に、その作品を特定することができないからだ。だからこそ検索する以前に、検索ワードを手に入れることをしていかなければならないだろう。でなければいつまでも飽和した同じ検索ワードの範囲を抜け出せなくなってしまう。たまには検索の外に出るのだ。そこにはまだ未知の「面白さ」が潜んでいる。
検索されにくくなった面白い作品を発掘する試みで、レビュー祭り(http://ncode.syosetu.com/s6256c/)というのを去年やっとりました。
今年も行なう予定ですので、興味のある方は参加規約(http://mypage.syosetu.com/mypageblog/view/userid/467723/blogkey/1255337/)をお読みの上で、メッセージいただければ。参加期限は11/10までです。
他にも、『発掘家になろう』(http://ncode.syosetu.com/n7280cv/)などの面白い試みもちらほらされてるようです。ランキングや検索ワードに縛られない作品探しには向いてるかもですね。




