表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
107/145

【二十五】桃が見た物語

 翌朝、小町と共に甘味処へ。神酒は既に到着していて、いつものお団子を食べていた。


「お待たせ。じゃあ、行こうか」


 あっという間に平らげた神酒が楽しそうに言う。勝負に勝ったら死のうとしている人間が、どうしてこうも上機嫌なんだろう。


「ところで、行先も何も聞いてないけど、何処へ行くの?」

「とりあえず、いったん南部の村に寄るよ。旅の目的にどうしても必要な《《人材》》が、そこに居るからね」

「へえ、桜華って顔が広いんだ」


 店にお皿を返し、三人で東に折れた。


 それから数時間で、懐かしい村の景色が見えてきた。木々の中に、隠れるように鳥居がある。神馬神社だ。せっかくだし、巫女の実稲(みいな)にも挨拶をしておこうか。


「おや、久しぶりだねお嬢ちゃんたち」


 鳥居の前を掃除していたおじさんに話しかけられた。彼は以前、悪魔崇拝者が悪戯しに来ないようにと、見張りをしていた人だ。


「こんにちは。実稲——巫女さんいらっしゃいますか?」

「ああ、境内に居るはずだよ」


 鳥居を潜り、神社の敷地内へ。拝殿へ行ったけど、実稲の姿は無い。ちょっと歩き回って、壁画の辺りで紅白の着物を見つけた。何人かの筆やら何やらの道具を持った人らに、指示出しをしている。


「実稲、久しぶり」

「あら? 桜華様に小町様、お久しぶりですね~。おや、そちらの女性は?」

「初めまして、神酒です」

「あらあら、初めまして~。神馬神社の巫女、実稲と申します~。どうかお堅くならず~」

「……そうかい? じゃあ、よろしくね実稲」


 十個も二十個も年が離れてるわけじゃあるまいしという、自分の十八番を先にやられた神酒。ちょっと面白い。


「ねえ実稲」


 二人の挨拶の間に、職人たちの作業を見ていた小町が言う。


「はい~」

「壁画、修復してるんだ」

「お気づきですか~? 仰る通り、修復しています~。あの一件以来、真実の歴史を明らかにする動きが盛んでして~、次々と資料が発掘されているんです~。つい先日も、この壁画の真の姿を模写した資料が発掘されたんですよ~。この不自然に削られていた部分にはやはり、姉妹神の妹様が描かれていたようです~」


 悪魔として爪弾かれた妹神は、歴史から抹消されようとしていた。それを今、こうして取り戻そうっていうわけか。


「ところで御三方は、どのようなご用件で~?」

「ああ、今日はね、生明(あざみ)に会おうと思って」

「あらあら、まあまあ~。そうと知ったらあの子、喜ぶと思いますよ~。桜華様と小町様が村を離れてから、ず~っと御二人の話ばかりしていますし~」


 だいたい予想はしてたけどさ……。今日会ったら怒られるんじゃないかな。遅いよってさ。


「じゃあ、私たちは生明の家に行くね」


 そういって離れようとすると、実稲に呼び止められた。


「お待ちください、お疲れでしょうから拝殿でお休みになってくださ~い。生明はこちらで呼びつけますから~」


 ちょっと申し訳ないけど……正直、確かに歩き疲れている。小町と神酒もそんな顔をしていた。


「そう? じゃあ、お言葉に甘えさせてもらおう」

「では拝殿へどうぞ~。そこの方、畑に行って、生明にお客様だと伝えてくださいな~」


 実稲が神職の男性に言った。彼は小走りで去る。ありがたいことにお茶まで出してもらい、拝殿で休んでいた。すると——


「桜華ちゃ~ん! 小町ちゃ~ん!」


 そんな声が偉い遠くから聞こえてきた。近くで言われたら耳がお亡くなりになるんじゃないかと、そう思わせるほどの声量だ。


「あはは、人気者だね二人とも」

「……あの子が特殊過ぎるだけだよ」


 ふと見ると、小町は隣で舟を漕いでいた。昨日も仕事があって疲れているとはいえ、よく寝ていられるね。微笑ましく思っていると、やがて大声の主が拝殿に姿を見せた。


「桜華ちゃん! 小町ちゃん! また会えて嬉しいよ元気だった? 怪我してない? 最近はよく眠れてる? 何して遊ぶ?!」


 なんか別れた時より幾分も激しくなってない? ふんふんと鼻息を荒くしていた彼女は、色々言ってからやっと見知らぬ人物に気付いたようだ。「はじめまして、神酒だよ」「はじめまして、わたしは生明!」と互いに名乗り、それだけで二人はもう打ち解けた。社交性の塊じゃん。それはともかくとして、生明も畑仕事があるだろうから、早速本題に入ろう。


