少女
電車が止まり、体が前のめりになって慌ててポールに捕まる。よっぽど疲弊した学生に見えたのか、心なしか通り行く人が憐れんだ目を向けているように見えた。
列車を飛び出してホームの看板を探す。
そこには、はっきりと角ばったフォントで、天星駅と書かれていた。
眼をこすってみるがそんなことで変わりはしない。体の力が抜けて座り込んだ。
嘘だ。何かの間違いだ。
ベンチに手をついて立ち上がり、案内図を見つめる。
いつも使っている路線、別の路線。瞬きもせずに何度も何度も視線を往復させる。
しかし、そこに天ヶ崎という文字は一つも無かった。その名前が省略され、かかれていないのではなく。もともとそこに存在しないかのように、その場所に丸はなく、線がつながっていた。
迷子になった子供のような、自分ではどうしようもできない不安感と、焦りと、冷静さがぐちゃぐちゃと混ざり合う。
通りがかったこぎれいなサラリーマンを呼び止める。
必死な姿に、気圧されたように立ち止まった彼に、天ヶ崎駅に行く電車かバスを知りませんか。そう聞いた。
「申し訳ないけれど分からないですね。」
肩掛けかばんを持ち替えたその人は優しく笑う。
「なんでもいいんです!」
「そもそも天ヶ崎?そこを私は聞いたことがないですね。」
そして、ずっとこのあたりに住んでいるのですが、近くならわかるのですが。と続ける。
淡い期待があっけなく打ち砕かれた。
このあたりでは天星に次いで大きな都市。路線をよく知らないことはあっても、全く名を知らないというのは無いはずだった。
「本当に、街の名前を聞いたこともないですか?」
つかみかからんばかりに聞くと、一変して野良犬を見るような目つきになった彼は急いでいるから、と足早に去っていく。
呼び止めようと伸ばした手は宙を切った。
小さいころならば泣き喚いているだろう。
代わりに、制服の背中をじっとりと不快な汗が濡らした。
(あの子、どうしたのかしら。)
(声をかけてきなさいよ。)
(嫌よ、この間事件があったでしょう。)
ひそひそとささやく声が遠くに聞こえる。スマートフォンを持つ手がすっと冷たくなる。
いったいどんな状況なのか。天ヶ崎は、いったいどこへ消えた。
そんな馬鹿なことが。そんなはずはない。
ぐるぐると回る思考に深く沈みこんでいきそうだったその時、肩をたたかれたような感覚に、驚いて思わず顔をあげる。
そこには、あの少女がいたずらに微笑んで立っていた。
「さっきぶりだね。小林朔矢くん?」




