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「ギルド長の俺、1ヶ月のつもりで旅に出たら5年経っていて元仲間全員ヤンデレになっていた」  作者: 赤い赤鼻


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第6話 待ち続けた者達

ギィ――。


古びた扉が音を立てて閉まる。


俺はゆっくりと部屋を見回した。


ギルドマスター室。


五年前まで毎日のように使っていた部屋。


……いや。


俺の感覚では五年前じゃない。


つい二週間前だ。


机。


本棚。


ソファ。


窓。


置いてある観葉植物まで同じだった。


変わっていない。


何も変わっていない。


はずなのに。


「……」


違和感だけがあった。


机の端には小さな傷がある。


昔ミアが飛び込んできて机にぶつかった時についた傷だ。


覚えている。


昨日のことみたいに。


なのに。


その傷は少し色褪せていた。


窓枠の木材も。


机の角も。


全体的に古くなっている。


俺が知らない時間が確かに流れていた。


「本当に五年なのか……」


思わず呟く。


実感が湧かない。


頭では理解している。


だが心が追いつかない。


エマがお茶を置いた。


カチャリと小さな音が響く。


俺は椅子へ腰を下ろした。


昔と同じ場所。


ギルドマスターの席。


だが妙な感覚だった。


たった数週間しか空けていない気分なのに。


まるで何十年も離れていた場所へ帰ってきたような気がする。


「……」


エマは向かいへ座った。


沈黙。


重い沈黙だった。


そして。


「どうして」


エマが小さく呟く。


「ん?」


エマは俯いたままだった。


握った手が震えている。


「どうしてすぐ帰ってきてくれなかったんですか……」


その声は怒りではなかった。


悲しみだった。


五年間積み重なった悲しみ。


「エマ……」


「私達ずっと待ってたんです」


俯いたまま続ける。


「一ヶ月なら大丈夫だって」


「すぐ帰ってくるって」


「みんなそう思ってたんです」


俺は何も言えなかった。


「なのに」


エマの声が震える。


「帰ってこなかったじゃないですか……」


部屋の中が静まり返る。


俺は深く息を吐いた。


そして。


ダンジョンでの出来事を話し始めた。


旅のこと。


新しく見つかったダンジョン。


最深部の遺跡。


魔法陣。


そして。


一瞬だけ時間が止まったような感覚。


気が付けば全てが変わっていたこと。


エマは黙って聞いていた。


話を遮ることもなく。


ただ静かに。


全部聞いていた。


やがて。


話が終わる。


「……」


沈黙。


エマは目を閉じた。


そして小さく息を吐く。


「そうですか」


「信じるのか?」


「信じます」


即答だった。


「アルトさんはそういう嘘をつく人じゃありません」


少しだけ救われた気がした。


俺はお茶を一口飲む。


ぬるくなっていた。


「それで」


俺は顔を上げる。


聞かなければならないことがある。


「何があったんだ」


エマが視線を向ける。


「この五年で」


「……」


「レオナは?」


「セレナは?」


「リリアは?」


「ミアは?」


「みんなどうなったんだ」


エマの表情が少し曇った。


そして。


ゆっくりと口を開く。


「まずは」


その声は静かだった。


「アルトさんがいなくなった日からお話します」

俺は黙って頷く。


五年。


俺の知らない五年。


その始まりだった。


「アルトさんがいなくなった朝」


エマは少し苦笑した。


「最初に気付いたのはミアちゃんでした」


――ご主人様ー!


