……変わり者っすね
そして。更に月日は流れ、結成半年を迎えた日。
オリジナル曲以外にも幅を広げたい、半年後まで待とうと言っていた僕らだったものの、結局、それ以外のジャンルの動画を公開することはなかった。
なぜなら、今のままで十分に満足しているから。自由に歌って踊れるということだけで、僕らにとって趣味というか、それだけでいいという結論に至ってしまったのだ。
「よし! 投稿かんりょ!」
「はー。お疲れ様」
「こちらこそ! いやー、記念すべき十曲目だなあ」
「丁度ぴったり、結成半年ぐらい経つもんね」
「そういえばそっか! あー、なんか、時間ってあっという間だなー」
「ほんとだね……」
スタジオでの沈黙は、かなり気まずい。
地上の雑音も滅多に聞こえないので、僕たち二人とも、何も言えない表情で、パソコン画面を一心に見つめている。
「――断っても、よかったのかな」
それを聞いた隼くんは、少し焦りの表情を浮かべていた。多分、同じことを考えていたんだと思う。
半年を振り返って、唯一の後悔と言ってもいい、大手からのスカウトお断り事件。やはりと言っていいのか、あれから別の事務所のスカウトは一切ない。
「自分のことはどうでもいいけど、僕は隼くんに、もっと輝いてほしいな。こういうシンプルなスタジオの中じゃなくて、巨大なステージの上で」
「何言ってんだよ、輝くときはお前も一緒だろ!」
「あはは……」
「てかヒナ、あの時からちょっと、暗い雰囲気になってねぇか?」
「え、そうだったの? 気付かなかった、ごめんね」
「何でお前が謝るんだっ!」
ぺしっと優しい力で頭を叩かれた。脳細胞を大切にする派のツッコミだ。
「……でもさ。俺も輝きてぇよ」
笑顔が一変して、鬱々とした表情になってしまう隼くん。お互いに隣同士でイスに座り合う。
「前も言っただろ? 俺は、誰かの推しになりたいって。けど動画の中だけじゃ、俺たちの存在も届くべき人に届かないって今更気付いたわけで」
「……だね」
「だから、俺たちそろそろ、本格的に事務所に所属してもいいと思う」
「うんうん――って、え?」
時間差で反応した僕をよそに、彼は瞬時に立ち上がってこう言い放った。
「俺たちの方から、事務所に『スカウトされに』行こう!!」
「ええええええええ!?」
半年ぶりの突飛な発言は、もはや懐かしさまであったような気がした。
――と、いうわけで。
「本当に、来ちゃった……」
スタジオから徒歩十分、途中のバスで二八分、十時四五分頃に到着。都会のビルが立ち並ぶこの地で、僕たちは入口の前で新築の八階建てビルを見上げる。
その堂々たる佇まいが、僕の実家や、地下スタジオのあるビルとは大違い。
どうやらこの建物の六~七階に、お目当ての事務所があるらしい。
「こんな所に突っ立ってると、警備員とかに捕まっちゃうし、さっさと中入るか!」
「うん、勝手に入った方が捕まる率は高いと思う」
正論を無視されながら、半ば無理やり引っ張られて付いていくことに。
シンプルな内装のエントランス。まるでホテルのような空間に、隼くんに連れられて進んでいく。
タイルを歩き、足音をコツコツと鳴らしながら、エレベータへと向かった。
エレベータ内の六階行きのボタンをパチッと押す。地下室の照明スイッチと負けず劣らずの小気味いい音。扉が閉まり、冷静に話をする。
「な、なんか不安なんだけど」
「まーまー。警備員はいなかったし、勝手に入っても問題ないんじゃないか?」
「……ネットで調べて、ここの事務所を見つけたんだよね? 面接とか募集してた?」
「ん? アイドル事務所は常に歓迎、とかじゃないのか?」
僕はため息を吐くと同時、背後に謎の緑髪の中年男性がいることに気付いた。
実はエレベータには三人が乗っていたけども、隼くんだけが何食わぬ顔で過ごしている。
チーンとベルのような音が鳴り、扉が開く。
どんな事務所が待っているのか。少し期待していたものの――割と内装は平凡だった。エレベーターを出ると、普通のオフィスの受付、という印象である。
しかし隼くんは手を放し、構わずその受付嬢と思われる一人に、
「俺たち、ここのアイドルになりたいです!! 責任者を呼んでください!」
「はい……?」
完全に不審者扱いされた、と思った。現に受付嬢は警戒した目付きで睨んでいる。奥のオフィスに見える事務所関係者も、怪訝そうにこちらを見ている。
「――すまないけど、『グリーンムーン・フォレスト』は現在、アイドルを募集していない。最近はこのオフィスへの移転作業が忙しいしな」
突如、背後から話しかけられたと思ったら……やはり、さっきエレベーターにいた男性だった。
上着やネクタイのない、シワが多めについたスーツ。染めた緑の髪、もじゃっとした顎ひげ。砕けた印象とは想像のつかない、その言葉。彼らはハッとする。
「ん、それ以外に、俺たちの事務所に用があるか?」
彼こそ、グリーンムーン・フォレストと呼ばれる事務所の社長であると悟った。
何事もなかったかのように業務に戻る受付嬢。ひとまず、通報されることだけは避けられた。
「あー。いや、その。ここって、アイドル事務所……ですよね?」
「うむ、多分そうだ。最近、長い休暇でハワイ旅行に出かけていたから、完全に業務を忘れていたがな」
「……変わり者っすね」
「いきなり事務所にスカウトされに押し掛けるアイドル志望の方がよっぽど変わり者だと思うが」
僕は内心「言えてる」と思い、笑いを堪えるのに必死だった。
「アイドル志望じゃないです! 俺ら、動画とかで活動していて、フリーランス? 系のアイドルですから!」
「はいはい――ん? 待て。君、もしかして……」
呆れるような言葉で返したと思えば。
途端に驚き、正面を指差す。指している方向は隼くんではなく、僕の方だった。
「え? ぼ、僕がなんですか」
「あ――ああ、ああ! そうかそうか、君たちが『ばーちゃLimit!』か! 見かけた顔だと思ったが!」
カッカと笑いながら、思い出したように言う。僕たちのユニット名を知っているということは、もしかすれば、動画を見たことがあるのかもしれない。
僕は唖然とする。何故、僕を見ながら思い出したのか。
「え、俺たちのこと、知ってるんすか!?」
「そうだ! 昔から通っている、あんどうふという店の主人から小耳に挟んでね」
「……まさか」
「味が無いけど美味! 海外旅行から帰ったときは特に恋しくて、老舗の豆腐屋に立ち寄るんだ。いつも君の父が世話になってるよ、羽瀬ジュニア君」
そのまさか。必死に豆腐を語る彼を見ながら、自分の父と面識があるという偶然に驚くほかなかった。
そしてふと思ったことが、沢縁社長とどこか対照的だったという部分だ。見た目や性格の印象も、僕と隼くんの扱い方の差も。
「ああ、俺の紹介が遅れたな。グリーンムーン・フォレスト事務所の代表取締役社長、杉並月光だ。言っておくが、この名前に関してはツッコミ禁止――」
「会社名みてーな名前だな!」
「……君たち、本当に面白いな?」
何だかよく分からないものの、隼くんのおかげで杉並社長に気に入られたようだった。




