第肆拾肆話 陽炎オサみて、青時雨。
【終日】
『愚霊・人・終日~gray to Ziich~』
右手で放出される気は、相手の全てに於ける力を無効化し、左手に収縮される力は、当たれば全生物の記憶毎、差しては対象者の行って来た歴史毎改竄級、文字通りの跡形も無く抹消させる“陽月さくら”の「全力回路〜蜃気楼(SHIRAHINO ADVENT)〜」に於ける完全絶対必殺奥義。
―――だったのだが、罰荒無邪童子を心底憎悪の限りで消し去ろうとしたヒツキは、恐らく大切にした人物の名前を口にした童子を、最終的に許し、彼の魔力的技術を没収する形で存命させる「愚霊・人・存~gray to ZONE~」で留める。
―――否、止めを刺す。
存命とは言え、この幻想郷が異空の地で覆われて居る事が解る様に、吹き飛んだ回数が星の円舞で空を囲う具合には、周り回って、魔法の森の木に叩き付けられ、着陸、静止する。
蒸気の上がる拳、荒れる呼吸、滝の様に流れる汗には、血が滲んでいない。
剣の雨に撃たれた身体に風穴は開いて居らず、刺し後は服だけで、ボロボロだ。
「ハァ…ハァ……お前が来てくれて助かったぜ、チョコレイト」
『―――全く、正に間一髪でしたよ、ヌシ様。貴方の死は下名の死も同然です』
会話の相手は頭上の髪の毛―――否、正に神業をして退ける髪の神、”守髪神(もりがみ)”、名を’鳥皇零刀’。
その所業、守髪神の加護より速く剣が肢体に突き刺さる結末を、【後に加護を発動】させ、守った、無かった事にすると言う、ある種の時空間操作。
この能力は彼女の出世に寄るモノだが、さて抽象的に話したか否か、何れ話すとしよう。
『ですが今回ばかりは、お見事と褒め称えるべきでしょう』
「相変わらずブレブレな礼節だな。寧ろ安心したよ」
『おや、下名が居ない間に随分と人間性が増しましたね、主様』
出世よりも、今になって守髪神の存在が御座します理由は、ヒツキの住んでいた世界と、幻想郷を繋いだディメンション・ワープ・ディメンション”転生転移輪廻次元(End is Start Point)”の中心で、意識と或る程度の能力が停滞状態になっていたが、童子の発動した模倣の反転技が完全では無かった為、移動次元の主体を起点に、守髪神は顕現為された次第で。
何方にせよ、戦闘面に於ける全力を出した陽月春雪に対し、罰荒無邪童子には勝ち目が無かったのだ。
「悪いが暫く俺は寝る……力を出し過ぎた」
強制解除も出来るが、拳を握って居なければ五分で全力回路は途切れ、使用した時間/日で眠りに着く。
『! ……では、加護乍らお傍に』
端的な言葉で守髪神は全てを理解し、真に誰が為戦った彼の身に健闘を称え、安否を保証する。
「ヒツキー…ッ」
遠くから聞こえた声は先より近付いて耳に入り、巫女と魔女二人が物理的にも近付いて居る事を目で捉える。
まぁ、彼女たちは空を飛んでいるんだけどな。
『成程、彼女達の……為に、ですか』
ボロボロの姿だが、彼女たちは微笑んで大きく手を振っている。
……あの鬼人が此方側の人間である分、この災厄は俺が招き入れた様なモンだ。
別に俺が世界中心に回ってるなんて思考は有っても、その現象は誰かにあげるが……何だろうな、素直には喜べない、複雑な心境だ。
振ろうとした手は途中で止め、指もぎこちない形状だ。
そんな明後日の方向を見ていたが、直ぐに事の異常さにハッと息を飲み込み、目を見開く。
(童子の展開したフィールドが、閉じていない……?!)