いつものように部屋へ飛び込んで。


そして。


誰もいないことに気付いた。


最初は皆そこまで気にしていなかったそうだ。


朝早く出掛けたのだろう。


その程度だった。


だが。


机の上に置かれた一枚の手紙を見つける。


そして。


レオナさん。


セレナさん。


リリアさん。


全員が集まった。


「その時のみんなの顔は今でも覚えています」


エマは遠い目をした。


『一ヶ月くらいで戻る』


『ギルドは頼んだ』


『帰ったらまたみんなで飯を食おう』


手紙を読み終わった瞬間。


「全員怒りました。」


「……」


なんとなく想像できる。


「レオナさんは今すぐ追いかけると言い出しました」


思わず苦笑する。


やっぱりか。


『まだ遠くへ行ってない』


『今なら追いつく』


本気だったそうだ。


セレナさんも怒っていた。


普段は優しいのに。


その時だけは珍しく。


『私達に相談した意味がありません』


とかなり不機嫌だったらしい。


リリアさんはもっと分かりやすかった。


『馬鹿じゃないの』


その一言だったそうだ。


ミアちゃんは。


『ご主人様ー!!』


と泣きながら探しに行こうとしていた。


部屋の中が少しだけ懐かしくなる。


そんな光景が簡単に想像できた。


「ですが」


エマは続ける。


「私が止めました」


『アルトさんは止めても行きます』


『今追いかけても無駄です』


『一ヶ月で帰ってくるなら待ちましょう』


そう説得したんです。


最終的に。


みんな納得しました。


もちろん不満そうでしたけど。


それでも。


信じていたんです。


「アルトさんは帰ってくる」


「約束は守る」


「だから大丈夫」


みんなそう思っていました。


俺は目を伏せる。


胸が少し苦しくなった。


「最初の一ヶ月は本当に普通でした」


依頼を受けて。


訓練をして。


食事をして。


いつも通りの日常。


ただ一人いないだけ。


帰ってきたら怒ろう。


そう言いながら待っていたそうだ。


「でも」


エマの声が少し小さくなる。


「一ヶ月経っても帰ってこなかった」


部屋が静かになる。


「最初は少し遅れているだけだと思いました」


二ヶ月。


三ヶ月。


半年。


それでも。


帰ってこなかった。


「その頃からです」


エマはゆっくりと言った。


「みんながおかしくなり始めたのは」


レオナさんは毎朝門へ行くようになりました。


帰ってくるかもしれないから。


雨の日も。


雪の日も。


依頼がない日は必ず。


王都の門へ。


「セレナさんは情報を集め始めました」


神殿。


商会。


冒険者。


旅人。


ありとあらゆる場所へ。


少しでも手掛かりを得るために。


「リリアさんは探索魔法の研究です」


寝る時間も削って。


食事も忘れて。


世界中を探せる魔法を作ろうとしていました。


「ミアちゃんは……」


そこでエマは言葉を止める。


「毎日探していました」


朝から夜まで。


王都を。


森を。


ダンジョンを。


走り回っていたそうだ。


『ご主人様を見つける』


それだけを言いながら。


俺は拳を握る。


何も知らなかった。


俺の知らないところで。


みんなはそんなことになっていた。


そして。


エマはさらに続けた。


「一年が経った頃です」


「その時初めて五人の歯車がズレ始めました」


エマは静かに語る。


「最初は小さな言い争いでした」


レオナさんは言いました。


『待っていても見つからない』


『私が探しに行く』


セレナさんは反対しました。


『闇雲に探しても意味がありません。まずは情報です』


リリアさんも違う意見でした。


『情報だけ集めても見つからない』


『もっと効率的な方法があるはずよ』


そしてミアちゃんは。


『全部やる!』


「その時のみんなさんには余裕がありませんでした。」


「目的も同じでアルトを見つけること。」


「それなのに少しずつ衝突が増えていったんです。」


「そして」


エマは目を伏せる。


「派閥ができてしまいました」


レオナさんを支持する人。


セレナさんを支持する人。


リリアさんを支持する人。


ミアちゃんを支持する人。


元々一つだったギルド。


家族みたいだったギルド。


それが少しずつ。


少しずつ分かれていった。


「私は何度も止めました」


「でも無理でした」


エマは静かに首を振る。


「みんな必死だったんです。待つことに疲れていた。探しても見つからないことに苦しんでいた」


そこでエマは少し目を伏せた。


「そして何より……誰も口には出しませんでしたが、みんな怖かったんです」


「アルトさんが、本当に帰ってこないんじゃないかって」


部屋が静かになる。


俺は何も言えなかった。


「そして」


エマは続ける。


「アルトさんがいなくなって一年」


「黎明の翼は事実上解散しました」


胸が締め付けられる。


五人で作ったギルド。


何もないところから始めた場所。


その名前が解散という言葉と一緒に語られる。


それだけで苦しかった。


だが。


エマは首を横に振る。


「正確には少し違います」


「え?」


「誰も黎明の翼を捨てたわけではありません」


そう言って部屋を見回した。


色褪せた壁。


古い机。


そして。


俺の席だった場所。


「みんなアルトさんを探すために動いたんです」


レオナさんも。


セレナさんも。


リリアさんも。


ミアちゃんも。


それぞれのやり方で。


それぞれの考えで。


「そして四人とも新しくギルドを立ち上げました。」


「……四人とも?」


「はい。今では4人ともギルドマスターです」


思わず頭を抱える。


俺一人探すために?


