1-6.いよいよ異世界へ
「そのエランデルとかいうところに帰れないのか!」
悠介はルセールに声を上げた。
「彼が魔法陣をつくって戻ったから、戻り方を思い出した」
「ほんとうか? 雅、俺は美緒ちゃんを取り戻しにエランデルに行くぞ」
「マジ!」
ルセールがナナに
「ナナにも戻り方を教える。戻ろう」
と言うと
「どうしようかな。雅則さんにいろいろ案内してもらうのを楽しみにしたのに」
と、ナナはちょっと不満な顔をした。
「え? 本当にこっちの世界を気に入っちゃった?」
「過ごしているうちに楽しくなっちゃって」
ナナが嬉しそうにこたえると
「じゃあ、先に戻るから。魔法陣を教えておく」
ルセールはナナに気を送った。
美緒を異世界に連れていかれた悠介は
「ルセール、俺と雅も連れて行ってくれ」
とルセールに頼んだ。しかし
「二人は無理だ。そんなに私の魔法のレベルは高くない」
とルセールがこたえた。
「え?」
「転移出来るのは自分と、もう一人くらいだ」
「そなんだ。じゃあ、雅はナナちゃんに連れてきてもらって。先に行く。後から来いよ」
と悠介はルセールと異世界に行った。
「ほんとうに行っちゃったよ」
まだ信じられない雅則だったが、ナナに
「デートはあとでいい? こっちに戻ったらいろいろ案内するから」
と言うと
「はい」
とナナはこたえて魔法陣を出した。
雅則もナナと異世界・エランデルに転移した。
◇
雅則がナナと転移してきたのは、ヨーロッパの古い街並みのような風景が見える
場所だった。
「どういう世界なんだ?」
雅則は周囲を見渡して近代的な建物や施設がないことを確認した。
「私の世界ですけど」
ナナが平然とこたえた。
「ナナはここで、どんな暮らしをしている?」
「どんな暮らしって、衛兵隊の魔法戦士隊に入って、主に街の巡回とかですけど」
ナナが城のある方を見て
「魔獣が城に、宮殿も危ないです」
と声を大きくして言った。
城の近くで大魔獣が暴れていた。空間から顔を出した魔獣だった。
「魔獣を倒しに来たわけじゃないけど。ほうっておけないか」
「お城に行きましょう」
雅則はナナの後をついていった。
「走っていくのか?」
「馬車のほうが早いですけど、馬車を探している時間がもったいないですから」
「馬車って・・そういう世界か。・・運動不足で持久力が足りない」
雅則がナナを追いかけるようについていくと、ナナは城に上がっていった。
「ランスロット様」
「ナナか」
恰幅のいい鎧を身に着けた男にナナが駆け寄った。
「彼は・・」
男が、息を切らししてやってきた雅則を見てナナに聞いた。
「異世界で魔獣を倒してくれた人です」
「おお、異世界の勇者か」
「そうなるのかな・・」
男は雅則に近寄ってきて
「私はエランデル国、衛兵隊隊長のランスロットと言います」
と丁寧に挨拶した。
「俺、いや私は異世界の横山といいます」
雅則も自己紹介した。
「ナナが戻ってきたということは、ルセール様は?」
ランスロットがナナに聞いた。
「はい。先に戻っているはずです」
「わかった。ご苦労。しかし状況は最悪だ。このままでは城が壊される」
そう、今は悠長に挨拶を交わしている場合ではないはず。
「あの・・あの魔獣も倒せませんか?」
ナナに言われて雅則は
「無理だろう。どんな魔獣かわからないし」
とこたえた。
ランスロットが雅則に
「魔獣はどうやって倒したのです?」
と聞いた。それにナナが
「私の剣で倒しました」
と言った。
ナナはランスロットに雅則のことをヒーローのように話している。
「剣で?」
「その魔獣の弱点が眉間だと聞いたので・・」
雅則がこたえると
「さすが勇者だ。しかし・・あの魔獣は聖剣でしか倒せない」
雅則は、なんかゲームの世界のようだ、と思った。ゲームは好きじゃないけど知識は
あった。中学生時代や高校生時代にゲーム好きのクラスメートも居て、ゲームについて
得意げに話しているのを聞いていた。
自分の世界に現れた大魔獣を、雅則は確かに剣で倒した。自分でも信じられなかったが。
ここはヒーローになってもいいかな、と思った。
「その聖剣はどこにあります?」
「それが・・盗まれた」
「え?」
「あの魔獣を従えたカニールとかいう魔獣士が持っている」
「カニール?・・悠介が美緒ちゃんを連れて行った魔獣士とか言っていたな」
「状況は最悪だ」
そう言いながらランスロットは平然と構えている。
「勝ち目はなくても撤退しないんですか?」
