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第十二話 ユルシュルの探り・後編

 ハンネローレが、ユラン伯に対するとんでもない発言をした日から三日が経った。


 ユルシュルはユラン伯との会話を望むハンネローレに苦慮しながら、食堂でエルヴィーラを観察していた。


 特段、エルヴィーラに変わった言動はなく、忠実に皇帝に仕えているらしいことは、ハンネローレなどの同僚侍女からの会話からわかった。

 ユルシュルはエルヴィーラがケルンテン公ニコラウスやシューレンブルク公夫人グラティアに接触する日が来るのではないか、と観察をしていたが、そのような動きはなかった。


 そもそも、エルヴィーラとケルンテン公側に接点はなかった。

 ラーシャウ候家はケルンテン公側に与しているわけではない。


 ――背景が見えづらい。


 ユルシュルはそう思いながら、スープを飲んだ。


「あの、ユルシュル様、ユラン伯閣下とは……」


 ハンネローレがユルシュルにおずおずと話しかけた。

 その様子を見ていたエルヴィーラの眉は困ったように垂れ下がる。


「ハンネローレ嬢、兄とは最近会話できておりませんし、お願いは叶えられません」


 そう言って、ユルシュルは立ち上がり、食器を片付けた。


 ユルシュルが使用済みの食器の置き場まで並んで待っていると、赤毛をタンプレットから覗かせた、そばかすが目立つ碧眼の淑女がユルシュルに声を掛けて来た。

 小柄のその淑女は、ユルシュルを見上げた。


「貴女は……?」


 ユルシュルがその淑女に訊くと、彼女はドレスの端を摘み、淑女の礼を取った。

 ユルシュルは慌てて、礼は不要だと言った。


「そういうわけにはいきません、私は一介の侍女、貴女様は王家の血を引く方でございます」


 淑女は丁寧に言った。年の頃は二十歳くらいと、ユルシュルと同じ年頃と思われるが、年齢以上に落ち着いた娘であった。


「――私も侍女ですよ?」


 ユルシュルは肩をすくめた。


「侍女にも身分差がございましょう。私はコリンナ・フォン・ミッタージルと申します。陛下の執務室付きの侍女でございます。ユルシュル様、ご無礼を承知でお声がけさせていただきましたのは、エルヴィーラ・フォン・ラーシャウのことでございます」

「エルヴィーラ嬢が何か?」


 ユルシュルは小首を傾げた。

エルヴィーラについて知りたいことは多いが、こうもあからさまに提示されると、素直に聞きたいとは言えなくなる。


「ユルシュル様はエルヴィーラ嬢を探っているはずです。何故なら、ポーリーヌ嬢が亡くなった時、近くにいたのはエルヴィーラ嬢だからです」

「――コリンナ嬢、その話はまた後でしましょうか」


 ユルシュルはそう言うと、食器を棚に置いた。

 その日の夕方、ユルシュルはコリンナと皇宮の中庭で落ち合った。

 朽葉のような色合いのローブを来た素朴な女が、ユルシュルの姿を確認すると、足早に近づいてきた。


「――お待たせいたしました。ユルシュル様」

「そんなに待っておりませんわ。コリンナ嬢」


 ユルシュルはそう言って、コリンナの様子を窺った。

 昼間の時のように、コリンナは落ち着いており、年頃の少女らしさは鳴りを潜めていた。


「ユルシュル様、実はポーリーヌ嬢が亡くなった瞬間を見た者がおります」

「その者はどちらに?」

「それが……その者は口を噤んでしまいました。話を聞いた翌日のことでございます」


 口封じに殺されてしまったのか、とユルシュルは思った。

コリンナの“その者”という言い方から察せられるのは、“その者”の身分の頼りなさであった。


「その者はエルヴィーラ嬢がエールをポーリーヌ嬢に渡し、それを飲んだポーリーヌ嬢が吐血した、と証言しておりました。これは皇帝付き使用人の一部しか聞いていない事実でございます」

「その事実を知るのはコリンナ嬢とどなたです?」

「私とベルク公、皇宮騎士団の中でも陛下に重用されている方しか知らないでしょう」

「……そうですか。そのような貴重なお話をいただきありがとうございます。コリンナ嬢はどうして私にお話しされようと思ったのですか?」


 ユルシュルは黒い瞳をコリンナの青い瞳に向けた。


「――真実は明かされるべきです。ユルシュル様」


 コリンナの言葉は揺るぎなかった。

 ユルシュルは改めて、礼を言い、コリンナを見送った。


 ユルシュルも中庭を抜けて、与えられている自分の部屋へ戻った。――そのように見せかけた。

 ユルシュルはコリンナを着けた。

 ユルシュルにはコリンナの言葉を信じてよいか、わからなかったのだ。


 ――真実は明かされるべきです。


 この言葉は揺るぎなかった。だが、真実に見えるが、何かを隠しているかもしれない。


 それに、簡単に主君を裏切っているようにも見える。


 コリンナは回廊をゆっくり歩いていた。ユルシュルに着けられていることに気付いていないようだった。

 コリンナは歩みを止めない。このまま歩いて行っても、皇帝の部屋近くには行かないというのに。


 ――コリンナ嬢の言う通りならば、ベルク公……つまり、皇帝側がポーリーヌの死の全容を隠している。


 だが、皇帝側にポーリーヌの死に関して利があるだろうか。

 コリンナは左右をきょろきょろと見渡し、足早に回廊を抜けていった。

 真っ直ぐ進めば、薔薇の宮殿に辿り着く。


 ――皇帝付き侍女が薔薇の宮殿と繋がりが?


 ユルシュルはコリンナを追いかけた。

 コリンナは薔薇の宮殿の中へ入り込み、ある部屋へ入室した。


 その部屋の扉の意匠を見るに、宮殿の主の部屋であろうことはユルシュルには簡単にできた。

 ユルシュルは扉の前まで行く。扉に向けて耳を傾けた。


「……ユルシュル嬢にポーリーヌ嬢が亡くなった日のことを話しました。これで、よろしいでしょうか?」


 コリンナの張りのない声が聴こえた。


「――コリンナ、ご苦労様。それでいいわ」


 低く、色気のある声が聴こえた。何度か聞いたことがあるシューレンブルク公夫人グラティアの声だった。


「それだけでよろしいのでしょうか?」

「いいのよ、その先は殿下自身に調べて分かってもらうわ」


 ユルシュルは耳を扉から離した。ユルシュルの心臓は大きく音を立てていた。

 ユルシュルは薔薇の宮殿から急いで去った。


 ユルシュルは兄の美しい顔を思い浮かべていた。ユルシュルには受け止めきれないものに手を伸ばしたように思えてならなかった。


 ――この件は私では手に負えない。


 ユルシュルは早く、兄に報告しなければと思った。

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