夢飛び…朱緒
夢飛び…と頭につく話は、夢の中の話です。
暗い部屋の中…ここは一体どこなのだろうかと見回すのだが何もないので皆目見当がつかない。
わかるのは木造の建物で時代が古い時代っぽい事…自分がどうしてここにいるのかもわからないのだが、どうやら夢の中であるとは何故か認識出来た。
不意に部屋の入り口から黒い影のようなものが入ってくる。
それは形を変え段々と人の姿に変わり、黒い影の男が数人現れた。
それらは私を囲むようにしてジリジリ迫ってくる。
「い…嫌だ!来ないで!」
叫びながら逃げ場を探すのだが、部屋の中は黒い影でいっぱいになり逃げ道が無い。
手も足もそれらの手に掴まれ自由を奪われてしまった。
そうこうしていると影の一番濃いものが一つ自分の方へ私を引き寄せ、顔を近づけると何かを言いながら顔を舐め始める。
そのうち口が塞がれるように吸われ、顔を覆ったぬるぬるとした感覚は首筋から胸元に広がっていった。
黒い影は舐め回すようにしながら着ている全てを剥ぎ取って行く。
離れようと抵抗するのだが、周りの影の中に私の手足は埋め込まれて自由を奪った。
そのうち両手は頭の上で縛り上げられるような感じ。足は大きく広げられ足首を固定されてしまった。
必死にもがくのだが、体は動かない…黒い影が塞ぐ。
その後人形をした影は、着ている物を剥ぎ取られた私の体に覆い被さって来た。
黒い影は何度も繰り返し体を舐め回すように弄びながら何かを聞いてくる。
朦朧とした意識の中で首を横に振っていると、今度は真っ赤に焼けた火箸を突きつけてきた。
目の前に見えた影の顔にはどこかで見た血走った瞳が二つ光っていた。
「うわっ!!」
声を上げて気がついたら自分の部屋の中だった。
思わず胸を広げ見ると、胸に無数の赤い筋が出来ていた。
夢の中なのに体が妙にだるく重たい…体に感触が残っているようで気持ち悪い。
うたた寝て何かの上に寝ていたのかもしれない…そういうことにしておきたい…そのくらい体に感覚が残っていた。
ぐっしょりとかいた汗を流そうとシャワーを浴びに浴室へ行くのだが、夢の感覚と誰かに見られているような感じがして落ち着かない…この視線…あいつの視線に似ている、無礼なストーカー男。
シャワーから上がりパジャマに着替えると、ジンロックを口に含みながら部屋に戻る。
灯りを小さくして写真を眺めながらそれを飲むと、落ちるようにまた眠ってしまった。
目を開けたのは誰かの腕の中…抱き上げられた腕の中で、私の中に広がっていたのは『やっぱり来てくれた…』そんな心情だった。
その腕は私を白い龍に渡し『すぐに戻るから…』そう言いながら愛しそうに顔を撫でた。
次に気がついたのは水の中だった…私の体は重く冷たく、自分では動かすことが出来ない。
誰かが私を抱え水の中で体を洗ってくれているような感じがした。
それはさっきの黒い影に汚された痕跡の全てを消してしまおう…そんな気持ちが伝わってくる。
この腕の中にいつまでもいたい…そんな気持ちが心の中に広がっていく。
最後にぎゅっと抱き締め頬擦りをされる。流れ込んでくるその人の思いが伝わってきて涙が溢れて来た。
そのうちその人は私を水から抱き上げ、着物が敷かれた大岩の上に寝かせた。
花の香りが辺りに広がり白く細い手が横たわる私に着物を着せていく。
やがて横たわる私の手に水晶の珠が握らされ、その珠は光を放ちながら大きく膨らんできた。
『…おきて…』
膨れ上がった光の中から、小さな声と白い手が私に起きるように諭す。
差しのべられた手を取り、私は横たわった体を起こす。
体を見ると鮮やかな緋色の着物を纏っていた。
『…きて…こちら…』
声は私を導くように誘う。しゅるしゅると衣擦れの音が前を歩く。
前を歩くのは同じ緋色の着物を着た女の人…私はその人の足元を見ながら後をついていく。
しばらく歩くと眩しい光の中に、あの写真の景色が広がった。
清らかな…そんな言葉では表せない清浄な世界。
写真もそうだったけれど、懐かしくいつまでも居たいと思ってしまう。