「宮殿には王たちが居る。エランデルが滅ぼされたら、俺たちも路頭に迷う」
ランスロットは成す術が無い、といった状況か。
魔獣に対してレーザーのような光が何本も浴びせられはじめた。
「あれは?」
「魔法戦士たちの魔法攻撃です。剣や弓より魔獣には強力です。しかしあの魔獣にはおそらく
効き目はないだろう」
形勢不利な状況でランスロットは他人事のように言った。半ばあきらめたような顔をしている。
衛兵隊の攻撃魔法の威力は強いように思えない。大魔獣には効果は無いようだ。
ナナが雅則の世界に来て魔獣に魔法攻撃を放ったが、その時も全く効き目がなかった。
「衛兵隊の戦力は?」
ランスロットに聞いてみると
「一般市民からも募っている野戦隊と魔法を武器にする魔法戦士隊、それと弓を武器にする
弓撃隊などです」
「なるほど・・」
雅則は、これで魔獣とかに応戦出来るのか疑問に思った。
「城壁が壊されたら宮殿が破壊されるのは時間の問題です」
その状況でランスロットは何を考えているのか。・・いや、おそらく何も考えられずに
いるのかも知れない。
女性兵士が駆け上がってきてランスロットに報告した。
「魔法攻撃も弓も効き目はないわ」
見ればわかる。しかし・・彼女もミニスカートだ。この世界の女性兵士はどうなっている。
「女もいるんだ。って、ナナも魔法戦士だったね」
雅則がナナに聞くと
「彼女は勇敢なソードマスター。弓撃隊のリーダーでもあるリリアさんです」
と教えてくれた。
「彼女も下はミニスカートか。・・身長がある分、伸びた脚がエロい」
「え?」
雅則の関心は襲ってきている大魔獣より、女性兵士のファッションだ。上半身は鎧のような
ものを身に着けているが、ミニスカートから伸びた脚に悠介でなくても目を惹かれてしまう。
「ほんとうに女性はミニスカートなんですね」
ランスロットに聞くと
「衛兵隊の隊員服は王や貴族たちが決めています」
とこたえた。
「え? この国は、というかこの世界はどんな世界なんだ」
と雅則は思ってしまった。そしてリリアに
「歳聞いていい?」
と聞いた。
「20歳です」
「合格」
「何がですか?」
「ナナちゃんも悪くないけどな。彼女のほうが俺好みか」
「何を言っているんですか、誰ですか?」
リリアの質問に
「彼は異世界の勇者です。異世界に転移した魔獣を倒しました」
ナナがリリアに話した。
「勇者になったつもりはないけど。・・何か知らないけど、力が湧いてくるような・・異世界に
来たせいかな」
雅則は自分の身体に湧き上がる力を感じた。そしてリリアに
「剣を貸してくれる?」
と言った。
「これはただのソードです。聖剣ではありません」
「何でもいいよ、切れれば。今のところ、それ以外にあいつを倒す方法が思いつかない」
とリリアに言った。
「倒すって、この剣でですか?」
「倒さなきゃならないんだろう? それと魔法は無駄だから止めさせてくれる?」
リリアは雅則の力を信じる気にはなれなかったが、今は雅則を頼るしかないと思い、
石段を下りていくと、別の女性兵士に駆け寄っていった。
「イミールは衛兵隊の魔法戦士隊のリーダーです」
とナナが教えてくれた。
「彼女も悪くない。みんな綺麗揃いだな」
衛兵隊の女性たちがアイドルグループのように見えてくる。みんなミニスカートだし、
と雅則は思った。
「魔法攻撃、止めぇ!」
イミールが大声を発した。
攻撃が収まると、静観が漂った。魔獣も一瞬、キョトンとした。
「最近、運動を怠けているから、上手くいくかわからないけど。・・」
雅則は軽く準備運動をすると、城壁から魔獣に向かって高くジャンプした。まるで
空を飛ぶように・・。
「俺ってこんなに跳躍力があったかな?え? 城壁って高さ何メートルあるんだ?」
飛び上がったのは五メートルほどだが、城壁の外側は地上から数十メートルの高さが
あった。雅則は自分が高いところが苦手なのを忘れていた。
「ヒーロー扱いされても空を飛べるわけではないからな。高所恐怖症なのを忘れていた」
雅則は魔獣めがけて落下した。
「切れろ~!」
剣が光を放ち、魔獣を真っ二つに切り裂いていった。
みんな唖然としていた。魔獣は煙のように消えた。
「魔獣が・・消えた・・倒した?」
「うまくいった」
雅則自身も信じられないでいた。
「俺は何者?」
幼いころから時間をゆっくりにする力などはあったが、肉体的筋力は、それほど高いとは
思っていなかった。発揮していなかっただけなのか?
