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最期

「この……女ああああああ!!」

目を充血させ、すっかり冷静さを欠いた狂戦士が無謀にも突撃を図って詰めてくる。

「黙れ……あと走るな。下民の唾が飛ぶしお前の叫び声は嫌いだ」

そう吐き捨てて、私はその騎士が振り下ろした剣を小指で受け止め、困惑する騎士の腹に一発食らわせた。

騎士が体を宙に浮かせて吹っ飛び、五メートルの夜間非行を楽しんだ。その口から血を少し吐き出している。

「まさか……我の剣を、小指で受けただと……!?」

地面に刀を杖代わりで立て、無理矢理立ち上がりながら困惑を見せる騎士。しかし勿論、返答する気はさらさらない。

「まさか、こんな序盤からイデリオギルに頼ることになるとは……」

そう言って剣を引き抜き、私にその剣先を向けてくる。

「Bigriff……Veränderung……」

始まる詠唱を耳にしながらも、私は動く気などない。

アレは『聖音字』と呼ばれる、キョウヤ達の世界だと『ドイツ語』に分類される言語だ。主に神信仰の際に使われるが、稀にこのように魔術で使用されることがある。

それに我が主は、このスキルであの状態へと至っている。脳裏を駆け回る先の主の惨状。許すはずがない。殺す、いや死ぬまで痛め付けて気が済むまで遊んでやる。

そう明後日の方向へと物思いに耽っている私を、騎士の剣は捉えていた。

「Aufschlitzen!!」

白虎のように光輝いた剣が振られ、その軌道の先には私が据えられていた。

聖音字が示す通り、概念化して攻撃を強制的に喰らわせる……悪くはないが、だからなんだという程度だ。


二秒経過し、何も変化はない。

「な……何故……何故食らわない、何故倒れない!?」

ようやく焦り出す騎士だが、最早手遅れだ。

神には、概念化した攻撃だろうが剣だろうが、無関係に通用しないことを、

「攻撃を概念にしたからと言って、無敵じゃないことくらい覚えておけ」

刹那、騎士の頭を強烈に蹴りで襲う。

「ふぐぅっ!?」

衝撃が地面を穿ち、余計にその頭が地面に食い込む。

休むことなく、もう一発頭を蹴落とす。

「ごはぁっ!?」

頭から血を流し、こちらを殺意満天怨みたーっぷりの眼差しで睨む騎士。但し睨むだけであって、何も出来はしない。

もう一発、もう一発と、私に蹴られるだけだ。



飽きるほど頭を蹴った。主が味わった苦痛と同じくらい、痛みを与えることは出来ただろうか。

もうその目から睨まれることはない。そして、口から神を称える声も聞こえなくなった。

目からは光がとうに消え失せ、口は半開きのまま血で染まったまま。

心臓の鼓動は、辛うじて繋がっているに過ぎない。

もう、放っておいても死ぬだろう。

彼の使っていた剣は回収済。アレは恐らく神器の1つだと思われる上、キョウヤにそぐう力を宿している。

こいつにやるべきことはやった。なら、あとは殺るだけだ。

今になってようやく、右拳に怒りを宿す。怒りを使わずして私に負けるような者、何故キョウヤに勝てたのだろう。それだけはまだ引っ掛かっている。

「おい、下民。話せるな」

「なんだ……貴様……同情のつもりか……」

「何故貴様に同情しなければならないんだ?違う。最後に聞きたいことがある」

相変わらず目は死んだままだが、口は最期まで聞けるようだ。

「何故、お前はキョウヤに勝てた?」

そう問えば騎士はフンと鼻で笑い、それから感傷に浸るように目を閉じながら、答えを言い出した。

「我には……願いがあった。ついぞ人生を賭してさえ、叶えることの出来なかった願いがな……」

そこで、伏せられていた目が開く。その目には、光が戻っており、前より一層輝いている。

「単純な話だ……この剣を、あるべき場所へと返す。それが我の成し得なかった願いだ」

こちらに向けられる、何もかもを受け入れたような目。二度目もまた成し得なかったという落胆が、少しだけ滲んでいるように見えた。

「神の器。この器を、所有者である神へと返還する。戦争に勝ち、世界が凪げば成し得られると思っていたことだ。しかし我の力及ばず、神器を持ってしていたというのに、我は……命を落とした」

