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ヘルエンジェル  作者: 斑鳩睡蓮
王の再誕 / Inherited Flame
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ep.095 冬の終わり

「長く待たせてしまって悪かった。そして、僕が不在の間も戦い続けてくれたことに感謝する」


 ライとナタリアが戻ったことで全員が揃ったデアグレフ支部では会議が開かれていた。話に入る前にエヴァンが頭を深く下げると、すぐさま反逆軍の構成員たち──《茨の王》の臣下たちの間からエヴァンに向けて言葉が飛び交う。


「王様が無事でよかったです!」


「おかえりなさい」


「王さまが帰ってくるまで、おれたち頑張ったんですよ!」


「ずっと待ってました」


「戻ってくるって、信じてました!」


 責められるとばかり思っていたエヴァンは目を丸くしてしまった。その様子を隣のヨゼフが満足げ……どころかドヤ顔で見つめている。なんだかヨゼフの表情が気に食わなかったので、エヴァンは思い切り肘をヨゼフの脇腹に刺しにいく。が、あまり効いていなさそうだ。まだヨゼフはドヤ顔を続けている。


 こほん、と咳払いをした。けれど、ヨゼフを含めた全員の顔が生温い。釈然としないまま、エヴァンは話を進めることにした。


「では、会議の方を始めよう。まずは、今回の戦いについてからだ」


 ぴんと張った声に地下会議室の空気が引き締まる。


「帝国軍による『クリムゾン』作戦は皆の奮闘により破ることができた。被害は、共和国から来てくれたリュエルさんたちと、僕の臣下たちの働きによって軽微なものに留まった。その上、僕たちは帝国貴族であるマクシミリアン家の全面的な協力──すなわち強力な後ろ盾を得ることに成功した。……僕たちの完全勝利だ」


 そう、反逆軍は勝った。王を奪われ、多くの支部や砦に激しい攻撃の手が伸びたにも関わらず、僅かな損害で最上以上の戦果を上げた。その裏で、エヴァンが兄を、ヨゼフが父を失ったことは口にはしない。それは王には要らない感傷だ。


「この結果を踏まえ、僕たちは次の行動を決める必要がある」


 エヴァンは目を細めた。この場に共和国の《無名の魔術師》がいる時点で方針は決めている。ヨゼフとも話をして選んだ道。


「リュエルさん、僕たちは共和国と手を組みたい。マクシミリアン家という後ろ盾を得た反逆軍リベリオンだが、帝国軍とガンマに対して全面的な戦いを挑むには戦力が足りない。そうすると、さらに他の勢力と手を組むのが道理だ」


 それがたとえ敵国であろうと、エヴァンたちの敵が帝国である以上は同じ敵を持つ仲間だ。元々、誰も戦争が始まった理由を知らない。ならば、憎しみ合う必要も本来存在しないわけなので、利用しない手はないだろうという話だ。


「エヴァンさんが言い出さなければ、私からそれと同じ提案をさせてもらったでしょう」


 リュエルは我が意を得たりと微笑んだ。リュエルの思っていた通り、エヴァン・リーゼンバーグは王に相応しい人物だ。誰よりも若くありながら、よく先を見通す目を持っている。


「ですが、それでは足りない」


 すべての視線はリュエルに向かう。その瞬間を完璧に見切ってリュエルは言葉を続ける。


「仮に共和国と反逆軍リベリオンが同盟を結んで帝国を倒したとしましょう。すると、()()()()()()()()反逆軍リベリオンはどうなりますか?」


「──そうか、確かにリュエルさんの言う通りだ。これだと、帝国という共通の敵がなくなった途端に、僕たち反逆軍リベリオンは共和国に吸収されるか、潰される」


 誰よりも早くエヴァンがリュエルの答えを捕まえた。そしてエヴァンはリュエルの望んだ問いを口にする。


「では、リュエルさんはどんな世界を見ているんだ? この戦争が終わった後、あなたはどんな国を目指すというんだ?」


「待ってくれ、()()()()()()()()と言ったのか?」


 リュエルが答える前にライが言葉を挟んだ。ライがこのタイミングでそう口にすることもまた、リュエルには予想できていた。戦争のない世界を見たいと願うライは声を上げずにはいられないと知っていた。