倒せば能力は解除されるとも、大体破壊の名目で没収した筈だ。
童子の落着した木を見やる。
肩で凭れて、顔を真下に伏して座って居る童子には、微かに息が在り、小刻みな震えが北叟笑んでいるモノだと解る。
(幕間~backup~。……緊急措置として僅かな能力しか保持出来ないが、彼奴を負かすには十分だ……)
―――不味い、彼奴らが領域に入ってしまう。
何をするか解らないが、枠内は完全に童子の間合い。俺を目の敵にしてる分、二人が危ない可能性が大きい。
「―――コッチへ来るなーっ!」
左手で、投げるように二人がぶつかるサイズの壁の形をした空気圧弾を討ち飛ばす。
領域から離せるようにと。然し、痛くも無いようにと速度を加減したのが問題だった。
言葉伝わらず、願い叶わず、彼女たちは空気の壁を華麗に横に反れて躱す。
彼女たちは、弾幕ごっこに於いての幻想郷救済は歴戦と語れる程の実力者だ。たった一つの空気弾等、前方から人が平均走行まっすぐ突進して来るかの様に簡単な回避だ。
ヒツキは青褪める。躱された事、その躱された原因を作った自分の冷静な判断が出来なかった浅慮、何より二人の足が横に反れた事で領域に入ってしまって居た事だ。
「逃げっ―――」
「もう遅い」
「何すんだよ、まった―――………」
「何すんのよ、いった―――………」
【四方】
彼女たちは、途端に目の色が暗くなり、生気を失い、ゆっくりと地上に降り立つ。
降り立って確りと空間に入っている為、何をするか解らない童子の思考が読み取れず、首振り一寸たりとも身動きも取れない。
先の戦いと、加わって恐怖が動悸を更に上昇させる。
呼吸の荒さが拡大し、発汗量も上がり出す。
体内は灼熱級の夏の様にアツいのに、内心は怪談を実体験してるかの様に寒い。
いや、怪談でもなく、未だ冗思考が働くのかって話でもなく、身近な誰かが死んでしまう事が、一会が倒れた事でトラウマとして残り、途轍もなく恐ろしい。
「ア…あんたが………」
「…!」
小さく、速く、短く、息を吸う。
「あんたが……これを…やったのか?」
全く知らない、萎れた声。
聞くに年を召した男性の声、だが―――いや、火事が収まって大分時間は経過した。起き上がる里人が居てもおかしくはない。
ゆっくりと、震え収まらず、収めれず、恐怖対象を直視するかの様に身体を声のする方へ向ける。
「あんた……何日か前に此処を訪れて、一瞬にして消えた妖怪じゃないか」
「―――ッ!」
「本当だ、俺も見た事あるぞ」
「私もよ」
続々と里人が起き上がり、開口一番に五日前に突如現れた奴の存在を認識する。
「あんたが、この大火事を起こした異変の首謀者か」
「全くの汚れが無い」
「何の恨みが有ってこんな事を……」
「此処はお前が簡単に荒らしていい場所じゃないんだよ妖怪!」
「消えろ人里から! 二度とその姿を見せんじゃねぇ!」
消えろ失せろ去れと、至る罵詈雑言を浴びせられるヒツキ。そして―――
「アンタが……」
博麗霊夢の声がする。その声は、異変首謀を疑われた昨日の様に冷ややかで。
「アンタが…幻想郷に来たから、この里がこんな目に遭ったのよ」
「エ……あ………」
「あん時、お前を森から拾い上げなかったら、私らきっと、こんな事にならなかったのに………」
「ア…ア………」
ネガティブ妄想が、現実になる。
「お前みたいな奴は、助けなきゃ良かった」
「アンタなんて、退治すれば良かった」
寒気の様に震えが強まる。必死に両腕を両手で抑える。
―――いや待て、皆の協調性が唐突過ぎるし、起きて早々状況を俺がやったと理解するまでのラグが単調過ぎて違和だ。
一切知らないが、此奴らが童子に少しでもの対抗出来る位の戦闘力や、異常な頭の回転率が有るとは到底思えない…………まさか―――!!
