effecter.0072
サクラがリアシュルテを通り越し、足を止める。
と同時に、リアシュルテの周りを半球状の結界が覆う。
見慣れた琥珀色をしている。
と、サクラの右手にあった刀が、ガラスの割れる時のようなエフェクトを散らして消え去る。
代わりにその手にはいつのまにか青い魔方陣が浮かんでおり、それは前よりも一際強く輝いている。
リアシュルテは結界のなかで愕然と、その両膝を地面に落とした。
サクラの刀同様、その右手の槍が消える。
リアシュルテは絶望し、静かになった。
かと思えばいきなり髪を掻きむしり出し、かと思えば叫びだし、その腕で地面を何度も叩きつける。
「うわあああああああ!!!」
次には結界にすがり付き、両手で琥珀を歪めようと殴る。殴る。
「ああああああああああああああああああッ!!!」
ただそれらが繰り返される、悲痛。
その顔には怒りが、その声にも怒りが。その顔には焦りが。その声にも焦りが。
そして少しの涙が浮かんでいた。
そんなリアシュルテの行動を、サクラはまるで醜悪な物でも見るかのような冷酷な目で睨む。
リアシュルテはそんな彼女の目を見、一際激しく叫び、そして暴れる。
「あああああああああああああああああああッッッッ!!!」
頬のあたりを強く強く引っ掻き、肉を見せる。
その白く美かった肌を血で赤く染めていく。
そこまで来て。
サクラが限界だとでも言うかのように、魔方陣の宿った左腕を勢い良く掲げた。
途端、結界の上部から黒が流れ落ちてくる。
琥珀色が黒く染まっていく。
しかし完全な黒ではなく、結界の半透明は残ったままである。
結界が薄暗く包まれる。
リアシュルテは動きを止め、結界を見上げた。
そして、サクラの囁くような詠唱。
「懐古」
左手を、何かを握り潰すかのように強く握りしめた。
結界の上部から、幾つもの何かが長く生えてくる。
それらはだんだんと形を成していき。
先刻の黒龍へと姿を変えた。
そしてサクラが、先のリアシュルテと同じように。
「食らえ!!」
強く荒く唱えた。
それを合図に、龍たちがリアシュルテへとあぎとを開き食らいついていく。
「ぎゃああああああああああああ!!!」
リアシュルテが叫ぶ。
結界の表面が、内側から液体で覆われていく。
黒の上からでも、その赤さは感じ取れた。
俺は耐えきれず、顔をそらす。
見ればサクラも、ほんの少し。
その目を上へと向けていた。
ドシュッ。
「あああああああああ!!」
飛沫が上がり、結界が血を受け止める。
ザシュッ。
「ああああっ!!」
飛沫が飛び散り、結界を汚す。
ただただ、これの繰返し。
とても見ていられない。
ドシュッ
ザシュッ
「あああああああ!!」
ドシュッ。
ザシュッ
「ああああああ!!」
「うっ……!」
俺は吐き気をおぼえ、屈み込んでそれを出した。
「えほっ、げほっ……がはっ……」
サクラは俺の様子を、今にも泣きそうな目で見ている。
そして俺がやっと落ち着いたころ。
サクラはそっと口を開いた。
「こ……この、結界は……お前に使った桜下残雪とは少し違って……え、映水と言うものなのじゃ。自分の身を……守るためではなく、相手を捕捉するために特化した、け……結界なんじゃ。」
必死に説明で耐えようとするサクラ。
震える声からは、哀しみが伝わる。
おかしいな。
ドシュッ
「ああああ!!」
「そし、て……今使った、か……か、懐古というのはじゃな……自分に向けられた技を、結界の中で再現できるという技なのじゃ。」
ザシュッ
「い……痛い……!い……あ……!」
リアシュルテの叫びが、訴えに変わる。
サクラは更に顔を歪ませ、必死に声を聞くまいとしている。
俺はサクラに問う。
「な、なあ……大丈夫か……?」
「だ、大丈夫じゃ。我のことなど心配せずとも。こ……これくらいは平気じゃよ。」
絶対に平気じゃないのは分かってる。
本当は辛いというのくらい、知っている。
けど、これはサクラが決めたこと。
俺には止められない。
ザシュッ
ドシュッ。
「い……嫌だ……痛い……!痛い!い、いたい、」
俺だって痛い!
と、サクラが。
苦し紛れに話を始める。
「か……神というのはな。戦闘においても、つ……司るものが……決まっておるのじゃよ。我は、薄々分かると思うが、け……結界を司るのじゃ。」
俺の知識量が増える。
けれど、頭に入って来るかと言われればそうではない。
この状況下であるから。
ザシュッ
「や……やめて……お願い……!嫌だ……!痛い!」
「結界には、しゅ……種類、があってじゃな、この桜下残雪以外にも……そとから見えなくなるやつ、とか、水の中にいけるやつとか……それから……」
グシャッ
何かが潰れる。
「ぎゃあああああああああああああああああああ!!!」
おそるおそる、リアシュルテを見た。
結界があって上手く見えないが、目の辺りを押さえているのが分かる。
目が潰されたようだ。
想像したくない。
急に目が締め付けられる感覚に襲われる。
サクラをみる。
わざと何が起こったのか見ないように、視線を明後日の方向に向けている。
俺は目をリアシュルテから離した。
サクラは、まだ続けようとしている。
「それから……そ、それ、から、そ……れから……」
ああ……
もう、いいよ。
「もう、いいよ。もう……いいんだよ。もう……」
気づけばそんなことを言っていた。
気づけば泣いていた。
もう、いいよ。
それだけを繰り返して。
サクラが、息を詰まらせる。
そして、深呼吸をする。
一度、二度。
そして、言った。
「それから……わ……我は……結界しか使えないから……こんな……酷いことでしか……攻撃できないんじゃ……」
そして。
サクラの目が、水滴で輝く。
それはゆっくりと頬を伝い、地面に落ちる。
サクラが、泣いた。
「いいんだよ……サクラは悪くない。悪くないよ。俺が、終わらせるから。待ってて。」
サクラは頷きはせずとも、反対もしなかった。
ただ、静かに涙を堪えようとしていた。