俺はあれ、個人的に好きだな
その後、言われるがままに案内された末に、エレベーターを使って七階の奥、社長室に到着。真ん中にはローテーブルを挟むソファ、その奥には社長デスク。
シンプルで平均的な室内に「余計なものは入れたくないんだ」と杉並社長は言う。自分たちが余計ではないと安堵したり、部屋の隅に杉の観葉植物があって、やっぱり! と思ったり。
「それでは席についてもらおうか」
「あの社長のイスには座らせてもらえないんですか?」
「おふざけも大概にしてほしいんだが……」
新井くんが、いつにも増してボケている。先にソファに座ってその様子を見ていた僕は、何だか、杉並社長との相性が良いのでは? と不意に思ってしまった。
「隼くん、そう言って勝手にイスに座ろうとしなーい」
「すみませんでした」
僕の指摘を大人しく聞き入れ、しゅんと頭を下げながらソファに座り込む新井くん。まるで親子のような僕らの会話に、「よほど仲が良いんだな」と杉並社長は少し頬を緩めた。
「で? 勝手に事務所に押しかけて、君たちはどういう脳みそ構成をしているんだ?」
「言い方が斬新かよ」
僕は新井くんの頭をぺしっと叩く。脳細胞を気にしない派なので、思わず力加減が強くなった。涙目くんの新井に「ご、ごめん……」と謝罪したあと、
「僕は気が乗らなかったんですけど、隼くんに言われて、来ちゃいました」
「家からは何分掛かった?」
「スタジオから来ました。多分、合わせて四十分程度です」
「俺は『来ちゃった♡』とか言ってわざわざ遠方から家に押し掛けてくる女はヤバい人種だと思っている」
「……? いきなり何の話ですか?」
何を言ってるのか理解できなかったものの、杉並社長は恐ろしく真剣な形相で話していた。無駄話は止めておこうと、彼は咳払いをする。そしてようやく本題へ。
「さてと。俺が話した通り、グリーンムーン・フォレスト、通称『グリフォレ』は、アイドルのスカウトや面接は、現状行っていない……本来なら、な?」
「「本来なら?」」
新井くんと言葉がぴったり合った。杉並社長を食い入るように見詰める。
「君たちの動画、拝見させてもらったよ。改善点はあるにはあったが、初投稿は現時点で十二万回再生を突破。高評価は千件以上あった。素晴らしい実績だ」
それは羽瀬にとって、初めて知った事だった。基本的に新井にアカウント管理を任せていて、誰かの評価に囚われたくないという一心から、歌ったり踊ったりしていた。
「え……? 初耳です。そ、そうなの、隼くん?」
「ああ。言おうと思ったけどさ……なーんか、必死に頑張ってるヒナに圧かけるのも申し訳なくて」
言いながら、恥ずかし気に頭を掻く新井くん。彼なりの気遣いだった。
「新井君。『ばーちゃLimit!』のSNSを運営しているのは君か?」
「はい、そうです!」
「なるほど。つまり文章を考えてるのは君か。……フッ、面白い」
顎に指を当て、口角を片方だけ上げる。まるで洋画のワンシーンだと思った。
「投稿の文も念入りに考えられているし、どれも動画告知のコツをしっかりと掴んでいる。二万人がフォローしているのも頷けるな」
「え、にっ、二万人!?」
「それに何より、投稿の最後に必ず付けるあの言葉が良いと思っている」
二万人という衝撃がまだ羽瀬の中に残っているが、それ以上に驚きだったのは、
「――『キミの推しになりたいです!』。俺はあれ、個人的に好きだな」
新井くんが、僕が提案したものを、「お決まりの言葉」として今も使ってくれていた事の方が、何より驚きが大きかった。
「いやあ~、照れますな~。俺のバディの考えた言葉を褒めてくださるとは」
「なるほど、羽瀬君が考えたものだったのか。……とにかく。そういう事だから、君たちが良ければウチに来てもらいたい。君たちは事務所非所属だろう?」
