第四羽 鬼の師
冷気で支配される時期が去り、桜は花の輝きを放ち始めている。黒で染まったこの世界にも、つかの間の美しさが広がっていた。
戦争は無期限の停戦。
迎えた春で、心を癒してほしい――どの国の首脳も、同じように考えただろう。
久しく家族と再会する者、自分の故郷へ帰る者。涙や感動が世界を包んだ。
一人…
暗がりに向かっている影があった。彼の帰りを望む者も、場所も、どこにもない。だがそれを寂しむ様子も、またない。
柏木・禹廻神。
先の戦争の一番の功労者。しかし、その功績を認める者すら誰もいない。
「調子は、どうだ?」
無理に作った笑顔で、伺う声。灰堂だった。
「全く問題ありません」
表情一つ変わらない。
「いい加減、その背中の銃、降ろしたらどうだ?」
「…」
禹廻神は戦争が終わってもなお、何一つとして変わっていない。
銃はすでに体の一部――そして、いつから銃を降ろしていないのかも本人すら覚えていない。
「帰ったらどうだ?」
「…どこにですか」
「お前の家や家族にだよ。すぐに戦争は始まらないさ」
返答に詰まる。話したことがなかった――“あれ”について。
「…しばらく旅に出ます」
待った末の答え。
灰堂は何かを察した。
「そうか…」
静かに去っていく背中を、見届けることはなかった。
大金艮帝国・銀小州。ここには、軍需武器を製造する工場が連なっている。
そして禹廻神は、’彼’に会うためにこの地に出向いていた。小さな鍛冶屋。鍛造の音が外からでも、響いて聴こえてきた。
「ハッ!!!」
‘彼’の声は鍛冶屋に響くどの音にも、負けていないものであった。だが突然として熱気が一変する。
「親方……」
禹廻神に気づいた弟子が、小さく囁く。
「ん?なんだ?」
振り向いたその瞬間、目が合う。
「相変わらずだな、禹廻神」
鍛冶場が静まり返る。
「何の用だ?武器ならもう……」
「そのようなことではな……いや、そうでもある」
視線が一点に集まる。
「……帰れと言われたからだ」
「……?どこにだよ」
職人たちは、すでに作業に戻り始めていた。
「家、家族……いや、分からない」
誰も話の意味を理解できない。
「……とりあえず来い」
何かを察したように、奥の部屋へと歩いていく。
案内されたところには、小さい卓袱台、大きな棚が置かれていた。戦争の影響か、部屋がとても質素に感じる。
「あんな物言いすまなかった」
刀・鍛治夫。この世で最も腕が良い刀鍛冶。神の武具と呼ばれるものの多くは、彼の手によって作られている。そしてーー
「…」
「面と向かって話すのは、久しぶりだな」
話しながら茶を卓袱台に置く。話す距離は、誰よりも近かった。
「まさか帰ってくるとは…思っていなかった」
僅かに涙が浮かんでいる。
「聞いたぞ。あの戦争お前さんが終わらしたのだろう」
「お前さんがこうなるとは思っていなかった」
禹廻神の師匠。鬼へと面を替えさせた張本人。しかし、彼ですらこのような事態は想定できなかったであろう。
「すまないな。素直に喜べなくて」
「いや、武器の確保で来たまで…」
禹廻神が言いかけたところで言葉を切られる。
「最近は武器しか作れなかった」
「ある意味ここまでゆっくりできているのは…いや」
違う。言いたいことはそれじゃない。
「それ以上に…」
思いが溢れる。
「ここが自分の家だと、俺が家族だとお前さんの口から出るとは思っていなかったからな」
涙の正体は恐怖ではなかった。
「ここまで嬉しい思いができたのは久しぶりだ」
「ありがとう」
その表情は、禹廻神の緊張を少しだけ溶かした。
「それで、武器を作って欲しいって?」
遂に本題が切り出される。
「はい。先の戦争で、興味深い毒を回収しました」
卓袱台に毒の入った瓶を置く。
「敵国が使ってきたものです」
鍛治夫は、まじまじとその毒を見る。そして、瓶の中身を一瞬見ただけで理解する。
「これは毒沼のか?確か術を乱す効果が…」
禹廻神が小さく頷く。
「これを埋め込んだ弾を師匠に作って頂きたい」
「武器に拘らないお前さんにしては、珍しいな」
少し疑問に思ったと同時に、鍛治夫の職人魂が燃え始める。
「よし!この依頼引き受けた」
「何PGだ?」
「金は取らない。ただこれだけは約束しろ」
彼はずっと心にしまっていた。
「必ずまた帰ってこい。それだけが条件だ」
それを遂に言葉に表す。
少し間が空いたが、返答は禹廻神にしては早かった。
「忘れたんですか?私は無敵です」
鍛治夫は、にやりと笑う。そして、すぐに作業に取りかかった。それがお互いの答えだった。
小さな鍛冶屋にまた、轟音が再び響く。だがその音は、先程より気持ちの良いものであった。
弾の完成は想像以上に早かった。
理解していたからだ。
お互いに、戦争の気配を感じとっていた。そうでなければ武器など新調しない。早々と武器を作ることもない。
誰もが戦争の開始を恐れている。そしてこの気配を、見て見ぬふりをする。
戦争の火蓋が再び切られる時、
そして、鬼が戦場に佇む時、
花びらは、また散っていく。
続く…




