救いの破壊者
「どうした、まだたかだか片腕と両足が裂けただけではないか。何のひとつも千切れてはいない。何故立てない?何故立ち上がろうとしない?……おい、聞いているのか?」
ヨルオルが歩み寄りつつそう語りかける。
しかし、キョウヤには通じない。既に半ば意識を失い、目の光は薄れて白い。考えることを放棄し、今や「恐怖」という感情のみが、辛うじて彼を動かしている。
そんなキョウヤの姿を見下し、つまらなく思ったヨルオルは口にした。
「貴様は幸運だ。この上なく幸運な男だ。この我に本気を出させた上、我の知りうる限り最も残虐な死を遂げるのだからな」
"死"という単語が出た途端、倒れ込んだ体がピクッ、と反応する。これが、恐怖に満たされた人間の末路と言わんばかりに。
ヨルオルは其れを見、鼻で笑うと。
「滑稽だな……では、そろそろ死ね」
簡潔に、望みだけを伝えた。
剣をキョウヤの首筋に添え、少し悩むような仕草を見せる。
「首を落とすか……心臓を刺すか……はたまた、脳を砕くか……おい、何れを望む?」
と投げ掛けたところで、反応するはずもなく。
「所望しないと。なるほど、我の望むやり方をせがむと。貴様、案外解る者であったか」
勝手な解釈で茶番を繰り広げ。
「ならば首を削がれ、中を剣で掻き回すとしよう」
キョウヤの首に当てた剣を更に食い込ませ、首筋から血が滲み出る。
このまま切り飛ばす、かと思えば。
突然剣を離すヨルオル。そして、突然空を見上げて膝をつくヨルオル。と、突然何かに話しかけるヨルオル。
「おお、我が神よ。我は貴女の使いを討ち果たす。我は……願いに相応しいとお認めになられましたか。我は願いに至る器でござります。ここに示しましょう。おお神よ。今一度ご覧いれましょう。この敗北者の脊髄を!」
神への誓いと言うものか、ヨルオルは虚空に声を張る。
そして、再びキョウヤに向き直る。そこで、気づいた。
「忘れていた。約束通り右腕を斬らねば……Aufschlitzen」
右腕をさらりと抉る。最早キョウヤから叫びも苦痛の表情も失われているが、その虚ろな目からほろりと、一滴の涙が流れ落ちた。
同時に、その何倍もの量の血液が、吹き出すなり流れるなりして、キョウヤから失われた。
そして、準備は整ったのだ。
「せめてもの報いだ。最後はイデリオギルそのもので斬り落としてやろう」
首筋を捉えた剣が、だんだんと上段に吊られていく。
死の宣告は降りた。
剣先が頂点に届く。
「さらば。転職者よ」
光の剣が、キョウヤの首めがけて降り下ろされた。
首に至る、首に届く。
その刃が首を穿つ……その刹那の前。
ガシャアアアアアアアン!!!
と、硝子が割れたような音を立て、頭上の虚空が砕け散った。
キョウヤの首に剣が当たる、そのほんの数ミリ手前で剣が止まり、一瞬にして手元に戻される。
「領域が……壊された……だと?」
そう呆然とするヨルオルに、頭上の領域だった場所から、光を浴びつつ二つの影が飛び降りてくる。
久しい日光で視界が遮られ、その姿と顔は見てとれない。
それからか。そのまま、着地を許してしまった。
領域が天井から灰になるようにだんだんと消えていく。
その中で、白道に現れた二人の……女。
片方が一瞬の隙に、ヨルオルに急接近し対応させる暇もなく、その眞下にあったはずのキョウヤを抱き、間合いを離す。
速い?
その片方は何を考えているのかわからない。もう片方は、猛烈に怒っているのだろう。殺意を露にこちらへ向けている。
両者ひしと睨み合う。
先に、口を開いたのはヨルオル。
「貴様ら……神への儀式を汚したな。万死に値する」
そのヨルオルとて、猛烈な殺意に駆られている。
それに対し、
「ただ死ぬだけだと思うなよ」
怒る赤いローブの女が言い。
「ほう……神に向かってこのような口の聞き方とは……それに、神への儀式?ナメておるのか下民」
キョウヤを抱いたもう片方が言う。
「とりあえず死ね」
「下民、度が過ぎるの。死んで詫びよ」
その挑発と警告を、ヨルオルは見事に購入することになった。
「アマごときが……神を騙るなど断じて許せぬ……死して神にひれ伏せ!!」
剣を二人に向け、そう叫び。
「おお神よ……この騙り者は我が代わりて貴女様のもとへと送りまする……」
急に空を見上げて囁く。
そして向き直り。
「5秒やる。来い」
ヨルオルが言うや否や、赤い女は拳をヨルオルの腹に抉り込ませていた。
「神の前だぞ?ひれ伏せ塵芥が」
そのまま、ヨルオルに膝をつかせ、腹をおさえさせて無理矢理頭を垂れさせた。
「無駄な時間を掛けさせるな……おい、サクラ。キョウヤを持って行け。コイツは私がぐちゃぐちゃにする」
そう言い放ち、受け取ったサクラと呼ばれた片方が、「うむ」と頷き、そしてまばたきのうちに姿を消した。
「さて……」
ヨルオルは残った女を睨み付ける。怒りで頭が埋め尽くされている。どうやらこの女と同じらしい。
しかし、それは少し違う。
彼は人間。しかし、彼女は女神なのだから。
「じゃあ、一回死のうか」




