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エピローグ

 戦後、八原博通はながく沈黙を守りましたが、昭和四十七年、「沖縄決戦 高級参謀の手記」を発表し、第三十二軍の将兵たちが何を考え、何に苦しみ、何に涙し、いかに戦ったかを記しました。軍司令部内に生じた葛藤と軋轢と団結についても赤裸々に描きました。

 おかげで後世のわたしたちは、第三十二軍が沖縄でいかに戦ったのかを知ることができます。のみならず、硫黄島の栗林兵団や、サイパン島の第三十一軍や、ペリリュー島の歩兵第二連隊や、アッツ島の山崎部隊など、玉砕して語り部を失った日本軍守備隊がどのように戦ったのかを推し量ることができます。


 大東亜戦争の前半、帝国陸海軍は強国アメリカに勝とうとして奮戦しました。しかし、果たせませんでした。大東亜戦争後半になると、帝国陸海軍は、勝てないまでも何とかして終戦の機をつかもうとして敢闘しました。その結果が、太平洋の島々での玉砕であり、航空や海上や海中や陸上での特攻作戦でした。そして、数多の無名戦士たちの死によって、ひとつの政略的効果をあがなうことができました。ポツダム宣言です。

 昭和二十年七月二十六日に連合国が発表したポツダム宣言は、日本政府に対する条件付き降伏勧告でした。

 鈴木貫太郎総理大臣は、この機をとらえ、困難な国内調整を御聖断という「奥の手」で達成し、見事にポツダム宣言を受諾して終戦を達成しました。




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