担任の先生
「谷山、そこ置いといてくれ」
俺がプリントの束を持っていくと、担任の吉ケ崎は、忙しそうにしていた。
パソコンの画面に、かけている眼鏡がくっつきそうなくらい顔を近づけて、両手でキーボードを素早く叩いている。
俺は、言われた通り、プリントの束を机に置こうとするのだが、机の上はプリントやら彼女の私物やらで、とっ散らかっていた。
つまり、置き場が無い。俺の目から見れば。
いや、一般人から見て。
――吉ケ崎先生、【そこ】と言われても、置き場がないんですが
「……」
俺がそう訴えると、吉ケ崎は返事もせず、顎をしゃくりあげて俺に指令を出した。
”そこのプリントの山の上に乗せろ”
――こんなとこに置いたら、他のプリントと混じって分からなくなると思うんだけど
「そこは、君が気を使ってくれればいい話だろう……これで、もしもプリントが混じって、最悪、紛失ということになれば、二人の責任というわけだな」
吉ケ崎は抑揚の少ない声で、教師らしからぬことを平気で言い放った。
(そうなった時は、アンタの責任だろ)
俺は、目の前の駄目教師に心の中で悪態をついた。
実際に口に出してしまうと、厄介なことになりそうな気配を感じたので。
吉ケ崎という女教師は、生徒相手でも容赦がない。
彼女の性分は”理屈屋”だ、と俺は思う。
吉ケ崎に噛みついた生徒は、悉く彼女の放つ言葉によって、心臓を貫かれ、死んでいった。
これは、勿論大げさな比喩表現である。本気にはしないでもらいたい。
分かりやすく言えば、”ちょっとでも怒らせたら、非常に面倒くさい女”ということである。
俺は、吉ケ崎の机の上に丁度良くプリントの束を留めるクリップを発見した。
――吉ケ崎先生、これ借りていい?
「ん……ああ、好きに使え」
プリントの束をクリップで留めて、彼女が指定したプリントの山の上にそれを慎重に乗せた。
乗せ方次第では、崩壊する気がする。
――もうちょっと整理した方がいいよ、机の上
「これは、既に整理されているんだ。素人には分からんだろうがな」
そう言うと吉ケ崎は、今日この時において、初めて俺の方を向いて笑った。