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本当のアイドルになんてなれないよ

「バイトは?」

「……サボっちゃうかも」

「……そりゃ、そうなるだろうな」

 夕方五時半。落ち込んでいた僕らは、気晴らしに河川敷の方を散歩していた。

「はぁ~あ。何か色々ありすぎて疲れたわ」

「それに、何もかもファンタジーって感じするもんね」

「うむそれな!」

 新井くんは人差し指をバッ!とこちらに向けてきた。

 それにしても彼は、自分が落ち込んでいるのを隠すのが上手い。明るいムードメーカーという印象は、メンバーを元気付ける存在かもなんて、そんな風に思える。

「あの社長さん、新メンバーを順次募集するって言ってた」

「ああ、言ってたな。もう条件が衝撃過ぎて全部ふっとんでたわ。あんなの悪質な買収だわ」

 と、ニヤケながら話す新井くん。けれど、全く笑い事なんかじゃない。

「いっそ、新井くんだけでも事務所に所属したら……」

「――おい、羽瀬」

 本当に笑い事じゃない事態が起こってしまった。

 新井くんは表情を一変させて立ち止まり、時間差で踵を返した僕を、真剣に睨んでいる。

「ふざけんなよ。アイドルは二人でやるって決めたじゃねーかよ。この前、最終確認までしたばっかだろ? 頼むからそういう冗談は大概にしてくれ」

「っ……」

「俺はヒナがいなきゃダメだ。それも、隣で歌ってるのがいい。なのに、なんだよあの社長! バックアップの役割って……! ヒナは大事なメンバーの一人だろうが!!」

 向こうを見て感情的に怒っている新井くんの表情からは、僕を想ってくれているのだと容易に理解できた。

「とにかく!! ばーちゃLimit!は2人で決めた名前だし、絶対に変えねえ! あとプロジェクターは俺らのプライドだ! 欠かせない! 分かったか!!」

 この場に居ない社長に言ったのか、僕に八つ当たりしたのか。訳の分からない怒りの言葉を吐き捨てた、その直後。

 新井くんは、とても疲れていた。

「……ごめんなさい」

「え!? あ、いや、何かこちらこそスマン……熱くなり過ぎたわ」

 何故か自分に言われているような気がして、さっきの分の謝罪も込めて俯きながら言う。我に返った新井くんも、流石に申し訳なくなっていた。

「あ、それとあの時も悪かった。書類、全然頭に入ってこなかった。何の疑いもなく判捺しかけてたし。いつも難しい文章は飛ばしてるから、ああいう文字列は疲れるっつーか」

「隼くん、そういう大雑把な所あるから不安だよね」

「何だとコラぁ!」

 ふざけ半分に僕に接近してきた新井くんに、フードを掴まれて被せられた。僕はひたすら、逃げている犯人を追いかけた。二十歳を超えても抜けない学生ノリ。河川敷に差す夕陽の光が、青春の二文字を連想させた。



 翌日。新井くんに連絡をすると、また夕方五時に会おうという話になったので、再びビルの前で待った。

「で、どうするの? 隼くん」

「んー? まだ決めてない」

「決めてないの!?」

 意外な発言に、大げさな反応をしてしまう。

「いやー、今考えてみれば、案外悪くないかなってさ。一応、羽瀬とも活動は出来るわけだし。親孝行も十分できるし? そう考えれば儲けもんかなーって」

「そ、そうなんだ……」

「けどさ。俺は、お前の意見を尊重するから。スカウトされたのはお前のお陰だし」

「え。僕が決めていいの?」

 グループの将来を僕が決めるだなんて、あまりに責任重大だ。

「じゃ、じゃあ、さ……僕はね――」

 やがて冷静になった僕は、下した決断と理由を打ち明ける。それに対して新井くんも頷いた。どうやら、満場一致した様子。

 その数分後。社長がスタジオに訪れ、再度テーブルを挟んで会話。

「良い判断は下せそうかな? 書類は持ってきてる?」

「もちろんです。契約書も、ここに」

 言いながら、新井くんはキリッとした表情でそれを卓上に置く。こういう一世一代の時こそ、極めて冷静な顔つきになる新井くんは、横目に見ていても感心する。

 印鑑やサインの跡は、まだ無い。黒いグラス越しに見下ろして確認した社長は、

「では、よければこちらに署名捺印を……」

 社長は一番最後の書類を下から抜いて上に置き、2人に見えやすいよう向きを回す。判子を捺す部分と、横線の上にサインを書く部分を指差した。

 そして新井くんは、隣にいた僕と目を合わせ、頷き合う。

「すみませんが、この件はお断りします」

 言ってしまった。

「……どうして? やはり不満がある? けどそれに見合う報酬はいくらでも――」

「いーや。俺、信じてみたいんすよ」

 首を傾げて絶句する社長を見据え、真剣そうに指を組んで身を乗り出す。

「アイドルって、『夢を信じさせる』仕事だと思ってるんですよ。ファンと笑って、喜んで、楽しんで、時に泣いて。そういうものになれなくても、そういうものだと信じさせたい。誰かの憧れ……推しになりたいっていうか」