「ねえ生明。私たち、ちょっと遠出しようと思ってるんだけど……生明も来られない? 数日がかりの小旅行になると予定で——」

「行く!」


 即答が過ぎる。まあ、生明が居ないと目的を果たせないから、来てくれるってのは助かるんだけどさ……。


「出発はいつ?」

「それは生明の都合に合わせるよ」

「じゃあ明日からでいい? 今日は畑仕事が半端だから」

「そんな急に行けるの?」

「うん。畑はお母さんに話せばどうとでもなるから」

「そっか。じゃあ悪いけど、そういう予定でお願いするね」

「うん!」


 とりあえず、今日は神社に泊めてもらうことになった。生明は「わたしの家でいいよ!」って言ってくれたけど、流石に美里さん——生明のお母さんに申し訳ないから断った。


 そして翌日、生明が合流して四人で目的地へ向かう。まずは城下町の北の方を目指した。神酒の提案で猪牙舟に乗り、あっという間に城下町北に到着。まだお昼過ぎだから、このまま最終目的地まで行ってしまうことにした。東に折れ、栄えた町を出る。景色は一気に、廃屋周辺と似たものになった。


「……見えてきた、あそこだよ」


 目的地を知らない神酒と生明に示すように言った。小町は俯いたまま歩いている。本当は私も俯きたいくらいだ。


「あれって……神社?」


 神酒が呟いた。彼女に続いて生明も「凄い、大きな鳥居だね」と感嘆の言葉を漏らす。私と小町はすっかり《《見慣れた》》鳥居だけど、確かに他の神社のものと比べると大きい気がする。


「さあ、到着。ここが目的地、《《八岐神社》》だよ」


 約二年ぶりに帰ってきた。全てが終わった場所であり、だけど同時に、全てが始まった場所でもある故郷に。境内に転がっていたお兄ちゃんやお姉ちゃんたちの亡骸は、流石にもう無い。防人か何かが、この二年の間に片付けたのだろう。砂利にも《《紅》》は見られず、新しいものに代わっていた。一方で、破られた拝殿の引き戸や崩れた椅子の配置なんかは、当時のまま残されている。


「旅の目的は、お参り?」


 神酒が首を傾げた。


「まあそれもそうだけど、本当の目的は違う。ねえ生明」

「何、桜華ちゃん」

「生明の能力の事、神酒に話してもいいかな?」

「え? うん、構わないけど……。っていうか、それならわたしから話そうか?」

「そうだね、じゃあ、お願い」


 生明は「うん!」と元気よく一歩前に出て、咳払いを一つ。すると神酒に向かって、結論から言った。


「私には、植物と心を通わせることができる能力があるの」

「へえ、植物と?」

「うん。例えば……神酒ちゃんの左足の下に居る葉っぱは、『てやんでい。さっさと退きやがれ、こん畜生!』って怒ってるよ」


 神酒の左足を見ても、葉っぱははみ出していない。だけど彼女が足を上げると……


「あっ本当に居る。ごめんね葉っぱくん」

「『分かりゃいいんだ、こん畜生!』だって」


 そういう口癖の人——いや葉っぱだったみたい。怒ってたわけじゃなさそうだ。


「つまり、こういう能力があるんだよね」

「へえ、面白いし便利そうだね。それで桜華、生明の能力がどうかしたの?」


 神酒が生明の能力を理解した。これで、《《すべての準備が整った》》ことになる。


「うん。それを踏まえて……神酒、私と《《勝負》》だよ。内容は昨日話したけど。いい?」

「構わないけど……。いったい、何をどうするの?」

「まあまあ。生明、ちょっとお願いがあるんだけど」

「なに?」

「鳥居の足元に、倒れた桃の木があるでしょ? あの子に、『君が倒れた日の夜、何か恐ろしいものを見なかった?』って聞いてみてほしいの。ちょっと怖いかもしれないから、気を付けて」

「恐ろしい、もの?」

「うん、お願い」


 不思議そうな表情を浮かべたけど、特に何も聞かず鳥居の方に駆けて行った。いつもより少し真面目だった私の口調と、何も言わない小町。これで何やら事情があるのだと、察してくれたのかもしれない。


