第十話 ベルンハルトとの茶会
宰相クロイ公更迭の報は皇宮中を揺るがした。
それは皇女の権力が父の臣下を解任できるほどにある、ということを示していたためだった。
四年前まで、命の保証すらないほど冷遇され、母を喪い、逃げるようにブルグントを去ったというのに、帰国するやいなや、瞬く間に権威を勝ち取ったのだった。
皇宮中が大騒ぎだというのに、摂政皇女ユーリアは幼馴染であるラーヴェンスベルク伯ベルンハルト・フォン・ベルクとリンデンティーを静かに部屋で飲んでいた。
「――このリンデンバウムのお茶は皇宮の中庭に自生しているものを使用しているそうです。中々良い出来でしょう?」
ユーリアはそう言って、リンデンティーの甘い香りを堪能していた。
ベルンハルトもリンデンティーを口にしたが、他のリンデンティーとの違いが分からなかった。そもそも、彼が口にするのはエールやワインばかりだった。
「――ユッタ・フォン・ビンゲン修道女の手腕ですか?」
ベルンハルトはブリュンヒルド・フォン・シュターデ修道女の後任の薔薇の庭園管理者の名前を挙げた。
ベルンハルトが漏れ聞くところによると、ユッタ・フォン・ビンゲンは優秀で、よく薔薇の庭園を世話しているという。また、皇宮に自生している植物を利用して茶や薬にもしているらしい。
「ユッタ様はよくやってくださっている。私も助かることは多い」
「例えば、お茶とかですか?」
「そうね。特にお茶は助かっているわ」
ユーリアは、ふふふ、と笑った。
呑気なものだ、とベルンハルトは思った。
今、皇宮中はユーリアの差配で大騒ぎになっているというのに。
シューレンブルク公夫人グラティアは兄の更迭を皇帝に取り下げてもらえるように頼んだと聞いているが、皇帝は会おうとしていないらしい。
「ベルンハルト、今日呼んだのは、共にリンデンティーを楽しみたいわけでも、昔話をしたいわけでもない。ポーリーヌ・ド・ヴィッテルの死について、何か掴んではいないか、と思ったためです」
リンデンティーの甘やかな香りを割るように、ユーリアの美しく、冷徹な声が響く。
ユーリアの紫色の瞳が、ベルンハルトの青い瞳を捕らえた。
その比類なき瞳は全てを見透かすかのように、鋭利に輝いていた。少なくとも、ベルンハルトには、そう見えた。
「――その話ですか。わたしの立場では詳しい調べはできていませんが、ポーリーヌ嬢は亡くなった時、吐血していました。それは病ではなく、毒によるようなものに見えました」
「ポーリーヌは健康だったかと思います」
「そうでしょうね。様子も毒のように思えましたが、病死として処理されました」
「……一体、何の力が動いているのでしょうね」
「父に詳しい死因を探らないのか、と尋ねましたが、良い返事はもらえませんでした」
ベルンハルトはそう言うと、リンデンティーの入った焼き物のマグカップを手にした。リンデンティーの甘い香りを嗅いで、心を落ち着かせようとした。
ベルンハルトは父であるベルク公との仲はしっくりいっていない。会えば嫌味を言いあう仲だ。それでも堪えて頼みごとをしたというのに、父親は快い返事をしない。さもありなん、と言えばそれまでだが、ベルンハルトは悔しかった。
「ベルンハルト、ポーリーヌが亡くなった時、誰が近くにいましたか?」
「皇帝陛下付き侍女のエルヴィーラ・フォン・ラーシャウです。ラーシャウ候の息女です」
「……彼女から話は?」
「話は聞きましたが、“突然、ポーリーヌ嬢が倒れた”としか答えませんでしたね。怪しいですが」
ベルンハルトは尋問にもよどみなく答えたエルヴィーラ・フォン・ラーシャウの姿を思い出していた。
タンプレットから覗く銀髪に、青い瞳は父親のラーシャウ候に似ていた。落ち着いて答えていたエルヴィーラは皇帝の信頼が篤いらしい父親に、外見だけではなく、内面も似ているのかもしれない。
「……エルヴィーラ・フォン・ラーシャウから話を聞きたいですね。ポーリーヌの最期を知る者として」
ユーリアの紫色の瞳には、固い決意のようなものが映っていた。そのようにベルンハルトには見えた。
「ですが、彼女は陛下の信頼が篤いラーシャウ候の娘。……ただ、貴女様にはもう恐れるものはないかもしれませんが」
「――そうね、ポーリーヌの仇くらいならば取れる」
そう言って、ユーリアはリンデンティーを飲んだ。
リンデンバウムの甘やかな香りが、ユーリアの執務室を包んだ。
ベルンハルトはユーリアの言葉を聞いて、納得するものあると思った。だが、それに反して、ベルンハルトはずっと言えずにいた言葉があった。
――何故、危険だと承知の上で、ポーリーヌ・ド・ヴィッテルを皇宮に残したのですか?
ベルンハルトには、幼馴染の美しい女の内面が変容しているように思えてならなかった。




