第19話
『先日発生しました飲食店立てこもり事件について、容疑者の身辺が明らかになってきました。容疑者は運送業に勤めていましたが、先月の大量降鱗により運送に遅れが発生、契約会社との間に違約金が発生したことが、犯行の動機と思われます。その際に容疑者は退職に追い込まれ――』
――ゴトッ
ソファでいつも通り寛いでいた巡はニュースを聞くなり、手にしていたカップを乱暴にテーブルへ置いた。
研究室のテレビに映ったのは、先日起きた事件のニュース。私はそれを遮る様に電源を落とした。だが、一足遅かった。
私は今朝早くにそのニュースを聞いていたので、巡の耳には入らないようにと気を遣っていたつもりだったのだが……迂闊にテレビをつけたのが間違いだった。
「あの犯人……俺のせいで……仕事、なくしちゃったのかな」
……ああ、やはりそう思うのか。
心優しいこいつのことだ、あんな話を聞いたら気を病むのは分かっていたのに。それを防げなかった自分に腹が立ってくる。
「俺があの日、純浦さんに変なこと言って……引かれちゃったから、きっとあんなにうろこが降ってきたんだよな」
「……正直な話、それについての因果関係は不明、としか言えん」
私は正直にそう告げる。だが巡は納得しない様子だ。
「……きっと、分かってるんだよ、守護龍は」
「何を?」
「純浦さんと俺の……心の距離、みたいなの。だから秋田の時も、ああやって赤くなったし……俺が彼女に変なヤツって思われてた時はあんなにうろこを落としたんだ」
「……いや、それはお前の勝手な憶測だ。関連性は今のところ実証できていない」
「でも……!」
巡は私の方を見て、今にも泣きそうな表情をした。
……またか、こいつはいつもそうだ。昔から優しくて、優しすぎて、いらないものまで背負い込んで……自分を追い詰める。なんで、もっと、自分を大切にできないんだろう。
――バンッ!
私にはそれが、やけに腹立たしくて、ムカついて……つい、デスクを叩いてしまった。
「お前が優しいのは百も承知だがな、そうやって万人の不幸を背負おうとするのはやめてもらおうか。なんだ、悲劇のヒロイン気取りか?それともそうして自分を責めれば少しは楽になるのか?」
「っ!そんなつもりはっ……!」
「ない、と言い切れるのか」
「……言い、切れない。でも、じゃあどうしたらいいんだよ……?!」
巡は力なく俯き、頭を抱えてしまった。私はそんなヤツに近づいて、その肩に手を添える。
「あのな、お前は抱え込みすぎなんだよ。だからひとりで100年もループする羽目になるんだ。ちょっとは周りを見ろ、そして誰かに助けを求めたっていい、責任転嫁したっていいんだ。大量降鱗のことだって、あんな場所で練習させた依留のせいだぞって、言ってみろ。気が楽になるぞ?」
「……依留ちゃんの、せいじゃないもん」
「じゃあ、あのタイミングで入室した純浦さんのせいか?」
「それも違うっ!」
「……私はお前のせいでもないと思っているよ。最初から言ってるだろ、降鱗とお前に関連性は何もないと。あれは守護龍の起こす現象だ。誰にもその責任はない」
「……」
まだ納得のいかない様子の巡に、私はため息をつく。そして肩に置いた手をそっと持ち上げ、思い切り振り下ろしてやる。
――バシッ
「いてっ……」
さほども痛くないであろうに、巡は反射的に声を上げた。
「どうしてもお前のせいだと言うなら、証拠を持ってこい、証拠を!そしたらお前を降鱗被害者たちに突き出してやるから!」
「いや、証拠って……そんな無茶な」
「ほらできないんだろうが!……ならこの話はしまいだ!降鱗も赤く染まるのも守護龍の自然現象、誰にも責任は無し、はいこれで決着!」
そう言い切って、私は椅子にどかりと腰を下ろした。そして鼻息荒くパソコンを立ち上げ、本の執筆を始めた。この際だ、学会で発表できなかった分もこの執筆作業にぶつけてやる!