「はい、そうです、少佐。今回の戦いは私に鋭利な問いを突きつけてきました。この頭脳ちからで、私は何をすべきなのか、と」


 リュエルは人差し指で自分の頭をつついてみせる。


「だから私は決めたんです。私は、──この手でこの戦争を終わらせる、と」


 周りをすべて食べ尽くしてしまいそうなほどに飢えた輝きをリュエルの目は宿す。澄み切った明るい水色の中で渦を巻く渇望。


「そして、戦争を終わらせるということは、その先の世界についても考えなければいけません。例えば、帝国と共和国、どちらが生き残ればよいのか、……など」


「それは難しい問題だな。帝国は根っこから腐ってるが、共和国がそうじゃないとは限らないぞ」


 ヨゼフはエヴァンの隣で首を捻った。


「いいえ、簡単です。だって、帝国も共和国も戦争の終わった世界を支配するにはどちらも不適当ですから」


 アリアを起点とした恐怖政治を敷く帝国。ディエゴ・マクハティンを中心とした偽りの民主政治を抱く共和国。腐りきった二つの国は、この戦争と共に終わるべきだ。


「なら、新しい国家を築くと?」


 エヴァンの言葉にリュエルはこくりと頷く。


「エヴァンさんの言う通りです。私は、戦争が終わった世界には新しい国が必要だと考えています。そして、この新しい国は帝国でも共和国でもない国でないといけません。つまり、いずれかの国をベースにした国家であってはいけない、と思うんです。したがって、私は帝国と敵対する反逆軍リベリオンと、共和国と敵対する革命派とが結び、一つの新しい国を作るべきだと考えます」


 しん、と会議室は静まり返った。呼吸音さえ聞こえてくるほどの緊張に包まれた静寂が落ちる。リュエル自身、己の言葉がどれほど傲慢なものであるかをよく理解していた。共和国軍を追われた身で世界の未来を語る不遜。けれど、誰もが黙り込んだのは、この場にいる全員がリュエル・ミレットなら成しうると考えたから。


「……ははっ、はははっ」


 笑い声が静けさを破った。顔に手を当ててエヴァンが笑っていた。


「僕が思っていたよりも、あなたは面白い人だ。……いいだろう、あなたの提案に乗ろう。僕はずっと帝国を倒すことばかりを考えていて、その先を考えてこなかった。でも、今の話を聞いて、初めてその先を見たよ」


 終わりのない戦いの中、誰もが明日ばかり、今日ばかりを考える。今日の食糧、休息、銃弾のもたらす結果、生き残ること、狂わないこと。明日の寝床、仕事、作戦、向かう戦場、恐れないこと、敷かれた道から踏み外さないこと。……これ以上世界が悪くならないことを祈るだけ。


 少しでも先を見ることができる者は、そのほとんどが殺したい相手を殺す瞬間を夢想する。それきりだ。誰も未来なんて見なかった。ましてや戦争が終わると心の底から信じることなんて。


 だからこそ、大真面目な顔で戦争を終わらせると豪語した女は特別だった。


「とすると、僕たちが手を組むことになるのは共和国ではなく、共和国を打倒しようとしている革命派ということになるんだな?」


「そうなりますね。現在の共和国の状況は複雑です。私が把握している範囲で説明しますね」


 リュエルは会議室のテーブルに共和国の地図を広げた。帝国の南に位置する共和国は帝国よりは少しだけ面積が小さい。しかし、戦争が長く続いていることが示している通り、国力は拮抗している。


「まず、共和国は共和政を取っていますが、政府中枢はすべて大統領のディエゴ・マクハティン一派によって掌握されています。また、マクハティンは特務部隊を私物化しており、ガンマにも匹敵する力を兼ね備える特務の力で自身に有利な環境を作っています」


