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【二】都合のいい報告

◇◇桜華◇◇


 森に入ると、途端に暗くなった。だけど逆に、私の心は明るい。調査の帰り、この森の入り口で偶然、仕事帰りの小町と合流できたからだ。


「——で、これがその新商品。試供品ってことで、いくつか貰ってきた」


 そう言い、小町は小さな箱を見せてくる。


「桜餅か。私、何回かしか食べた記憶ないなあ。でもかなり印象に残ってるよ。美味しいし、色なんか私みたいで可愛いし」

「……あたし、桜餅あんま好きじゃない」


 何故だか知らないけど、自分の事のように腹が立った。……なんて話をしながら歩いていると、木の上から物音がした。風は吹いていないし、第一、風ならもっと木の葉擦れが騒々しいはず。


「——あ」


 それと同時に、私の視界が大きく揺らぐ。気が付いた時には土に膝をついていて、眩暈はもう消えていた。同時に色々と起こり過ぎて困惑していると、「桜華、桜華」と私を呼ぶ小町のこもった声が、徐々に明瞭になっていった。


「ちょっと、大丈夫?」

「……大丈夫。疲れてるのかな」


小町に肩を支えてもらい、立ち上がった。そういえばあの物音は何だったんだろう。そう思って音がした方向に目を向けると、くりくりのおめめと目が合った。


「狐だ」


 小町が言った。男の子か女の子か分からないけど、とにかくその狐は私たちをじっと見ている。


「ほんとだ。珍しいね、こんなところに出るなんて」

「ね。……って、狐なんか見てる場合じゃないよ。疲れてるなら、さっさと帰って休まないと。残ってる家事はあたしがやるから」


 思い返してみると、今日は掃除がまだだ。


「ごめんね、小町」

「……あのさあ、こういう時は『ありがとう』じゃないの?」

「確かに。あんがとね、小町」

「どういたしまして」


 廃屋に帰り諸々を済ませて布団に転がると、何を思考する猶予も無く、私は眠りについた。


 その次の日は変に出歩かず、廃屋の前で休み休み素振りをするだけにしておいた。


 更にその翌日。今日は人と会う約束をしている。この前新たに増えた協力者、神酒(みき)だ。例の如く甘味処へ行き、山盛りのお団子を食べている彼女に声をかけた。


「おはよう、お待たせ」

「おはよう、桜華。あはは、ごめん、今食べ始めたばっかりなんだよね」

「大丈夫、待つよ」


 十分ちょっと待ち、お皿が空になった。立ち上がって食器を返却した神酒に、私は目的地を告げる。


「北の町に行こう。前に話したかもしれないけど、朱里さんと碧斗くんがそこの鍛冶屋に居るから」

「ちょっと気まずいけど……最後に会った時より私の気も晴れてるし、改めてちゃんと挨拶しないとね」

 

 鍛冶屋に着くと、庭の掃除に勤しむ小さな姿が見えた。それは無論、碧斗くんだ。またおやつか何か貰えるのかな。ふと、彼は掃除の手を止める。二人の客人に気が付いたようで、「桜華お姉さん、神酒お姉さん!」と嬉しそうに走って来た。その声を聞いたのか、朱里さんもまた蔵の陰からひょっこりと現れる。先に着いたのは碧斗くんで、彼は私たちの前で小躍りをし始めた。遅れてやって来た朱里さんは、感極まったって感じの顔で神酒を見ている。


「朱里さん。その……ご心配をおかけしました」


 私が「神酒に会えない」って話をしたから、朱里さんは神酒についてさぞ心配していたことだろう。


「……元気そうで何よりよ、神酒ちゃん。無事でよかったわ」


 彼女は涙目で神酒の手を取り、本当の娘と再会したかのような様子だ。そうしているかと思うと、唐突にはっとして私の方を見た。


「ああ、ごめんなさい。鍛冶屋にご用ですか?」

「鍛冶屋と言うか、鴨脚(いちょう)に」


 朱里さんはお待ちくださいと丁寧にお辞儀をする。もうすっかり慣れたようで、仕事姿が板についている。一分もしないうちに、鴨脚を連れて戻って来た。


「おう、来たか。……うん? 見ない顔だな」

「うん。えっと……」


 今この場には朱里さんと碧斗くんがいる。そのせいで言葉を詰まらせていると、鴨脚は私の心中を察してくれたらしく、振り返って「二人とも、仕事に戻ってくれ」と指示した。親子は頷き、遠くへ。


「紹介するね、鴨脚。この子は神酒。私たちの、新しい協力者だよ」

「協力者か、そうかそうか。俺は鴨脚だ、よろしくな」

「ご紹介にあずかった神酒だよ。よろしく、鴨脚」


 二人が握手を交わした。それから神酒は、自分の口で故郷の事や協力してくれることになった経緯なんかを話した。


「で、桜華よ。新しい協力者が加わって早々だが、超が付くほど有益な情報が入った。……いや、もはや有益どころの騒ぎじゃないかもな」


 何が言いたいのか分からず、私は首を傾げる。すると彼は「向こうで話そう」と鍛冶屋の客室を指さした。どうやら外で話せる内容じゃないぞと、それだけ理解して彼の背中を追う。


 お父さんや朱里さんたちが近くに居ないことを確認し、彼は机を挟んで反対側に座る私と神酒に神妙な顔を向けた。


「結論から言う。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……え?」


 思わず聞き返した。内容の衝撃が強くて、もしや頭や耳が壊れて聞き間違えたのかと、そう思ったほどだ。


「お前ら()()()()な。そいつは今日、刀を引き取りに来る爺さんなんだ」

「そのお爺さんは、何て?」

「おい、ちょっと落ち着けよ」

「そうそう。冷静にならないと、重要な事を見落とすよ」


 思わず立ち上がって大声を出した私は、鴨脚と神酒に宥められ、「ごめん」と座り直した。


「第一に」


鴨脚が言う。


「スサノオは単なる噂なんかじゃなく、現実に存在する組織らしい。少なくとも爺さんが目撃した時は、高祠之国(こしのくに)の南西にある、熊出(くまいづ)神社ってところを拠点にしてたんだとよ」

「熊出神社……」


 知っている場所で更に驚く。私と小町が暮らしている廃屋は南西の森の入り口付近にあるけど、当該神社はその森を南西に抜けるとある。行ったことは無いけど、確かに存在する。


「第二に——これはお前らも知っていることだろうが、スサノオは目的を果たすためなら、殺しも厭わない獰猛な組織だ」


 八尺瓊勾玉が欲しくて、神酒の故郷を滅ぼした。天叢雲剣が欲しくて、私や小町の家族を殺した。二つの事件の下手人がスサノオなのだとしたら、第二の話は言われるまでも無く理解していることだ。


「ねえ、その人、何者なの?」


 根本的な部分が気になった。スサノオに詳しいとなると、その人がスサノオの構成員って可能性を捨てきることは出来ない。もし構成員に、スサノオについて調べていることが知られたら……。今更何を言ってるんだって話だけど、いざこうなってみると不安だ。


「さあな。自分では、スサノオの長を知っているとかなんとか言っていたが……。まあ、この後来るんだから自分で聞いてみるといい」


 そっか、いつもみたいに鴨脚を経由するんじゃなくて、今日は直接話を聞けるんだ。いい時に来たかもしれない。こうもとんとん拍子に、それに()()()()()()()()()()なんて、神酒が味方になってくれて本当に良かった。

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