【一】黒い外套の組織
◇◇◇
「では、早速だが妾から報告しよう」
行灯によってのみ照らされた狭い畳の部屋で、高貴な服と刀を身に着けた女——天舞音が言う。座布団の上で胡坐をかき、刀を杖のようにして右肩に抱いた彼女は、紅い瞳を三人の部下——それでいて、同僚——に向けた。
「結論から言えば、神器、天叢雲剣は八岐神社にあったと考えるのが妥当じゃな。二年前の大量死との関係は、調査中じゃ」
事務的にそう言い、天舞音は口を閉じた。そして猫の如く背中が丸い同僚に視線を向ける。それに気付いた円背の彼女——五月雨は、吃りながらおもむろに口を開いた。
「ひ、東の村の事件で……い、生き残った男性の、は、話によると……八尺瓊勾玉を、だ、奪取したとみられる下手人は……く、黒い外套と、仮面で、顔を隠した、集団……です……。村人の遺体と共に、す、数体あった、黒い外套の、い、遺体が……その仲間だと、思われ、ます……。か、変わった形状の……ですから、高祠伝統の刀でない武器を、持っていたと、彼は語って……います……」
五月雨は話し終えると、間をおいて同僚の一人、防人の制服を着崩した不知火に目線を送る。
「はいはい、ウチの番ね。黒い外套、刀じゃない変な武器。この二つの特徴からして、この前報告した南西部の謎の集団と東の村を襲ったのは同じ穴の狢だって考えられる。それはつまり、アマネさんが言——仰った二年前の大量死事件の下手人とも繋がりがありそうってこと。ウチからはそんな感じ~」
続いて、不知火は目を別の同僚に向ける。ここに居る四人の中で最も姿勢よく座り、凛々しいとさえ形容できる女は十六夜だ。彼女はふうと一息つき、帳面を広げた。
「私の報告は二点。一つは、南部の村にある神の御鏡について。これと神器八咫鏡が同一の品か否かは、未だ判明していません。引き続き調査を行います。もう一つは、黒い装いの集団について。これに関しては、表舞台の人間より、闇に生きる悪人の方が情報源として有用でした。牢獄にて聞き込みを行ったところ、詳細な内容は話者によって変動しますが、大まかにとらえると次のような物語が顔を出します」
んんっと咳払いをして、十六夜は続ける。
「数年前、宝物殿が襲われるという事件が頻発した。現場の近くで黒い外套の集団を見た人間が居り、正体不明の黒たちは一種の怪異のような存在として語られるようになる。当該怪異は各地の宝物窃盗事件で度々目撃され、何かを探すように宝物殿を漁る事から、高祠之国で最も貴重な品、神器を探しているという噂が囁かれた。更に、その傍若無人な様を一部の人間は荒ぶる神に例え、スサノオと呼んだ」
十六夜は再度一息つき、帳面を閉じた。
「まあ、この盗賊集団スサノオという話は、あくまで噂にすぎません。ただ、その噂と現実に起きている事件の目撃情報が似ていてるのも事実。私は引き続き、神の御鏡とこのスサノオについて調査を進める方針です」
「盗賊集団スサノオ、か……」
天舞音は嘆くように、溜息混じりの声を漏らす。
「馬鹿げた御伽噺と笑うことは出来そうにないな」
彼女は「よし」と立ち上がり、各同僚に向かって言う。
「十六夜は神の御鏡について調査じゃ。五月雨、不知火、そして妾は引き続き八咫鏡を探そう。加えて、全員でスサノオについて調査を行う。じゃが、スサノオについてはあまり事を大きくするな。あくまで秘密裏にじゃ」
同僚たちが頷いたのを確認し、天舞音は部屋を後にした。将軍様のご機嫌取りという重大な任務を抱えた彼女は、多忙であるのだ。
「……やれやれ」
先ほどまでの凛々しさはどこへやら、気の抜けた声で十六夜は言う。
「ただの殺人事件、とはいかなそうだな」
「ね~。面倒だから自首してきてくれないかな」
「じ、自主なんて……するような、存在では、ないんじゃないでしょうか……?」
「アメちゃんやめてよ、その愚直な受け答え」
「すすす、すみません……! 腹を切って、お詫びを……」
「いや、そこまでしなくていいけど……」
巫山戯た会話をする同僚二人だが、一方で、十六夜は珍しく真面目な表情で口を開く。
「不知火。スサノオと思われる存在と、君は防人で唯一刃を交えている。正直な感想を聞かせてほしい」
「……結構、やばいと思う」
やばいという言葉が含む意味を嚙み砕き、「強いのか?」と問うた十六夜。彼女の質問に答えるべく、不知火は続ける。
「戦闘に関しても、確かにやばい。相手はたった七人だったのに、直感的に一人じゃ勝てそうにないって思っちゃった」
「だから、居合わせた桜華に協力を仰いだわけか」
「まあ、あんなんでも、居ないよりましだからね」
そう言いながら、不知火は黒い外套の七人と戦った時の様子を思い出す。囮くらいにはなるかと思っていた桜色の少女が、次々に敵を斬り伏せていく光景。あれは不知火に大きな衝撃を与えた。何故と言って、素人でしかないはずの少女が、不自然なまでに優れた戦闘能力を持っていたからである。鍛錬次第では不知火を超えてしまうのではないかと、そう思えたのだ。
「だけど、あいつらのやばさはそこじゃない」
不知火の言葉に、十六夜は首を傾げた。五月雨もまた、声は出さないが、視線でその言葉の意味の説明を乞うている。
「忠誠心と言うか、何と言うか。ウチと桜ガキに追い詰められたあいつら、全員、その場で服毒自殺したんだよ。気味悪かったな~」
「なるほどな」
顎に手を当て、十六夜は言う。
「戦闘能力や窃盗行為云々以前に、組織に対する帰属意識がすさまじいと。確かにそれは厄介だ。あはは、やばいの意味が分かったよ、はっきりとね」
これから、そんな組織を相手にしなければならない。十六夜は僅かに不安を抱いた。
「しかし、小職たちは防人……です」
平生より幾分か強い声色で、五月雨が二人に言う。
「さ、殺人組織、ご、ごときに、怖じるわけには……いきません!」
珍しい事もあるものだと、不知火と十六夜は全く同じ心持で顔を見合い、笑った。
「そうだな。私たちは防人だ」
「まさか、アメちゃんにそんなこと言われる日が来るとはね~」
三人とも立ち上がり、互いの健闘を祈る。そして拳を合わせ、彼女らは各々の仕事をしに向かった。