「結局、そっちもそんな感じなんだな……。特務部隊について、あんたは他に何か知っていることはあるのか?」


「……お恥ずかしながら、あまり知らないんです。共和国の暗部で行われている使徒化計画という名前のプロジェクトの成果を流用した部隊であることは分かります。七人の使徒と呼ばれる実力者がいることと、その部下たちは白い仮面を被っていることも知っています。あとは……、私の推測ではあるのですが、使徒化計画が人体実験に関わるものだということくらいですね」


 リュエルよりも共和国の深い部分にいるソフィアは、遥かに詳しく知っているはずだ。だが、ソフィアの弟子として動いていた時期でさえソフィアから使徒化計画について聞き出すことはできなかった。まるで、リュエルから使徒化計画について隠したがっているように。


「ですが、私の師匠である《智恵の魔女(ミネルヴァ)》は特務を潰したいと考えていて、そこでカイル・ウェッジウッドという方を中心に革命派を組織しました。ただ、閣下は閣下の計画において《死神グリムリーパー》を不要としたため、少佐に対して凶手を差し向けました。そのため、私は閣下と別れる道を選んだ……というのがここに至るまでの流れです」


「リュエルさん、革命派は信用できるのか? 革命派はあなたの師の息が掛かっているんだろう?」


 エヴァンの疑問はもっともだった。


「いや、それは大丈夫だと思う。カイルたちは閣下の脅しを受けて縛られているんだ。このデアグレフまで俺たちが辿り着けたのは、カイルたちがここまで命令を拡大解釈して送り届けてくれたからだ」


 命令の拡大解釈……というには議論が必要そうではあるが。ソフィアにライたちの捕縛を命じられたにも関わらず、カイルはライたちを逃がす行動を取った。それによって、深手を負ったライは無事に生きて帝国に入ることができたのだ。


「そうね。カイルさんたちは信用できると思うわ。だけど、リュエル、どうやって反逆軍リベリオンとカイルさんたちを繋げるのかしら?」


 リュエルは顔を曇らせた。地図の端を指先でいじりながら、口を開く。


「こればかりは私たちが動くしかないでしょうね。反逆軍リベリオンと革命派の両方に顔が利くのは私たちだけですから。なので、私たちがエヴァンさんたちの意思をカイルさんに伝え、お二人を引き合わせる場を用意することになると思います」


「あれ? センパイ、それだと隊長が危なくないっすか?」


 リュエルのすぐ隣からルカが顔を出した。相変わらず距離が近いのだが、もはや誰もツッコまない。


「懸念事項はまだあります。閣下とリュエルは現在敵対状態にあると思われ、その状況下でカイル・ウェッジウッド大佐に接触をして行動を起こすことは危険ではないのですか?」


「そうなんだよね、問題はそこなんです。ですが! 今はここにナタリアがいる。アル──特務もナタリアと少佐を同時に相手にはしたくないはず。だから、二人が固まって行動していればリスクも減らせるはずです」


 もちろん、これはリュエルの希望的観測。それでも、ナタリアとライが特務に簡単に負けるとは考えにくい。


「その上、閣下も共和国を転覆させることを最終目標に置いていますから、反逆軍リベリオンとの協力関係を作ることに関しては手は出してこないと思います。……理由はまだ分かりませんが、閣下は少佐だけを狙っているようですから」


「なら、問題ないな」


 あっけらかんとライは言う。重傷を負わされたというのに、ライが気にした様子はない。


「二度は背中を取られたりはしないよ。ナタリアもいるし、俺たちは簡単に倒されたりしない。リュエルは動きたいように動いてくれ、戦争を終わらせるんだろう?」


 はい、と弾んだ声でリュエルは答えた。それを見たライは綺麗に微笑む。


「あなたたちが大丈夫そうなら、僕が言うことはない。──革命派との橋渡しを、頼みますね」


 赤髪の少年王は翠の瞳を煌めかせる。リュエルは大きく頷いた。


「もちろんです! エヴァンさん!」





 どこか甘い匂いのする風が吹く。ほんのり温かくて、ほんのり柔らかい風はリュエルの髪を揺らして通り過ぎていく。まだ雪の残るオンボロホテルの屋上でリュエルは星を見上げた。国は違っても、見える星は同じだ。星に見る物語と形は共和国と帝国とでは違うけれど。