童子の方を見やる。
「イッヒッヒッヒ―――」
笑い声は微かに、完全に奴の仕業だと確信する。
(洗脳仮想’異面登(event)~四面楚歌(war criminal)~’。先の戦いで、お前の弱点は精神攻撃だと解った。ならば妄想の仮想で見た出来事を現実化してしまえば、お前は人生戦意喪失だろうて……)
雨が降る―――。
残る焦げ粕の匂いを、雨が消し去ろうとする。
―――解ってる、解って居るさ。
開戦前も思ったかな。俺は見ず知らずの真っ赤の他人を助けるべく、あのフィジカルレンジモンスターと対峙した理由では無い。
飽く迄友の為、今洗脳されてる二人の為に、俺は必至こいて戦ったんだ。
―――状況が童子の仕業だと、俺を社会的に、最後は俺自身の精神面で陥れる策だと、頭の中では理解してる。
だけど――――――。
「……だけど、矢っ張辛いなぁ~……」
天空を仰いで笑む顔は、涙で溢れ返って居た。
『主様ッ!』
次第に足腰の力は抜け、その場に座り込む。
努力の末の―――二度の裏切り挫折を味わったのだ。
【涙雨】
人々が束になって怒る騒音を聞き付け、現場に駆け寄る者の姿がその場に表す。
思想家衆団’フィロノエマー’筆頭”空雛”が到着し、謎の薄明るい半透明のドーム、有象無象の里の人々、囲うようにして誰かを罵倒しているかの様で、その矛先がヒツキで有る事を理解する。
「何よ、此れ……―――ハッ!」
遠くで、倒れた男を発見する。
「”時代殺し”―――”歴史殺し”だっけ、じゃなくて。あの化け物を倒したって言うの?! でも、何で英雄として讃えられる筈の彼奴が、責め立てられてるのよ……」
おまけに打ち拉がれてるヒツキを見て、らしくない、と更に困惑する。
「あの、狂人の仕業よ……」
左斜め前で倒れていた女が、傘型の槍を支柱に、再び立ち上がる。
“一期一会”は水身体能力により、又は未熟な巫女の能力が辛うじて、雨が恵みの体力回復に繋がった。
「最後の悪足掻きで領域内に居る人を洗脳して、この里の有り様を、全部タッ君に擦り付ける積りよ……」
「貴女……『雨乙』ね。水と傘を操る政府切っての戦闘エキスパート」
「元だし、エキスパートなんて大それた強さを持ち合わせて無いわよ。あの男に敗れた現在、猶更ね…」
「確かに、突けば倒れそうな位、私でも勝てそうな位の消耗だけど、雨の加護が有ったとは言え、その状態で立ち上がる精神力は、髪を切り落とす程完敗よ」
「マウントを取りたいのだか自嘲したいのだか、そしてアンタが誰だか知らないけど―――助けなきゃ、彼奴を……」
「待ちなさいよ」
槍を杖に、何とか動く片足で彼女はヒツキの元へ急ぐ。
「彼奴は……まぁ戦いは楽勝だったんだろうけど、心は弱いのよ。誰かの為に戦ったあのロクデナシが努力した結果が毎度裏切りだなんて、あんまりじゃない……」
「ロクデナシた分の清算な気もするけどね、聞き方に寄っては」
「そうね。倫理も人情も無いんだから。だけどね、そんな彼奴にも、『夢』が有るのよ」
「夢―――」
「まぁ鈍足に夢物語り歩く奴だけど、応援したいじゃない、そう言うの」
空雛は黙り込む。
且つての自分は名の通り空っぽのガキだった事を思い出す。
夢と言う飛び方を忘れ、巣の中で籠りナく日々を。
「…………矢っ張待ちなさいよ」
「止めないでよ。彼奴が喉前に凶器を構えたら如何してくれんのよ」
「そうじゃなくて、領域に入るんだからアンタも洗脳され兼ねないわよって事。若しくは流れ弾で転倒するか、彼奴を庇った事で二の舞を食らうかよ」
「洗脳耐性、回避性能、敵陣撃破、二重丸」
「熟語使っても語彙力皆無の前途無理よ。まぁ私に任せてよ、此れは能力なんだから」
【空海】
「何故で、アンタがそこまでするのよ……」
一会にとって全く赤の他人の空雛の行動に疑問を投げつける。
「アンタと同じよ。気持ちが、ね。此処での彼奴との付き合い、恨みこそ在れ、感謝も有るんだから」
未だ武器を折られた事を根に持ってる。直してもらったのに。治してもらったのに。
そんな事を知らない一会は、何をしたんだと、そして此れから何をするのかと。
空雛は肺に溜まった空気を筒口で地面に吐き出し、其の儘棒立ちする事九秒程。
目の光は失われ、代わりに無限に広がるような青空に似た目色を開眼させ、風よりも速い、空が何処にでも有るかのような見えない速度で動き、最初に領域を一閃に斬り、蹲るヒツキの後ろに立ち――――――――――――
洗脳の魔の手が空雛に襲い掛かる。
可視化出来る其れに、入れば終わりじゃないんだと。
空雛は踊るように領域内を周り、空中で回り、廻り、魔の手を斬り裂き、余裕が出来た所で更に円を作るように駆けて回り、回転は次第に自分を軸に回って、勢い付けてハルバードで斬撃を飛ばす。