「さて神酒。この後、生明は桃の木が見た物語を話してくれるだろうけど……その物語で、神酒に生きる意味を与える。覚悟は良い?」

「あはは、楽しみにしておくよ。ところで、八岐神社だっけ? 桜華はここに詳しそうな口ぶりだけど」


 そういえば、まだ話してなかったか。


「ああ、ここはね、私と小町の故郷と言える場所なんだ」

「故郷……?」

「そう。ね、小町」

「うん。八岐神社は、あたしと桜華が育った場所。身寄りのない赤ん坊——即ち孤児(みなしご)だったあたしらを、宮司の《《お父さん》》が引き取って育ててくれた。無論あたしらだけじゃなくて、孤児としての兄や姉も沢山居た」


 へえと、声と息の中間みたいなのを漏らしながら神酒は拝殿に目をやる。


「じゃあ今日は、そのお父さんと兄弟姉妹に挨拶しに来たの?」


 そう言われて、不意にあの日の光景を思い出してしまった。どれくらい間が空いたか分からないけど、私は喉の奥から搾り残滓(かす)みたいな声を出した。


「ううん、違う。と言うか、それはもう叶わぬ願いなんだよね、したくても」

「……どういうこと? さっきから全く話が見えないんだけど」

「もうすぐ見えるよ。生明が戻って来れば、例えどんなに嫌でもね。同時に、それが私と神酒の勝負を決する鍵になる」


 尚も疑問が尽きないといった様子の神酒。そこへ、噂をすれば何とやら、生明が帰って来た。やっぱり酷だっただろうか、彼女は顔を真っ青にして少し震えている。


「桜華ちゃん……。確かに、桃の木は《《それ》》を見てたよ。でも、でも、本当にあったことなの? ここは桜華ちゃんと小町ちゃんの故郷だって《《彼》》は言ってたけど……あんな《《悍ましい出来事》》を、二人は……」


 平気で噓を吐くのは人間だけ。生明は以前、狼探しの時にそう言った。彼女の頭を撫で、とりあえず落ち着いてもらう。「ほら、深呼吸」と促すと、ちょっとは冷静になってくれたように見える。


「生明。《《彼》》が言ってたこと、教えてくれる?」

「……うん」


 彼女はもう一度深呼吸をした後、恐る恐る口を開いた。


「『《《それ》》は、大雨に雷に、とにかく酷い嵐が襲った日の晩のこと。草木も眠る時間に、日中の雷で倒れた《《我》》の横を真っ黒な集団が通り過ぎた。参拝客ではなく、神への敬意も何も持ち合わせていない不逞の輩。彼奴等は境内中から子供を攫って来て殺し、果てに宮司も殺した。そして、祭壇に御座(おわ)していた《《天叢雲剣》》を持ち去った』」


 一度冷静になった生明だけど、また声が震え始める。予想だにしていなかったのだろう、神酒も僅かながら震えていた。


「『彼奴等は黒い外套と頭巾によって闇夜に紛れ——巫山戯(ふざけ)た仮面で顔を隠していた。《《我》》が見たのは——』」


 何かに気が付いたのか、神酒が「え」と声を漏らした。さっきの私と同じような、喉の奥から出た搾り残滓(かす)みたいな声だ。


「『《《火男》》、《《能面》》、そして《《髑髏》》』……桃の木は、そう言ってたよ」

「火男、髑髏……それって、それって、もしかして……!」


 驚きの声を上げる神酒をよそに、私と小町は何も言えなかった。生明が——桃の木が語った物語からして、八岐神社を襲った悪党と東部の村——神酒の故郷を襲った悪党は同一の存在。目的はおそらく、高祠之国の三神器を手中に収めること。それが《《盗賊集団スサノオ》》か否かは分からないままだけど、少なくとも私と小町の《《推論》》は間違ってなかった。