そんな風にしてがちゃがちゃとキーボードを叩いていれば、ようやく巡は顔を上げた。
「……嘘発見器に俺をくくりつけてさ、守護龍のつがいのこととか語ったら、それが本当のことだって証拠になる?」
「間違いなく妄想と現実の区別がつかない危険人物というレッテルを張られて終わりだ、やめとけ」
「……そっかあ……だめかあ……」
気の抜けた様子でソファに沈み込みながら、巡は少しだけ笑みを浮かべた。
「こんな証拠のない話なのに、依留は信じてくれているんだよな」
「まあな」
「ん……ありがとな、依留」
その言葉に、私はつい手を止めてしまう。
「……なにがだ」
「ん~~……いろいろと?」
「……そうか」
私は再びキーボードを打ち始める。今度は静かに、優しい力で触れていく。
カタカタというキーボードの音が、静かな研究室に響き渡る。私と巡は、そうやっていつも通りの空気へと戻っていった。
特に会話もない。その空気は穏やかで、なんの特徴もない。だが、これが私たちの距離。これが良いのだ。
……そうして10分程が経過したとき、巡がふと思い出したように声を上げた。
「あ、そういやこないだの旅行の写真、現像したからあげる……ほい」
そう言って私のデスクの上に、厳選されたであろう20枚ばかりの写真が広げられた。私はキーボードを横に寄せ、その写真を眺める。
「ふうん、いいじゃないか。この花畑の写真なんてパソコンの壁紙にしてもよさそうだ」
「お褒めにあずかり光栄~」
両手をピースの形にし、ちょきちょきと指をハサミのように動かす巡。どうやらもう大丈夫のようだな。私は安心して写真を捲り始める。
――コンコン
「はーい、どうぞ」
ノックの音に反応し、私は気の抜けた返事をした。ガチャリとドアを開けて入ってきたのは、純浦さんだ。
「あっ……お疲れ様です、お2人とも」
軽く会釈をし、彼女は手にしていた小さな荷物を差し出した。A4サイズの封筒、膨らんでいるところを見るとどうやら郵便物のようだ。
「共有ボックスに預けられていたそうなんですが、保坂准教授宛てらしいです。どうぞ」
「お、ありがとう。後で確認するよ。……そうだ、純浦さん。これ、先日の旅行写真ができたんだって」
私はそうして純浦さんに写真を差し出した。
「あ、この間の。データでは貰いましたけど、やっぱり写真にすると雰囲気違いますね」
「そうだよね。写真の光沢がいいのかな?飾っておきたくなる」
「ええ、本当に。……龍崎さん、お写真上手ですね。何かに掲載したりとか、そういう活動はされてないんですか?」
純浦さんからの質問に、巡は身を固くする。だが何とか口を開き、自力で会話を始めた。
「アッ、ソノ……ネットのニュースとか、雑誌にたまに掲載されてマス!」
「へえ、そうなんですね。なんていう雑誌ですか?」
「エット……直近のは、確か……『月刊龍の噂』っていうのに、写真が使われまシタ!」
「ああ、それなら私、今持ってます!ちょっと取ってきますね」
純浦さんはぱたぱたと速足で退室し、おそらくはロッカーへと向かった。私は巡に生暖かい視線を向けてやる。
「よかったな、会話になってるぞ」
「ウッス……!日進月歩……!」
「そうだな、だがいいペースだぞ。その調子だ」
「お褒めにあずかり……!」
そんな下らない会話をしていれば、雑誌を手にした純浦さんが戻ってきた。
「ちょうど今月号買ったばかりなんです。どのページですか?」
雑誌をパラパラと捲りながら、彼女は巡に話しかける。巡はあたふたとしながらも、何とかページを示すことができた。
「ア、コノ……観光地の写真です。このページ全部です」
「えっ、見開きいっぱい!すごいじゃないですか!」
「イ、イヤソノ……たまたま、デス」
私も写真が気になり、その雑誌を覗き込んでみた。写真は大きく見開きに使われており、これからの時期に咲く花が美しく映っていた。
「へえ、アジサイに寺、池……こういう雰囲気になるのか」
「しっとりとした魅力が伝わってきますね。アジサイも本当にきれいです」
そのページの端にも何枚かの写真が載っており、どれも梅雨の時期の魅力が存分に出ている。