すらすらと、さっきまで頭蹴落とされてたやつによくこんな喋れるなあってほどあっさりと語る騎士。

「あの後神器がどうなったのかは知らぬ。誰の手に至ったかなど興味はない。だが、この無念だけはずっと抱き続けた。だからこそ、我はこの地に霊として囚われていたのだろうな」

まるで未練のようで未練でない何かが、この者をこの地に留めていた。自分のためでない願いなど、聞いたことすらなかったくらいだ。

「女。お前は神を信じるか?まあ、神を騙るやつに聞いたところで、か」

「いや、神は実在する。今、ここにこうしてお前の隣にいるのだから」

言葉を聞き、やはり騎士は鼻で笑う。

「創造と怒り、そして記憶の女神リアシュルテ。それが私だ。ゼアネラ最後の騎士王、ヨルオル・ローア=ディルギリス」

「何故、その名を……お前、本当に神なのか?」

途端に目が丸くなるヨルオル。今私が記憶を見たことさえ気がつかぬほど、高揚しているらしい。

「そうだ。それに証明なら幾らでも可能だ。なにせ私は、お前の記憶が読めるからな……」

「いや、信じる。神。そうか……我は神と剣を交えられたのか。ならば、本望だな……」

そう言ってまた目を閉じるヨルオル。限界が近づいているのかもしれない。早く済まさねば。

「それで、ヨルオル。神として、貴様に言っておかなければいけないことがある」

「なんだ……」

「お前をこの世界に具現化させたのは、神ではない。ということだ」

「何……?」

「貴様を具現化させたのは、貴様と同じ霊。今はそれしか言えない」

このことに関しては、今はまだ誰にも話せない。例え死ぬものであっても、言えない。

黙りこくっていると、ヨルオルは心中を察したのか言った。

「ああ、そうか。それでもいい。我がここに戻れたのは同じだ……」

「そうか。で、時にヨルオル。もうひとつ、言っておくことがある」

「ほう」

「このイデリオギルについてだ。これが、まぎれもない本物だったということだ」

そう。これは紛れもない本物だった。霊体ならばここまで強い気を纏ったりはしない。これは、まさしく神の器だったのだ。

「どうやら、神器自身が貴様といることを望んだようだ。貴様から神へと返還されることを望んで、な」

「イデリオギルが、そうだったか…………なら、もうその役目は終わったようだな」

「いや、貴様はまだ眠らせない」

「何?」

「この器も、確かに神へは渡った。しかし、貴様は神に逆らった者。罰を与えねばならぬ」

私はとうに決めていた。頭を蹴りながらも、最後はこうすべきだと。

「騎士ヨルオル。貴様はこの器に宿り、永遠に戦い続けることを神が命ずる!」

ヨルオルの体が発光する。優しく暖かに輝く光に包まれ、騎士は差し出された神器に手を伸ばす。

しかし触れる直前で手を止め、こちらを見る。

「いいのか……?我などが」

「黙れ。これは神の命だ。存分に戦い続けろ。それだけだ」

言葉の余韻に浸るように、ヨルオルは少しだけ間をおく。

それとも、最後の時間に浸っているのだろうか。

光はいつまでも待つ。少しの間、この状態が続いた。



そして、ヨルオルが口を開いた。

別れの時だ。

「フン……ならば騎士ヨルオル、我はここでその名を捨てよう。イデリオギル!それが、我の名よ!」

そう叫び、ヨルオルが剣に触れた。

光が一際強く輝く。イデリオギルが閃光を拡大させる。

まるで世界の光を全て集めてここで放ったが如く、光は強く美しく輝く。

ヨルオルの体が、剣に吸い込まれて行った。最後の表情は、よく見えなかった。

こうして、彼の意思は剣に宿された。

しばしの沈黙が訪れる。



終った。そして、ここからが始まりなのだ。

「さらばだ、そしてようこそ。騎士」

言葉と閃光は、ヨルオルの体が消えてもなお、響き続けた。

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