第十七章:再会
「しばらく見ない間に、強くなったな、セルフィア。」
俺は、机にうつぶせ、なきじゃくっているセルフィアの後ろから
そっと、声をかけた。
「ひっくっ・・・え・・・うっく・・・。
あれ・・・・?あれ・・・・?」
ファルナ先輩の時のように気づかれないってことがないように
兜はぬいでおいたおかげで、セルフィアはすぐに気がついたようだ。
むしろ、俺がここにいるのが何故かわからず、混乱してしまっている。
「ははっ、久しぶりだな、セルフィア。
びっくりして、涙も止まっただろ?」
セルフィアは俺の顔をみて、目をぱちくりと、何度もまたたかせていたが、
やがて、頭の中で整理がついたのか、また泣き出してしまった。
「か、カナート!
うぅぅ・・・ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・。
私が・・・私・・・何もできなくって・・・。」
今度は机の代わりに俺をつかって、泣きじゃくってしまう。
やれやれ、強くなったのはいいが、泣き虫は相変わらず、か。
「大丈夫、俺も、ユウキ先輩も、マルミも。
みんな無事に逃げることができた。おまえは何も心配することはないさ。」
俺はゆっくり、ゆっくりとセルフィアの頭をなでて落ち着かせる。
セルフィアはしばらく、泣き続けていたが、涙がかれる前には落ち着いてくれた。
「か、カナートは・・・カナートはどうしてここに?
姉様からは、カナートも反逆罪だって聞いてたのに・・・。」
「まぁ、俺の方も複雑でな。今は神国を追われて
トルアノ連邦にやっかいになってるんだ。
そのトルアノ連邦が神国に狙われてやばいっていうんで、
まぁ仕方なくその手伝いみたいなことをするこになってな。」
「あっ・・・そうか・・・そうだよね・・・。
ここに手伝いってことは・・・・あ、あれ・・・?」
セルフィアはようやく、俺がお忍びでここにきていることに気が付いたようだ。
「星騎士になったファルナ先輩の偵察ってわけさ。
ナイショだぜ?」
俺はそうやって、セルフィアに小声で話す。
昔はマルミと三人で、こうやってイタズラの作戦をたてていたな・・・。
ふと、そんな昔の記憶が浮かんでくる。
「いまって、どういう状況なの、カナート。
私で協力できることがあれば、するよ。
姉様には、戦争なんてしてほしくない・・・こんなの間違ってる・・・。
私が・・・私が止めてあげないと・・・。」
さて、どうしたものか。
ファルナ先輩と身内のセルフィアがいま、神軍内部にいて
トルアノ連邦側と通じるというのは、戦略的には有利な話だ。
だが、深く関わってしまうと、セルフィアまで神国を抜け出さなくてはならない。
マルミの時は、あいつがどの程度のことをするのかわからず
とりあえず、返事を返してしまったが、今思えば早計であったかもしれない。
マルミは反逆罪にはなっていないが、国境周辺では
人相書きの手配書が出回っているらしい。
俺やユウキ先輩と関わったとわかれば、反逆罪が適用されてもおかしくない。
だがそうはいっても、セルフィアは納得しないだろう。
となれば、だ。
「セルフィア。ファルナ先輩も、戦争はしたくないって思っているさ。
でも、それを押してでも、やらなければならない理由がある。
俺達にはその理由はわからないけど、ファルナ先輩もつらいはずだ。
おまえが、それを支えてあげてくれ。彼女の心が疲れてしまわないように。」
「支える・・・?私が、姉様を・・?」
「あぁ、それはきっとおまえにしかできない。」
「・・・・で、できるかわからないけど・・・。
カナートがそういうなら、私がんばってみる。」
「頼んだぞ、セルフィア。」
俺はそういってセルフィアの頭をなでてやる。
そう、これでいい。こいつはここでファルナ先輩の側にいるべきだ。
「で、でもカナートはどうするの?