「何が言いたいんだい? 契約と全く関連性がないじゃないか」

「大いにありますよ! 俺たちが『ばーちゃLimit!』じゃなくなったら、誰も俺たちを信用できなくなります。いきなり店に俺の顔あったら驚くじゃないっすか。うわ誰こいつって」

 ちなみに今まで言った事は、さっき僕が決断を下した理由と一緒である。

「つまり――自由に活動して、ファンを信用させたいと思ったんです」

 僕は思った。やっぱりこういう事は、隼くんに言わせた方が良い、と。

 その答えを聞いた社長は、あまりの衝撃を受けたのか、反論はしなかった。しかし。

「……ははは。っははははは!」

 途端に口角を上げ、その席を立ちながら笑い声を上げる。

「あー。勿体ないなあ。期待していたのに」

「っ……!?」

 思わず驚いてしまう。そのスマイルは不気味で、両手の平を上に広げながら言う姿は、まるで豹変したようだった。

「若者諸君。君たちは、なーんにも分かっちゃいない。アイドルというのはね、『虚像を造り出す』お仕事なんだ」

「え?」

「ライブも、音楽も、衣装も、キラキラ輝くその姿も。そういう偽物に魅了された人間が、好き好んでお金を投げてくる。僕らはそういう虚像の輝きを、何の疑いすらない貪欲な愚民どもに提供してやってるだけさ。夢を信じさせる? ハッ、馬鹿らしい。アイドルに夢見るのは勝手だけど、本気でなろうとするのは全く宜しくないからね」

 すらすらと流暢に並べられた言葉は、彼らの心に鋭く突き刺さる。

「気持ちはわかるよ。けど、事務所社長として忠告しておく。そんな事も理解できないような頭の湧いた考えじゃ――君たちは一生、本当のアイドルになんてなれないよ」

 そして社長は、この場を立ち去っていった。扉の閉じた音と、階段を上る音、そして辛辣な言葉が、取り残された彼らの耳で反響する。

「…………」

「……くううう、悔しい!! よし! 練習すっか!!」

 長い沈黙を破ったのは、やはり新井くんだった。体のストレッチをしながら、数秒前までの出来事から切り替えようとしている。

「あれ? 俺ら、どこまでやってたっけ? 二番くらいはやったよな? えーっと、確か六曲目の――」

「……ごめん……なさい」

「え」

 突然の涙に、思考が追い付かなかった。

「僕が、断ろうって言ったから……! 夢を信じさせる仕事なんて言ったから……こんな、折角のチャンスを……!」

「は、はぁ!? 違うだろ!! 元は俺がお前に判断委ねたから! それに、俺もマジで全く同じこと思ってたし! だから、そんな泣くなって……!」

 驚いた様子で僕の方を見た後、必死にティッシュを探す。残念ながらスタジオには置いていない。それに気が付くと、彼は僕の隣に近寄り、弱々しい背中を摩った。

「そう、なの?」

 涙で滲んだ視界で、じっと新井くんの表情を覗く。

「……ああ。あのグラサン社長の言い方は別として、確かに正論だったけどな。俺はあの正論を認めたくねーな。俺にとってはな、お前が正しいよ、ヒナ」

 そして、彼の背中をビシバシと叩き、

「俺は、本気で誰かの推しになりたい。だからアイドルやってんだ」

 その時の新井くんの爽やかで純粋な表情に、僕はもう心奪われていた。だからこそ、背中のじんわりとした痛みを感じたのは、少し時間が経ってからになった。

「いったあ……」

「え!? 大丈夫か!? なんか悪ぃ! 感情こもって強く叩きすぎちまった!」

「気にしないで、もう大丈夫だから――僕も始めるよ。ダンスの練習」

「……! お、おうっ、そうだな!」

 頬を伝うキラキラと輝く涙を拭いた後。僕の心は、雨が降り止んだ虹の空のように、晴れやかな気分だった。

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