「……聞いたでしょ、神酒。私と小町の恨むべき相手と、神酒の恨むべき相手は同じ」

「そう、みたいだね」

「打ち明けるとね、神酒。私たち、家族を殺されたことの復讐をするだけの為に生きてるの」

「復讐? 火男とか髑髏に、報復するって事?」

「そう」


 重い沈黙が、私たちを圧し潰した。このまま体内の臓物をばらまいてしまうんじゃないかと、そう思うほど重かった。それを破ったのは、神酒だった。


「桜華の言いたいことは分かった。私にも、その復讐劇に参加しろって言うんだね?」

「ご明察。悪党なんぞの為に死んでやることはない。どう? 同じ恨みを持つ者同士、《《仲良くしようよ》》」


 神酒は目を丸くしたが、直後に微笑んだ。そのまた直後に溜息を吐いて、呆れたような顔になる忙しい神酒。


「……これ、私に生きる意味を与えられるか如何かって勝負だったよね」

「うん」

「……あはは、《《私の負け》》だよ。まさか同じ相手に二回も負けるなんて、夢にも思わなかった。……桜華、それに小町。君たちの復讐……私にも、手伝わせて」

「勿論。改めてよろしく、神酒」


 右手を差し出すと、神酒は迷いなく握手に応じてくれた。私との握手が終わると、今度は小町とも同じようにする。


「あの~桜華ちゃん」


 不意に、気まずそうな生明の声がした。私が自分で連れて来たのに、彼女を置いてけぼりにしてしまっていた。


「ああごめん、生明。こっちでばかり話してて」

「ううん、それはいいの。……ねえ、わたしにも出来ることはある?」

「……え?」


 全く予想していなかった生明の言葉に、私はただ呆けることしか出来なかった。あんぐりと口を開け放す私に、彼女は続けて言う。


「桜華ちゃんや小町ちゃん……それに、神酒ちゃんが困っているんでしょ? だったら、友達であるわたしも力になりたいの!」


 困った、生明はこうなったら頑なだ。薬袋と似た何かを感じる。彼女の前でぺらぺら話すべきじゃなかったかもしれない。危ない事に巻き込むのは気が引けるし……。どうしようか考えていると、不意に実稲の言葉が脳裏に蘇る。


——あの一件以来、真実の歴史を明らかにする動きが盛んでして~、次々と資料が発掘されているんです~


 そういう事なら、あれについて調べが進むかもしれない。


「じゃあ、生明。村に伝わる《《神の御鏡》》と《《八咫鏡》》っていう高祠之国の秘宝に、何かしら関係があるか如何か、もしくは同一のものか如何か……それを、村の資料で調べてみてくれる?」

「分かった、わたしに任せて! えへへ。これでわたしも、桜華ちゃんたちの役に立てる!」


 さてと、頼もしい仲間が二人も増えたわけだし……。


「じゃあ、とりあえず、城下町に戻ろうか。遅くならないうちに」


 日没を言い訳にしたけど、実際は早く神社を出たいだけだ。ここに居ると、余計な事ばかり思い出してしまう。無論、ここでの十五年間が嫌だったわけじゃない。大河お父さんや、吉平、宣長たちとの日々は本当に楽しかった。あの生活で学んだことが、未だに私の礎となっていることは、言うまでもない。だけど、終わり方が最悪だった。終わり良ければ全て良しという言葉があるが、であれば逆もまた然り。そういう訳だ。


「あっ、やっぱちょっとだけ待ってくれる? 小町、部屋に何か持って帰れるものが残ってるかも」

「確かに。見てみようか」


 拝殿前に神酒と生明を残し、私と小町がかつて使っていた部屋へ。最低限のものはあの日持って出たが、特に着物なんかは追加があると有難い。そう思い、押し入れを漁った。


「あたしはこんなもんかな。三着、まだ着られそうなのがあった」

「え~まじ? 私は全滅。当ててみたけど、どうも微妙に着心地が悪くて駄目だ」

「大福ばっかり食べてるから、太ったんじゃない?」

「いや、お腹とか腰回りは平気だよ。だけど、いかんせん胸の方が……って、何その怖い顔。やめてよ、泣くよ?」

「は? 泣きたいのはこっちなんだが? 畜生……。栄養状態は同じなのに、同じなのに……!!」


 また出た。小町は時折、今みたいなことを言いながらむくれることがある。毎回、それ以上荒れないように気を付けるしかないこっちの身にもなってよ。


 二人と合流し、城下町へ。その頃には陽が落ち始めていたため、神酒が宿で一泊奢ってくれた。四人一部屋でね。ごろごろしてるだけでご飯が出て来る仕組みを最初に作った人、天才過ぎる。


 翌日はのんびり昼前に宿を出て、生明を村まで届けた。残る神酒と私たちも、南西部の甘味処でおやつを食べてから解散。今回の遠出には大きな収穫があったけど、その分、どっと疲れた。身体的にも、精神的にもね。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