「冬が終わりますね」


 凛とした少年の声が響く。振り返れば、リュエル以外に誰もいなかった屋上にはエヴァンがいた。髪とコートの裾を風に揺らしながら、エヴァンは微笑む。ここから飛び降りようとしていたときの危うさはもうなかった。


「そうですね、春が来ます」


 冬が終わって、春が来る。口にしてみれば本当にささやかなこと。


「この冬も越すことができてよかったです。……リュエルさんのおかげですね」


 そう言うエヴァンはリュエルの隣で遠くの街明かりを見つめていた。リュエルよりも背は高くても、まだあどけなさの残る顔だ。それでいて、大人びた表情ばかりをする。彼の過ごした日々は身体よりも先に心を大人に変えてしまったようだった。


「いいえ、エヴァンさんたちの努力の結果ですよ。私はそれを少し手伝っただけ。それに、全部守り切ると言ったくせに、それさえ守れなかった……」


 リュエルの判断がもう少し早ければ、エルシオは死なずに済んだだろうか。

 リュエルの機転がもう少し利けば、カインは別の道を選んだだろうか。


「僕も、いつも後悔ばかりします。僕の命令は間違っていたんじゃないか、無為にみんなを死なせてしまったんじゃないか……。怖くて怖くて逃げたくなります」


 これは内緒ですよ、とエヴァンは付け加えた。


「……兄さんを亡くして、僕はもう歩けないと思いました。兄さんがいたから僕は戦い続けることができていたから。それで、いっそ死んでしまおうって思った」


 翠の目の中には湖水のような哀しみが波打っている。決してその傷も悲しみも癒えはしない。


「……でも、リュエルさんとルカさんに止めてもらえてよかったな、と今は思います。僕の手の上にはたくさんの命と期待が乗っている。それから、マクシミリアン家も。ヨゼフに叱られて気づいたんです。僕が足を進めてこられたのは、兄さんの存在だけでなくて、僕の手の上に乗ったもののおかげかもしれないと。だったら、僕はまだ戦える。この手の中身がすべてなくなるその日まで」


 どこか誇らしげにエヴァンは口にした。生まれながらの王とは、エヴァンのような人を言うのだろう。


「それなら、この先何度冬が来ても大丈夫ですね」


 少年ははにかむような笑みを浮かべて頷く。


「きっと、そう。それに、ただ耐えるだけの季節ももう終わる」


「はい。私たちの手で、終わらせにいきましょう」


 リュエルは春の匂いのする風に目を細めた。天蓋に縫い留められた星々が春のものになっていることもリュエルには分かる。


「またあなたと会う日を楽しみにしています。次は、革命派の方も一緒に」


「私も楽しみです、エヴァンさんにまた会うの」


 ざくり、と固い雪がエヴァンの足元で音を立てた。リュエルに背を向けて去る前に、エヴァンは振り返る。


 ──あと、そんな薄着だと死にますよ。ちゃんと上着を着てくださいね。


 例のごとく上着を忘れていたリュエルは思わず苦笑した。エルシオと全く同じことを言う。そう伝えたら、エヴァンはどんな顔をするだろう。口を開きかけたけれど、リュエルは言葉を呑み込んで胸にしまっておくことにした。


 へっくし。間抜けなくしゃみが飛び出す。鼻をすすって、リュエルは身体を震わせた。エヴァンとエルシオの言う通りだ。このままだと凍死する。






これで反逆軍編は終わりです。ここで更新を一度お休みさせていただきますが、そう間が開かないうちに更新を再開しようと思っております。今後ともよろしくお願いいたします。

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― 新着の感想 ―
[一言]  反逆軍編、お疲れ様でした! 冬の戦い、復讐の炎、裏切りに陰謀、二転三転していく情勢……いずれからも目が離せず、楽しませていただきました。  冬の終わりと未来、確かな春の兆しを感じさせつつも…
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