「え……まじすか!? はい、そうです!」
「なら、早急に話を進めよう。書類等は今から急遽作成する」
「あ、ありがとうございます!」
ソファから立ち上がった杉並社長は、僕の方に視線を向けると、僅かに目を見開いていた。
「もし宜しければなんですけど、俺らも付いてっていいですか?」
「いいや。書類作成はこっちでする。……それに」
「それに?」
「君たちはこの部屋に居ててもいい――二人で話したい事も、積もる程あるだろう」
「え……?」
新井くんが疑問に思ったのと同時に、杉並社長は静かに立ち去って行った。
一瞬、何を言っているのかが分からない様子の新井くん。しかし隣の方を見ると、その言葉の真意にようやく気が付いたようだった。
僕は俯き、大粒の涙を流していたのだ。
「は、だ、大丈夫かっ!? あっそうか俺、お前に再生数の事とか、色々な事情話してなかったから! だから落ち込んでるのか!」
「ちがっ……そう、じゃないよ……」
「じゃあ、勝手にお前の考えた言葉を、まだ使ってたからか!?」
困惑してパニックを起こしている新井くんは、僕が泣いている理由を探す。しかし。
「僕らの動画が、隼くんのSNSが、沢山の人に見てもらえた事が嬉しくって……!」
新井くんはその言葉に驚き、僕の顔をそっと覗き込む。笑顔で流れる涙を、必死に指で拭った。
「僕の言葉をまだ使ってくれてたって事も、純粋に嬉しかった……」
「……! そ、そこまで泣くほどじゃねーだろ!」
僕は涙を引っ込め、隣に座っていた新井くんの顔を見やる。
「っ、あのね。僕が何より嬉しいのは、再生数やフォロワー数が多くても、隼くんがずっと、いつもの隼くんのままでいてくれたって事だよ」
「え……? どゆこと?」
「二万人、それ以上の目に晒されるって、すごい事だけど、多くの人はプレッシャーのはずだから。でも初投稿の時に僕が提案した言葉を、決め台詞みたいに使ってくれてるって事は、変わらないでいてくれたのかな、って思ったから。違うかな?」
そこまで推理していたのか、と。開いた口が塞がらなかった新井くん。
「……はは。確かにそういう事かもな。でも、俺がここまでブレずに活動できたのって、誰のおかげだと思う?」
「ええ、と。僕?」
「自分で言うなー!」
「違うの?」と言うと、「そうだよ! 悪いか!」と恥ずかし気に返される。
「ちぇ~。『誰なの?』って言われて『お前だよ……』なんてイケメン的な返しがしたかったのに。……まー、つまりそゆこと。いつの頃か俺、お前の前で言ったろ? 俺は、お前がいなきゃダメだって。ダメダメだって。だってお前が好きだから」
「そっそそそ、そういう冗談は困る」
突然の言葉の不意打ちに、つい慌ててしまう。ただ、この真剣な眼差しを見ていると(いやまさか、コレは本気じゃ……!?)と思ってしまい――。
「そういう冗談は置いといてな」
と、思っていた自分が馬鹿であると、息を吐いて冷静になる。
「これからも親友として、お前と活動していきたいから。でっかいステージに立って、歌って踊りたいから。だから俺自身の性格は、そんなに変える気はねーんだ。でももっと強く逞しくなりたいし。欲張りだけど」
この瞬間。彼の凛々しい顔付きが、社長デスク側の窓から差す、雲の間から顔を出した太陽で照らされる。
それを見た僕は、目を見開く。
やっぱり彼には、絶対に敵わないと思った。太陽に味方されるような、光の存在。トップアイドルとしてステージ上に立ち、スポットライトに照らされる。そんな新井くんの姿が想像できるから。
そして、次に発した一言は、彼の胸の内に響くものとなった。
「だから、俺は絶対――ファンやお前を、失望させるような事はしたくないんだ」




