【二】初めての依頼
一日置いて、神酒と依頼箱を見に行った。八箱目まで確認して空だったから、どうせ他もそうだろう。そう思っていたけど、意外にも手紙を発見してしまった。空じゃなかったのは、防人の掲示板近くに置いた箱だ。中身を探った神酒が、異様なほどきれいに包まれた紙を広げて黙読し始める。
「なんて書いてある?」
「えっと……あはは、桜華。箱に入るとしたら普通じゃない依頼。そう言ったけど……私、この歳で耄碌したかな」
「やめてよ神酒。その理屈じゃ私も再来年には耄碌しちゃうじゃん。……それで、なんて書いてあったの?」
何ともいえない微妙な顔——強いて言うなら真顔と笑顔の中間くらい、どっちかと言うと真顔寄り——で、神酒が手紙を渡してきた。受け取って見てみると、やけに濃い墨で、しかもやたら達筆で頼みごとが書いてあった。
——仕事内容は、転居に伴う荷物運搬です。老夫婦故難しく、お手伝い願いたく依頼いたしました。
日付はちょうど今日。時間はこの後、午の刻だ。
「これはつまり……引っ越しのお手伝い?」
「あはは、そういう事になるね。文面通りの意味で受け取っていいなら、だけど」
純粋無垢な気持ちで言えば、悪い仕事じゃない。依頼主がお金持ちなのか、提示されている報酬は、私と小町の生活水準なら数日分の食費を賄うのに十分だ。当然、神酒と折半する前提で。
「ねえ神酒。私たち、大事な事を忘れてたね」
「あはは、そうだね。依頼内容に隠語が使われていたら、行ってみるまで分からない。そりゃ、犯罪の手伝いを直接的な言葉で書くわけないよね。あはは……」
笑い事じゃない。
仮に荷物運搬というのが犯罪関係だったら、実際は何を意味するんだろう。阿片の密輸か、それとも人間の——。急に怖くなってきた。闇への近道というか、牢屋への近道だったかもしれない。
「どうする、神酒。行ってみる? それともやめておく?」
「う~ん、どうするかな。ご丁寧に住所まで書いてあるし、全く信頼できないわけでもないよね」
「確かに。……じゃあ、通行人の振りをして近くを通ってみる? それでやばそうなら、無視か社会貢献かしてさ」
私の意見は、どっちかといえば行ってみたい寄りだ。怖いは怖いけど、何て言ったって報酬が魅力的だからね。駄目そうなら大人しく諦めるけど、それを確かめもせずにみすみす逃したくはない。
「あはは。気になってるみたいだね」
ばれてた、恥ずかしい。
「分かった、じゃあ、行くだけ行ってみようか」
神酒と南西部の町を練り歩き、依頼書に書かれた住所を目指した。
「え~っと、この通りだと思うんだけど」
人通りの多い往来で神酒が言った。
「本当? めちゃくちゃ表通りだけど」
「そうだね。怪しんでいたのは杞憂だったかな……ん、桜華、あそこが目的地のはずだよ」
そう言って神酒が指さしたのは、お店だ。看板から察するに生地を売っているらしい。不審な点が無いか、人ごみに隠れて様子を窺ってみる。
「神酒、人が出て来たよ」
お店の扉が開き、男女が現れた。両者とも白髪混じりで、若干腰が曲がっている。つまるところ、老夫婦だ。流石生地のお店を切り盛りしているだけあって、お洒落な着物を着ている。紺屋の白袴、その逆だ。そんな事を思いながら引き続き観察していた折、午の刻を告げる鐘が鳴った。
「住所、あそこで本当にあってる?」
聞いてみると、神酒は「え~っと」と依頼書に目を落とした。そうかと思うと通りの奥の方から指をさしながら建物を数え、「七、八、九」で止まった。
「ほら。あそこの生地屋さんが屋号九だよ」
彼女は依頼書に書かれた住所の、屋号の部分を指さして言う。確かに間違いない。
「まじだね。どうしよう、あの夫婦、悪い人には見えないけど。でも人は見た目で判断できないし……」
あんなに優しい生明のお父さん——茂雄さん——が、私たちを何度も襲った人喰い狼を操っていた。そんな経験をしたせいか、私はこういう場面で少し抵抗を感じてしまう。
「とりあえず、知らないふりして声をかけてみる? もし不安なら……よし、私はあの老夫婦が本当に普通の老夫婦であることに賭ける」
「賭ける~?」