私は何もしなくても大丈夫なの?」
「こっちは、そんなに深刻でもないさ。
いざとなれば、ボルトーナ王国あたりに逃げるし。
しばらくすれば、恩赦とかでて、国にも帰れるさ。」
その場しのぎの楽観的な考えだが、そういうしかなかった。
「わ、わかった・・・。
でも、何かあったら私、力になるから。」
「あぁ、その時は改めて頼みにくるよ。
それじゃ、俺はもういくぜ。あまり長居もできないし。」
「あ・・・うん・・・。
気をつけてね・・・。」
木箱を運び終えないままさぼっているから
ちょっと騒ぎになっているかもしれない。
早めに撤退しておかないと。
「それじゃ、またな、セルフィア。」
「うん、また・・・。」
名残惜しそうなセルフィアをおいて、俺は砦からの抜け道へと進む。
まぁこれでいいよな。収穫は何もなかったけど。
「あら、もうお帰りかしら、カナート君。」
突如後ろから声をかけられる。
まさか・・・。
「っ・・・。ファルナ先輩・・・。」
「仕事をさぼった兵士がいるって騒いでる兵がいてね。
ちょっと事情を聞くとおかしな所があって、ピンときたわ。」
遅かったか・・・。
俺は輸送兵にばけた時、他の兵には新入りってことでごまかしていたが
上の階級であれば、新兵を回されるかどうかぐらいはすぐわかるのだろう。
他にも何かおかしな所はあったかもしれないのだが。
「アリトナ村ではウィルドがまんまと騙されたらしいしね。
今度はセルフィアをどうたぶらかすのかと心配して戻ってきたけど・・・。
あの娘のこと、ちゃんと考えてくれていて安心したわ。」
っていうか、会話聞いてたのかよ。
まったく、いつから聞かれていたのやら・・・。
「セルフィアに危険な真似はさせませんよ。
あいつの気持ちを利用するようなことはしません。」
生きるか死ぬかを決める戦いの時にそういうことを言うのは、甘いのかもしれない。
だが、そうはいってもできないこともある。
「姉としては君には感謝しているわ。
たった一人の妹を反逆者としてこの手にかけるのは忍びないから・・・。
そんな君に1つ、良い提案をしようと思ってね。」
「提案ですか・・・。
俺は、ユウキ先輩の反逆罪が取り消されるまで
神国に下るつもりはありませんよ。」
「その話じゃないの。まったく、ユウキもうまくやったものね・・・。
まぁ今回の話は別。本音を言うとね、カナート君。
私たちはこのライム砦に陣取り、交易都市ホルンを攻略しようとしている。
と、いう風に見えるけど、ホルンなんて攻める気はないのよ、実はね。」
ホルンを攻める気がない・・・?
なら、このライム砦を何故落とす必要があるんだ?
首都トルアノへ向かうだけならアリトナ村方面から進めばいい。
「それでは、ライム砦を落とした目的は何だって言うんです?」
「目的はすでに果たしているわ。詳しくは言えないけどね。
だから、もうこの砦からいつ撤退してもいいの。
そして、カナート君。君の目的はこの砦を落とすこと、じゃないのかな。」
何でもお見通し、か。
かなわないな、この人には。
「提案っていうのは、それに関係することですか。」
「そうね、カナート君。
君が望むのなら、私たちはこの砦から撤退してもいい。
先ほども言ったように私たちの目的は果たしているから。
ただ、撤退時に連邦からの攻撃を受けるおそれがあり、なかなか退けないだけでね。」
信じて良いのだろうか、この人を。
「君はもう、トルアノ連邦軍と通じているのでしょう。
となると、君の所属している部隊は首都防衛隊の一部になるでしょうから
フィルバレス中将の配下になるのかな。
そうね、君たちの部隊と、後はホルンのロミーネ大将に話をつけてくれればいいわ。」
「俺達は神軍が撤退の際に、攻撃をしかけなければいい。
それだけで、この砦を明け渡してくれるというのですか?」
「そう。あら、それだけだと条件が良すぎる?
いつでもホルンを陥落できる状態にありながらの、無条件撤退だからね。」
戦略的に考えれば、ありえない。
ホルンと神国の補給路は十分確保されており、長期の防衛が可能なはずだ。
神国が何らかの目的がありホルンを占領しただけにしても、
ここを無条件で返却するよりは、停戦の際に取引の材料とした方が有利に決まっている。
「それでは、1つお願いをしてもいいかしら。
これを、もう一戦お願い、できるかしら。
どうも、負けっ放しってのは性に合わなくてね。」
そういって、ファルナ先輩はエース&キングのカードをだした。
こんな時にカードって・・・はぁ・・なんか深く考えることもない気がした。
撤退するのを何もせずに見守るだけなら、トルアノ連邦側に被害は何もない。
それで砦が空になるというのなら、願ったりかなったりだ。
普通の相手なら、こういう場合砦に時限式の爆弾を仕掛け
相手が入場した時に・・・というような罠も考えられるのだが
ファルナ先輩が、この有利な状況下で、そんな下卑た手段を使うとは思えない。
カードゲームの勝ち負けにすらこだわる人なら、
なおのこと、そんな勝利を欲することはないだろう。
「わかりました。
でも、ゲームの手加減はしませんよ?」
「ははっ、いうわね、カナート君。
その生意気な鼻をへし折ってあげよう。」
そうして、俺は敵陣のまっただ中で、敵の総大将と
カードゲームに興じることになった。
ゲームの勝敗はともかく、こうしている間だけは、
お互い敵同士となってしまったことも忘れ、
最初にであった時のように、お互い笑いあえたと思う。