そこまでするか普通。


だがエマは真顔だった。


「本気だったんです」


部屋の中が静かになる。


「じゃあ」


俺は周囲を見回す。


「なんでここは残ってるんだ?」


解散したなら。


売ればいい。


手放せばいい。


そう思った。


だがエマは小さく笑った。


「誰も解散だけは認めなかったんです」


「え?」


「アルトさんが帰ってくる場所だから」


言葉が出なかった。


「だから私は残りました」


エマは静かに言う。


「誰かが守らなきゃいけませんから」


五年間。


ずっと。


一人で。


この場所を。


俺は何も言えなくなる。


「エマ……」


「はい?」


「ありがとう」


エマは少しだけ驚いた顔をした。


そして困ったように笑う。


「遅いですよ」


その一言に胸が痛くなった。


しばらく沈黙が続く。


やがて。


俺はふと思い出したように顔を上げた。


「今も探してるのか?」


エマは迷いなく頷いた。


「今もです」


「……」


「五年経った今でも」


その声は真剣だった。


「皆さんずっと探しています」


俺は言葉を失う。


五年だ。


諦めるには十分すぎる時間だ。


それなのに。


まだ。


今も。


ずっと。


探している。


だが。


エマは少しだけ目を伏せた。


「でも」


「ん?」


「ずっと信じていたわけじゃありません」


その言葉に顔を上げる。


エマは苦しそうに笑った。


「二年目くらいでした」


「……」


「皆さん一度壊れかけたんです」


部屋が静かになる。


「探しても見つからない」


「手掛かりもない」


「生きているかも分からない」


そんな日々が続きました。


そして。


誰かが言ったんです。


『もしかしたら』


エマはそこで言葉を止めた。


そして。


小さな声で続ける。


『アルトさんに捨てられたんじゃないか』って


胸が締め付けられた。


「そんなこと……」


思わず声が漏れる。


「分かっています」


エマは頷いた。


「私も違うと思っていました」


「レオナさんも怒っていました」


『アルトはそんなことしない』


『絶対にしない』


そう言っていたそうだ。


でも。


時間は残酷だった。


三年。


四年。


五年。


何も分からないまま時間だけが過ぎていく。


「だから皆さん」


エマは俺を見る。


「捨てられたと思いたかったんです」


「え?」


「その方が楽だからです」


その言葉が重かった。


事故に遭ったのかもしれない。


苦しんでいるのかもしれない。


死んでいるのかもしれない。


そんなことを考え続けるくらいなら。


捨てられたと思った方が楽だった。


「でも」


エマは苦笑した。


「結局誰も信じられませんでした」


レオナさんも。


セレナさんも。


リリアさんも。


ミアちゃんも。


誰一人。


アルトさんに捨てられたとは思えなかったんです。


だから。


今でも探しているんですよ。


エマはそう言ってため息を吐く。


そして。


どこか疲れたような顔で言った。


「皆さん」


そこで言葉を切る。


そして静かに続けた。


「かなり拗らせていますよ」


俺は苦笑する。


「大袈裟だな」


「……」


「確かに悪いことしたとは思うけど」


五年だ。


怒られるだろう。


殴られるかもしれない。


文句だって言われるだろう。


だが。


ちゃんと説明すれば分かってくれる。


俺はそう思っていた。


昔からの仲間だ。


五人でギルドを作った家族みたいな存在だ。


だから。


話せばきっと――。


「アルトさん」


エマが小さく呟く。


「はい?」


「その考え」


何故か。


少しだけ同情するような顔だった。


「多分すぐ消えますよ」


「え?」


意味が分からない。


だが。


エマはそれ以上何も言わなかった。


窓の外を見る。


王都の空は少しずつ赤く染まり始めていた。


そして。


まるで何かを思い出したように。


ぽつりと呟く。


「……特にミアちゃんは」


「ん?」


「いえ」


エマは首を横に振る。


「会えば分かります」


その言葉に。


何故か嫌な予感がした。

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