23話 光明
獣人の男は、出で立ちやその馬車の感じからして、商人といったところだろう。
こういった者たちは総じて話が長いし、特に必要のない物を売りつけられることもある。
なるべく相手にしないほうが良い。
俺は獣人の男を無視し、リーブスへの道を戻った。
「ちょっ、ちょっと! 無視は酷いじゃないっすか~!」
獣人の男は、その後もしつこく俺の後をついてくる。
商人ならさっさと町に向かったほうがいいだろうに、余程暇なのだろうか。
「ちょっと~、聞こえてるっすよね~? いつまで無視するっすか~?」
あまりにしつこくついてくるので、手振りで拒否するのだが、獣人の男はそれでも折れなかった。
「俺は急いでるんだ。商売に付き合ってる暇はない」
「もう~、じゃあこう言えば良いっすか? リーブスの町で、わけの分からないことを言い回ってる冒険者ってあんたっすよね?」
「……」
「汚い身なりで、うろついている頭のおかしい男って評判になってるっすよ。そんな男の話を誰が聞くんすかねー? それに、何か臭いっすよ、あんた。チャッピーも嫌がってるっす」
隣を歩く茶毛の馬を見ると、やや俺のほうから顔を背けているようにも見える。
そんなに俺は汚いのだろうか。
立ち止まり、自分の身体を見てみる。
確かに泥や枝葉がつき、装備もボロボロで汚い。
そういえば、下着も替えてなかったため、汗臭い気もする。
冒険者的にはそこまで変なことではないのだが、町中でうろつく格好でないのは、確かにその通りだ。
「他人と話をする時は、清潔感というものがかなり大事っす。自分たち商人だって、身だしなみには気を遣うものっす」
「それもそうだな。教えてくれてありがとう。それじゃあな」
「あー! もう! ちょっと待つっす!」
それにしても、『頭がおかしい男』という評判は宜しくない。
誰もそんな奴の話など本気にするわけがないだろう。
ディバロでは、俺の話を聞いてくれる人もそれなりに多かったが、今俺がいるのは誰も俺のことを知らない場所なのだ。
俺は初心に帰って、自分の態度を改めねばならないのかもしれない。
それに一度貼られたレッテルは、なかなか消えないものだ。
最早、リーブスでの活動は不毛なものになってしまう可能性もある。
そうなれば、他の町に移らなければならないことになってしまうだろう。
「もしもし? 聞こえてるっすか? もしもーし?」
「何だよ!? うるさいなぁ! こっちはお前に構ってる暇はないんだよ!」
それなりに声を張ったつもりだったが、獣人の男に物怖じした様子はなかった。
俺はそんなに迫力がないのだろうか。
「ふーん。そうっすか。自分はあんたに協力するつもりで声をかけたんすけどね」
それはあまりに意外な言葉であり、思わず振り返ってしまう。
「協力……だと?」
「そうっす」
「そんなことをして、お前に何の得がある? 俺は『頭がおかしい男』なんだろ?」
獣人の男は少し間を置いて、こちらを少し見定めるように見た後、口を開いた。
「自分が見た感じでは、あんたはそんなに頭がおかしいようには見えないっす。自分のような初対面の行商人を警戒するのも当たり前。それに、まるっきり話が通じないという感じでもないっす」
「……そうかよ」
「自分が求めることは一つっす。それはずばり、あんたに護衛を頼みたいということっす。あんたレイヤ5の冒険者なんすよね? 護衛としては申し分ないっす!」
確かに、獣人の男は護衛となる冒険者を一人もつれていない。
商人にとって、命の次に大事な積み荷を守るのには、危険な状態ではある。
「いやぁ、実は護衛を頼んでいた冒険者たちが、先日のホクレイの戦いに巻き込まれちゃったんすよね~。それで今は、単身で道を行くしかないような状況っすから、早く安くて良い護衛が欲しいところなんすよ」
「……なるほどな。話は分かった。護衛云々の前に、ホクレイはどうなったんだ?」
