二年前のその日・2
僕は、僕は、僕は!
僕は何をやった!?何で、どうして、何で!!!
恨みなんてない、怒りなんてない、妬みなんてない、そんなものは抱くはずない!
なのに、なのになのになのになのになのになのに!!
どうして僕の手は前にある!?どうして崖に立っている!?
どうして、彼女を落としたんだ!!!!
見たくない、もう一度足りとも下は、この下だけは向きたくない。
恐怖そのものが、僕の肩を撫でてきた。
「……ひっ……!!」
その瞬間、僕は崖に背を向けて走り出していた。
もと来た道を引き返し、草むらを掻き分けて必死に走る。
何かから逃げるように走る、それが逃げられないものだと分かっていてもだ。
恐怖から逃げるのだ。
恐怖を起因とした恐怖からの逃走、その逃げる最中僕の感情は、恐怖が支配している。どれだけあの場から戻ろうと、恐怖がゼロ距離でそこにいる限り終わらないのだ。だから、永遠にこの逃走は終わらない。
それでも、足は止めない。
メルナと通った道を戻る。鼻唄を歌っていた道を走り抜ける、ねこじゃらしっぽいなにかを拾った茂みを走る。
引っ張られてあるいた道を戻る。
道を戻るたびに記憶が鮮明に甦り、何かを僕に訴えるように再生される。
るんるんと無邪気なメルナに、ほれほれと楽しむメルナ、やれやれと呆れたメルナ。全部が全部、笑っているのだ。
なのに、今メルナはどうか?笑っているか?
いいや、そんなはずがない。
あのまま崖から見下ろしていれば、きっと変な方向に曲がった両足が遠目に見えるだろう。
大量に血を流し、原型のない両腕がある。
花の棺桶に包まれて上を向いた腹部と顔があるはずだ。
その顔は、
見るに耐えない、口にしたくない、もう見たくない、思い出したくない、知りうる限り最悪の状態だった。
首は折れてるだろうし眼球は飛び出ただろうし、もともとあんなに可愛かったその顔が、きっと今は滅茶苦茶だ。
たった一度、ぽんと両手を動かすだけでここまでの状況を作れる。それが殺意だと実感し、僕は立ち止まり、その場に吐いてしまった。
して吐きながらも、罪を犯したその両手を見る。
汗こそ滲んでいるものの、いたって普通の手だ。しかし、それはもう今までの手ではない。犯罪者の手だ。
罪の手にして、穢れた手。それが僕の手にして、僕自身なのだ。
「……嫌だ」
そんなの、嫌に決まっている。
罪なんてそんなものは認められない。
僕がメルナを殺すわけがないのだから、それは僕がやったことじゃない。
だけど、だけど、その手は黒いまま、汚いままだ。
僕が殺した、それはまぎれもない証拠だ。
変わることのない、一生引き摺っていく鎖が巻き付いているのだ。
「……嫌」
嫌だ、そんなのは認めない。
嫌だ、嫌だ、嫌だ。
「……ああああああああああ!!!!」
涙をまるでパンくずのように残しながら、僕は走り続けた。
それから道中誰に会ったか、何をいったかわからない。
もうそこからは記憶にない。ただ、家族が過ごした家に1人帰り、ベッドに倒れてそこから3日寝たのは覚えている。
なんの夢も見ないまっくろな眠りが3日続いて、そこからの記憶はひたすら同じ。
ご飯を食べて、うずくまって、ご飯を食べて、寝て、ご飯を食べる。
それが2年続いた。
ずっと考えていたことがある。言い訳だ。
なんと言えば、信憑性があるだろうか?なんと言えば、僕に罪がないことを主張出来るだろうか?
あの言い様のない殺人衝動は、どう言えば良いのだろう。そもそも、そこまで言う必要はあるのだろうか。
3ヶ月そのまま考え続けた。
そして、3ヶ月と四日後、この考えに至る。
そうだ、嘘をつけば丸く収まる。
言い訳は2年の空白を少しだけ塗っている。
それを誰かに言う、それだけが生きている理由にすぎなかった。
その出来上がった言い訳こそ、キョウヤさんたちに話したものの通りだ。
あれだけ、たった数十秒数百文字を、2年かけて編み出した。
だから全てが崩れたその音は、とてつもなく大きかった。
彼女が微笑むその裏で、その音が鳴ったのだから。