一般的には怪しさ満点根拠軽薄な「賭ける」という宣言。だけど神酒の場合、話は変わってくる。彼女のそれには何度も苦しめられたし、何度も助けられた。だから無条件で信頼したくなる。他人を納得させる無敵の文言といってもいいかもね。
「それなら安心。行ってみよう、神酒」
「あはは。もし私が裏切ったらどうするつもり?」
「そんな事はあり得ない。私はそう信じてる」
「やれやれ、君の情熱的な感情論にはかなわないや」
話している内に、老夫婦がきょろきょろし始めた。もう午の刻になっている。差し詰め「依頼したんだけどなあ……」といったところだろう。
「おや、何かお探しで?」
神酒が老夫婦に声を掛けた。あくまで通行人を装って。
「ええ。依頼箱とやらに手紙を入れて、転居作業のお手伝いをお願いしたのですがね」
旦那さんが言う。
「時間になってもいらっしゃらなくて」
「きっとお仕事が立て込んでいらっしゃるのよ」
不安げな旦那さんを、奥さんが宥めた。
「……」
神酒が視線を送ってきた。この生地屋さんが依頼主で間違いないと確認できたからだろう。頷くと、神酒は咳払いをして別人のような声で老夫婦に言った。
「実を言うと、私たちが依頼を受けた者です。仰る通り仕事が立て込んでいて、少し遅くなってしまいました。申しございません」
「申し訳ございません」
私も倣う。すると老夫婦は目を丸くし、露骨に驚いた。まあ無理も無いよね。もっと荷物運びに適した屈強な殿方が現れると思っただろうし。
「おや、お二人が。お忙しい中御足労いただきまして」
「あらあら、ずいぶんとお若い方が来て下さったのね」
純粋な言葉か、嫌味か。それはさて置き、私と神酒は老夫婦に確認しないといけないことがある。
「恐れ入りますが」
夫婦に向かって、私は精一杯に申し訳ない感じで言う。
「始める前に運ぶ荷物を確認させてください。近頃は私共に犯罪の片棒を担がせようとする不届き者が少なからず居まして……ああ、お二人がそうと疑っているわけじゃないですよ。あくまで形式的なものですから、どうかお気を悪くなさらないでください」
私が神酒に先んじて夫婦に頼んだのは、私が刀を携えているからだ。あんまりお父さんの形見をこんな風——まるで脅しているみたい——に使いたくはないけど、状況が状況だし仕方ない。効果的に使ってこそだよねと、私は私に言い聞かせる。
「ええ、構いませんよ」
幸い、旦那さんは嫌な顔一つせずに検品を受け入れてくれた。今度は私から神酒に視線を送り、入店して確認作業をすることに。
お店の中では、既にお店が広げられていた。並んでいるのは商品じゃなくて、運び出すものだけど。ある程度の作業は夫婦でやったようだ。箱や籠を使って荷物がまとめられており、あとはちょっとした片付けと運び出しだけ。
「実は店を畳んで隠居しようと思っていましてね。そっちの奥の箱は、棄てる物ですから置いたままで結構ですよ」
旦那さんが言う。
「あとで、焚火の材料にでもしてしまいます」
何が入っているんだろう。気になって箱を開けてみると、綺麗に巻かれた生地が沢山見えた。そうか。生地屋さんが店を畳むなら、こういった廃棄品が出ても変じゃないよね。
「いい柄ですね、これ」
一巻取り出してみた。雪を模した柄が涼し気な印象を与える、逆に夏に欲しくなる代物だ。箱の中にはまだまだ色々な生地があって、紅葉とか、私みたいに美しい桜とか、とにかく棄ててしまうのは勿体ないくらいだ。
「あれ、これは……」
見ていると、餡団子柄の生地が出てきた。
「お気に召しましたか?」
奥さんがにこやかに言う。
「思わず笑ってしまうような柄ですけれど、それでいて案外人気があったんですよ。だから調子に乗って、色々とお菓子柄を作ったものです」
「こういった生地で着物も?」
「ええ。着物から巾着まで、用途はたくさんです」
なるほど。もしかしたらあの子の、抹茶ぜんざいっぽい色味の柄の着物には、ここの生地が使われていたのかもしれないね。
「桜華」
時間を忘れて楽しく生地を見ていると、不意に名前を呼ばれた。振り返ってみた先に居たのは、笑顔でこっちを見る神酒。
「物は一通り確認した。問題なさそうだから、転居作業にかかろうか」
「えっあっうん、そうしよう」
報酬は折半する予定だったけど、私が貰うのは四割くらいにしておこうかな……。