女の人は真っ直ぐ池の水辺に歩いて行き、水辺を見たまま手招きで傍に来るように合図する。
呼ばれるままに傍に行き、水面を覗き込んだ時に驚いた。
その人の顔は私のそれと瓜二つだったのだ。
「貴女は!?」
驚いた私は彼女に訊ねる。
『わたし…は…あなた…あなた…は…わたし………わたし…は…朱緒…おねがい…て…を…』
朱緒と名乗った彼女はそう言いながら両手を差し出した。
私はその手を取り彼女と向き合う。
『やっとあなたに会えた…私の魂の半分。』
朱緒は頭の中にそう伝えて来た。
『さっきのあれは魂の記憶…貴女と私の魂が持つ記憶。
あれは一つだった時の私の最後の記憶…ごめんなさい…嫌な思いをさせてしまった。』
朱緒は悲しそうな目をして私を見る。
『でも…わかって欲しい、貴女と私の事を伝えるためにどうしても必要だった…どうして二人に別れてしまったのか教えるために…』
そう言うと朱緒は水面を見つめた。
そこに映っていたのは、横たわる朱緒の姿、その周りを数人の人が囲み何かの儀式をしているように見えた。
『あの時…私は、邪な思いを持つ者に拐われ嬲り殺されてしまった。夢のあれは私の記憶…貴女の魂が知る記憶。』
朱緒は周りに立つ者の中でも一際背が高く、がっしりとした体格の男を見つめその名を呼びはらはらと涙を溢した。
『…黒王……』
水面に映る儀式は粛々と進められて行く。
華やかな様相の男が、朱緒の手に水晶のような珠を持たせていた。
朱緒の体はやがて夕陽に包まれ光る。珠はその光を集めるように光り始めた。
『本来なら穏やかに人生を終え、父のところに帰るはずだったのだけど…あんな事に出合い絶ち切られるように人生を終えてしまった。』
珠の光りが収まると、朱緒の体は朱い光りになって空に消えていく。
『私は龍神の娘…半分は人の魂、最後の時に私の魂は分けられ貴女は人の輪廻の中に…私は癒しの為に眠らされた。』
朱い光りを追うように、背の高い男が手を伸ばし掴もうとしている。
光りは名残りを惜しむようにその男の周りを巡りながら消えていく。
最後の光りが消えた時、朱緒の名を叫ぶ男の声が山々に響いた。
『あの人は私の半身…ひとつになる約束をした人、あの人は貴女の半身…貴女が探し求める人。
貴女の魂の記憶は、輪廻の中で何度も洗われあの人を覚えていない。
でも、あの人との約束は魂に刻み込むように残っていた…』
「だから私は誰ともわからない誰かを探していた…というの?」
その言葉に朱緒は静かに頷いた。
『貴女と私はひとつにならなければ求める人には会えない…何故なら、元の私…朱緒の魂の主な部分は貴女が持っている。
私は朱緒の魂の半分ではあるけれど断片でしかない…約束は二人がひとつになってはじめて動き出す。』
朱緒は悲しそうな目をして水面に映る愛しい人を見つめていた。
自分を呼ぶ声に応えられない悲しみ…切なさが朱緒の手を通して伝わってくる。
「どうすれば…私と貴女はひとつになれる?あの人が私の探している人ならどうしたらあの人に会えるの?」
私は朱緒に訊ねる、求める人に会いたい… そんな気持ちが私の中で強く動いている。
『私を受け入れて貴女の中に…そうしたらそのうちひとつになっていく。
今は貴女が人の輪廻の中で重ねたカルマが邪魔をして、すぐにはひとつになれない…でも、一緒にいたら朱緒があの人と交わした約束が果たされる。
貴女に私の強さを分けて…私の持つものを貴女に分けてあげる、そうしていくうちに…』
「ふたりの願いは叶うのね?」
朱緒は頷いて手を広げ、私を抱きしめる。
朱い光りが朱緒の体を包み淡い花の香りが立ち込める。
私は応えるように朱緒を抱きしめた。
朱緒の体は光になり私の中に入っていく。
『みのり…不安がらないで…ふたりで越えて行きましょう…』
「そうね…朱緒…これからよろしくね…」
最後の光が私の中に消える刹那…
『うふふ…みのり、貴女の方が本来の私に近いのかもしれない…私よりも貴女は焔に近い…』
朱緒の笑いながらそう言う声が聞こえた気がした…