だがその写真を見た時、純浦さんは首を傾げた。
「あれ、この傘とカエルの写真……どこかで見たような」
「え?巡の写真を?」
その言葉に巡も首を傾げる。
「エッ……この雑誌にしか、まだ使ってないハズですよ?」
「そうなんですか?でも……ちょっと待ってくださいね」
純浦さんは白衣のポケットからスマホを取り出し、何かを調べ始めた。そうして2、3分程待っていると、彼女はひとつのまとめサイトを見せてきた。
「このまとめサイト、写真を素材にしたハンドメイドの雑貨をまとめているんです。その雑貨の中に……あ、あった、このカード、見てください!」
スマホの画面を覗いてみると、そこにはカード型に加工された写真が複数枚示されている。その中には、雑誌に載っていた巡の写真も含まれていた。
「えっ?なんで俺の写真が?」
「え、こういうハンドメイドって普通、自分で撮った写真とかそれ用の素材を使うよね?これって著作権違反なんじゃ……」
私の疑問に答えるように、純浦さんが口を開いた。
「このカードの販売先を確認してみたんですけど……この人、過去にも著作権違反をしているらしいです。もしかして龍崎さん、他にも写真が使われてるんじゃないですか?」
純浦さんの言う販売先を、巡もスマホで確認してみる。私も一緒に眺めてみるが……驚くことに、他にも複数の写真が使用されているようだった。
「俺が過去にネットに上げた写真も、何枚か使われてる」
使われた巡の風景写真は、どれも美しい映りのものばかり。そりゃあ素材映えするだろうが、勝手に使うなど……なんて品のない行為だろうか。
私が内心でそう思っていると、純浦さんもこの現状に怒りを覚えたらしく……スマホを素早く操作し始めた。
「許せません……こんなの……!」
「純浦さん?どうしたの?」
私が声をかけると操作をし終わったのであろう彼女が顔を上げ、スマホ画面を見せてきた。
「このサイトを管理している運営会社に通報しました!このサイトは著作権違反のものを売っている、悪質なものですって!」
「えっ、この一瞬で通報したの?!行動はやっ!」
「当然です!人の物を勝手に自分の物のように扱って……こんなの、酷すぎます!少なくとも龍崎さんの分だけでも取り下げさせないと!」
珍しく怒りを顕わにする純浦さん。新しい眼鏡の奥の瞳は、とても熱がこもっている。
「せっかくいい写真を撮ったのに、こんな扱いされたら龍崎さんが不憫です。もっと怒っていいんですよ、龍崎さん!」
「エッ、アッ、ハイ!怒ります!」
「そうです、怒ってください!自分の作品を勝手に使うなって、言ってやってください!」
「ア、イヤそこまでは……」
なんだか純浦さんの勢いに押されて、巡はタジタジの様子だ。普段バカやってるこいつが押されているのを見るのは、なんだか面白いな。
「ふふっ……どれ、私も通報しておくとしよう。管理会社は……なるほど、ここか」
私もスマホを操作し、手早く運営へのメールを作成する。しっかりと龍崎巡というライターの写真を使用していることを明記し、送信は完了だ。
「……よし、少なくともこれで2通、このサイトを悪質だと報告したわけだ。近々運営も何かしらのアクションをしてくれるだろう」
「保坂准教授も通報してくださったんですね、ありがとうございます!」
「いやいや、こちらこそ……こういうの、助かるよ。ありがとう」
私は感慨深くそうお礼を言った。純浦さんにはいまいち伝わっていないだろうが、それでいい。こいつを心配するのは私だけじゃないって、巡自身に伝わればそれでいいんだ。
(まあ、憧れの純浦さんが自分の為に怒ってくれたんだ。嫌でも伝わるだろうさ)
私はスマホをデスクに置き、今日の空を窓から覗いた。
――そこでは銀色の守護龍が……心地よさそうに、ゆったりと身体を揺らしていた。
――そして数日後。
「龍崎さん、保坂准教授!あのサイトは削除されたみたいです!これでもう勝手に販売はされませんよ!」
少し興奮した様子でそう伝える純浦さんは、ちょっとだけ頬が赤くて……どこかあどけなく見えたのだった。