「え? 知らないんすか?」
「知らないから聞いてんだよ」
獣人の男は、おもむろに一つの布を取り出し、広げる。
それは、リリア教の紋章が大きく描かれている旗のようだった。
「聖騎士団が駆けつけてくれたんすよ。それもあって、何とか盛り返して人族側の勝利っす! もっとも、勝利とは言えないくらいの被害は被ったようっすがね」
「……そうか」
セレーヌさんとアレク君の顔を思い出す。
たとえ拒絶されたとしても、俺が二人の無事を思う気持ちに変わりはない。
もし、俺がホクレイで何かを成せたのだとしたら、それは二人をスカル・リザードの脅威から守ったことだろう。
二人が無事に生きて、これからも健やかであることを祈るだけだ。
「ところで、引き受けてくれるっすか? 護衛の話は」
「悪いが、それはできない。俺にはやることがあるんでな」
「それは、リンク・ストーンやら何やらのことっすか?」
「……そうだ」
「それなら、協力しても良いっすよ?」
獣人の男は、胡散臭い笑顔でこちらを見ている。
やはり、信用できるようには思えない。
ただ、もしリーブス以外の町に行くとしたら、馬車での移動という点は魅力的だ。
「協力って、何をしてくれるんだ?」
「ん~そうっすね~。商売のついでに噂を流すくらいなら、構わないっすよ?」
確かに、商人が持ち込んだ噂というのは、広まるのが早いものだ。
それは悪くない話ではある。
しかし、所詮噂というのは徐々に脚色されたりして形が変わっていき、しまいにはまったく別の話になっていることもある。
それでは意味がない。
「どうっすかね~? 少なくとも、“あんたが言うよりは”効果があると思うっす」
背筋に電流が走ったような感覚だった。
深い霧の中に、一筋の光明が差す。
確かに、俺が言うよりも、この獣人の男が言ったほうが大衆への効果はあるだろう。
しかし、それでは不十分だ。
それなら、もっと効果のある人物からならどうだろう。
その効果は数倍、いや数十倍にも跳ね上がるのではないだろうか。
民衆からの信頼があり、そして軍やリリア教団とも繋がりのある人物。
俺の脳裏に浮かんだのは、クリスの顔だった。
それは、俺の幼馴染であり、聖騎士団のゴールデンルーキーであり、先日見た新聞でも『救世主』と称されていた人物だ。
クリスなら、俺の言葉を信じてくれる可能性は十分にある。
そして、その発言力や影響力も十分だ。
俺は足を止め、獣人の男の顔を初めて真っ直ぐに見た。
「お前、聖騎士団については知っているか?」
「え? 聖騎士団すか? まぁ、それなりに聞いた話はあるっすけど……」
獣人の男は言いかけて口をつぐみ、したり顔で俺を見ながら口を開く。
「ここから先はタダじゃないっす。もし聞きたいのなら、自分の要求も聞いて貰うっすよ?」
「……分かった。護衛の件、引き受けよう」
獣人の男は嬉しそうに笑顔を見せた。
「それじゃあ決まりっすね! では話をする前に、まずは自己紹介をするべきっすね。信頼関係というのは、まずは名乗るところから始まるものっす。自分はマット・マクレーン。マックと呼んで欲しいっす。見ての通り行商人をしているっす。年は二十一で、独身、恋人なし。好きなものは、お金とお喋り、そしてエルフの女神様っす!」
マックは首にかけたリリア教の紋章が記されたペンダントを握りしめた。
行商人が、信仰する宗教を表に出しているのは珍しい。
恐らく、余程敬虔な信者なのだろう。
「俺は、レイズ・グラスノー。一応冒険者をやっている。宜しく」
「宜しくお願いしまっす!」
マックは商人らしく、笑顔で俺の手を握りしめた。
彼女がまだ村にいた頃、得意気に見せてくれた魔法は、とても美しく幻想的で、その様はまさに極光と呼ぶに相応しかった……
次話 第24話 極光
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