「空斬―――……」
斬撃はヒツキを集中砲火していた里人達に当てられ、彼らは斬撃の勢いで少し飛ばされ、放火は収まり―――
「白海ッ―――!」
槍先を地面に刺し、領域を破壊し、 魔理沙、霊夢含め、里人は一斉に、人によっては再び、倒れ、意識を失う。
最後の一撃だった童子も敢え無く失敗に終わり、恨めしく震えて伸ばす手を地面に落とし、意識を失う。
「ッハァ―――! ゼェ……始めてッ……上手くッ……いっタッ……ゼェ、ゼェ……」
地面に突き刺して数秒後、空雛は止めていた呼吸を整える。
その光景を一部始終見ていた一会は内心凄いわねと淡泊に感心しつつも、槍を前に、足を引き摺ってでも、本目的であるヒツキの傍に歩み寄る。
漸く接触出来る場迄辿り着き、雨降る中、既にヒツキは、泥濘みの地に伏せ丸く蹲っていた。
到頭イチエも、移動する余力を使い果たし、その場で膝を落とし、泥水飛沫を上げ、脚を汚す。
「ごめんなさいごメンなさいごめんナサいゴめんなさいごめんなさイごめんなさい……」
「タっくん……」
ヒツキは罪悪に呑まれていた。
幻影事とは言え、的を射過ぎて居た。
恐らくもう、立ち直る事は出来ないだろう。
―――だが、こんな話が有る。
とある、社会的に伏せられた武の名家に起きた悲劇。
その一族の娘は、服を真似る程一つの『童話』にご執心の純情娘。
可愛いからと憧れ振舞う姿に、親族一同癒しの笑み。
然し、童話は憧憬の場面も在れば、惨酷も在る。
一族に怨恨有る者が内一人がを殺し、奇しくも童話と同様の出来事で、偶然か運命かその場に鉢合わせてしまった娘は、童話と現実の混濁した瞬間を目撃した。
命辛々助かったモノの、幼くして、物心付いて間も無く、精神は崩壊の域に達し、廃人と化し掛けた彼女を救った方法とは―――――――――
「ねぇチョコ、加護の風でタっくんを起き上がらせられない?」
『魔力は乏しいですが、一度だけなら』
何なら時間も、力を使わなくなってから、そろそろ五分を経過しそうだ。
「お願い……」
丸まった人間の防御を解くのも無理だが、神様なら人間の無理は、不条理の有理。
強風で胴と顔は起き上がり、頭頂に添えて居た両腕も引き剝がされる。
泥と狂気の表情でグチャグチャになったヒツキの顔を捉え、一会はヒツキを胸から、両腕で捕らえて包み込み―――抱擁。
「頑張ったわネっ。誰かが、貴方を悪く言っテも、私は味方だから」
「ッ! イヂ…エ……」
欲しかった言葉が全て揃っており、また一会も涙零して憂う心意気に、ヒツキは安堵に再び貰い泣き崩れる。
「今は、ゆっくり休んで……お疲れ様」
「……うん…」
―――かの娘もそうだった。
全てに嫌気が指して生きる気力を失い掛けた所に、とある同年代の養子が彼女を抱擁し、不謹慎にも彼女は彼の事で頭一杯になり、生きる切欠にはなる。
そしてその娘は、何の運命かヒツキの元住んでいた神社に度々来てはお裾分けを提供してくれる隣人さんの様な関係になって居たり、その養子とも友人だったり。
丁度五分が経過し、次第に瞼は沈む様に閉じて、ヒツキは一会の胸の中で、すぅすぅ寝息を立てて眠りに着く。
「……ありがとうチョコ。追加で私の分も守ってくれないかしら?」
『ヌシはこの男ですが、そうですね。神の祝福なら、或いは』
「! …………バカね、運任せじゃない――――――」
守髪神憑き人の髪の毛を束で取り、頭に装着すれば神の加護を得られる事を『守髪神の祝福』とは言うのだが、チョコは業と省いて言ったのか。
一会も到頭気を失い、ヒツキを抱えた儘、横向きで倒れる。
「さて、と。如何しようかしらね、色々と」
その場唯一真面に意識を保って行動している者と言えば、空雛以外に該当者は、近隣居なさそうで。
取り敢えず、多数人の介抱に急ぐべき事態である事山々の重々承知なのだが、少し秤、片付いた難題異変の解決を実感すべく、又は事後処理の精神負荷緩和の一服に、雨を眺めるのだった。
そう言った感じで、幻想郷に来襲す、第三サイドからの脅威が降り掛かる今回の異変は後に、首謀者の能力が仮想空間規模で展開される事と、それらが住民全域に火災を以て死に直結し掛ける事から、若しくは終わり良ければ総て良しと、綺麗に括って大袈裟な夏の様だと、三重の意味を込めて、”カソウ異変”と名付けられ。
その異変は、第三サイド側が傍迷惑沙汰の、然し存ぜぬ現地の者達から感謝の念がやや強めに捉えられ贈られ、此れ以てして、解決。
第陸章「青年は、マチガイに殴りをつけた。」――カソウ異変.―――――――完。