衛兵たちは歓喜していた。
雅則は剣をリリアに返した。
「聖剣を使わずに倒した・・」
リリアはまだ信じられなかった。
「俺は勇者らしいから」
そう答えた雅則は
「俺ってほんとうに強いのか?」
と思った 。
◇
雅則はランスロットに宮殿内に案内された。すると貴族らしき男が現れ
「異世界の勇者が魔獣を倒してくれた」
とランスロットが報告した。
「王に会ってもらいます」
「異世界もののお決まりのコースか」
雅則は男に玉座の間に案内された。そこに王冠(?)を被った男が座っていた。
「私はエランデル国の王、オルコットだ。魔獣を倒してくれたとのこと。感謝する。
城を救ってくれてありがとう」
「お役に立てて光栄です」
雅則は心にもないことを口にした。こういうのは身が手だが、一応挨拶は出来ないと。
国王は例を言うにも上から目線だ。こういう権力を誇示する者を雅則は好きになれなかった。
「その身なりは確かにこちらの世界では見かけない。本当に異世界から来てくれたのか」
「はい」
この世界を救いに来たつもりはないが、そういうことにしておこう。
確かに雅則の服装はこの世界では異質のようだ。カジュアルなTシャツとズボン。それに
薄手のジャケットを羽織っている。
王の周りにはたくさんの若い女が並んでいた。
「ここは大奥か?」
と思ってしまうほどだ。
王が
「皆、わしの娘じゃ」
と言った。
「え?・・」
全部は数えられないが、10人、いや20人は超えるだろう。みんな娘?・・どうやって
作ったんだ、と思った。
「みんな母親が違う」
「なるほど・・」
え?・・何人妾を作っているんだ? こんな王だから衛兵隊の女性の兵の制服をミニスカート
にしたのか?
「そなたは、我が国を救ってくれた命の恩人。爵位の称号を与えよう」
何だかわからないけど、もらうことにした。
「セバス、あとは頼んだぞ」
「かしこまりました」
王に声をかけられたのは、雅則を玉座の間まで案内してきた男だった。
「私は王宮の執事。男爵のセバスです。王に代わって全てを取り仕切る統括者でもあります。
王に爵位を授与するように言われました。勇者様には何不自由なくエランデルで過ごしてい
ただけるよう努力します。ご指示があれば何でもおっしゃってください」
セバスとは、殿様に仕える側用人のようなものか、と雅則は思った。
「早速、お住まいのほうを用意させていただきますが、今日、明日は無理かと。その間は
別室を用意しますので、しばらくお待ちください」
「よろしく。それと・・指示していいなら食事をしたい。今日はあまり食べていないので」
雅則は遠慮なくセバスに言った。
「わかりました。すぐに用意させます」
殿様気分も悪くない。折角だから味わってみるか。
貴賓室のような大きな部屋のテーブルに料理が運ばれてくる。普段食することのない西洋
料理のような献立だ。
そして美女軍団が現れた。顔ぶれは・・王の娘たちだ。
「勇者さま、お名前は何とお呼びしたらいいでしょうか?」
「名前か・・」
本名は横山雅則。略しても勇者には似つかわしくない。しかしあらためて名前を考えるのも
面倒だ。
「今は勇者でいい」
「わかりました」
こういうのをVIP待遇と言うのか、それとも多くの美女も居るからハーレムの世界か。
悠介なら大喜びだろうが、晩生の雅則にはなかなか慣れそうにないと思った。
「こういうときに悠介が一緒だと心強いが・・」
献立は見た目はいいが、味はいまいちだ。
「見た目は美味しそうだけど・・具材は何?」
と聞いてみると
「こうもり、食用ねずみ、・・など」
「あ、そう」
一気に食欲がなくなった。だいぶ食べちゃったけど。
食後は部屋をあてがわれたが、美女たちの世話を受けながらお風呂やベッドをともにする
ようなことはなかった。
しかし改めて考えると、この世界はまだ電気は無いようだった。明かりは油を使ったランプ
のような照明器具だ。
「ほんとうに中世の世界という感じだな」