【二十四】彼女に生きる意味をもう一度
◇◇桜華◇◇
調査の帰路で、仕事帰りの小町に会った。
「って事は、掃除はまだだね?」
「ふっふっふ~。なんと、今朝やってから家を出ました!」
「は? 珍し、槍でも降る?」
失礼な。あまりにも失礼な。そう、茶番劇を繰り広げていた時。
「うっ——」
不意に、小町がそんな声を出した。何かと思って見ると、何者かが手で小町の口を塞ぎ、短刀を彼女の頸にあてているではないか。
「……あんた、この前の!」
黒い外套と頭巾、般若の仮面。間違いない。先日、尾行の末に襲って来たあいつだ。
「小町を離して。その子に傷一つでもつけたら許さないよ」
相変わらず黒は何も言わない。その代わりなのか、奴は小町に何やら耳打ちしている。やがて小町が口を開いた。
「『私と本気で戦え』って、そう言ってる」
「……なんのつもり?」
黒は答えず、ただ短刀を強く握り直した。
「分かった分かった、戦えばいいんでしょ? 従うから、さっさと小町を解放して」
鯉口を切った。そのまま抜く。すると黒は、やけに丁寧に小町を解放し、その場に座らせた。いったい、あいつの目的は何なんだろう。不知火に報告しなかったことを悔みつつ、私は相手の出方を窺った。
——来る!
短刀を振り上げて突進してきた。相変わらず駄目駄目な太刀筋であり、簡単に回避出来てしまう。鴨脚の篭手で弾くまでも無い。かと言って、油断は禁物だ。こいつと戦っていると、どうも調子が狂う。前回もそうだった。
「——桜散火!」
当たらない。かなり至近距離——相手が爆散してしまわないか心配なほどの近さで放ったけど、黒は奇跡的に後転して避けた。滅茶苦茶な戦い方なのに、やっぱり決めきれない。
「あらよっと」
今度は突いてきた。速度が遅いから難なく回避できたけど、今のは良い作戦だったと思う。自分より長い刀を持っている相手の懐に潜りこんで刺す。賢い選択だったけど、私と比べても未熟なこいつに実現は不可能だ。
「ねえ、力の差は圧倒的だと思うけど。それでもまだやる?」
敵は黙ったまま切っ先を私に向けた。
「あっそ。だったら、牢屋にぶっこまれる覚悟はいい?」
刀を左に構えて走った。相手は一歩一歩下がっている。
「そんな屁っ放り腰じゃ……!」
勝った。このまま右に払えば、まず間違いなく相手の胸辺りを捉えられる。もし避けられそうなら、勢いを殺さないまま火花で吹っ飛ばしてやればいい。そんな事を考えながら走っていた私だけど、突然、天地がひっくり返るような感覚になった。
——なに?
——まさか、転んだ?
やはりそうだった。足元に植物の根っこがある。それが地面から半円みたいに飛び出ていて、憎たらしい事に私の足を引っかけていた。地面が顔に近付いてくる。
「桜華!」
叫ぶ小町の声も、やたらとゆっくりに聞こえた。それに加えて、またあの声が頭の中に響く。もう何度も聞いた、止まった世界で私を操ろうとするあいつだ。
「あれれ~桜華。こんな所で終わらないよねえ?」
私を煽るような嫌味ったらしい言い方だった。当たり前でしょと、頭の中で怒りのままに唱える。
「ふふふ、そうでなくちゃ。だったら、このまま体を捻って、その勢いであれを放っちゃいなよ」
——言われなくても!
「——桜散火!」
転ぶ直前、私は体を捻り、地面に背を向けた。勢いそのまま刀を振り払い、火花を散らす。刃自体は当たらなかったし敵まで少し距離があったけど、いい不意打ちになったようだ。般若の仮面はそいつの顔から離れて宙を舞い、黒自身も尻もちをついた。すぐに立ち上がり、この真っ黒つきまといの素顔を——
「…………え?」
絶句した。二回も私に襲い掛かり、剰え小町を人質にしてまで勝負を挑んできた相手。その正体が、まさか再会を望んでいた友人だとは思わなかったからだ。
「神酒、なの……?」
「……あはは、ばれちゃった。言い逃れは出来そうにないね」
「ねえどういう事? 何で襲って来たわけ? 説明してよ。こっちはずっと神酒に会いたくて探してたのに」
「……ごめん」
神酒は頭巾を脱いで短刀を鞘に納め、ただ俯く。
「ごめんじゃ分からないよ。説明してってば!」
「自分じゃ死ねないから、桜華に斬ってもらおうと思ってね」
「はあ? 全く説明になってないけど」
声を荒らげて言うと、神酒はようやく、不承不承と言った様子で語り始めた。
「前に言ったよね。私は一度、人生を大きく揺るがすくらいの大負けをしたって」
「……それって、神酒の故郷の事?」
「あれ? あはは、知ってたんだ」
「ちょっと前に、朱里さんから聞いた」
それなら話は早いと、神酒は更に言う。
「何もかも失った私の、唯一の生きる意味が、恩人である朱里さんとその息子を幸せにすることだったんだよ。でも、それももう成し遂げた。だから、終わろうと思ったんだ」
「それで何で私を襲うわけ?」
「……自害もいくつか試みたんだけど、あはは、私、度胸が無くて出来なかった」
「だからって、私に殺人の罪を負わせようとするなんて」
「そうだね、それに関しては本当に申し訳無いと思ってる。ごめんね。言い訳でしかないけど、冷静じゃなかったんだ。自分の事しか、考えられなくなってた」
色々と思うところはあるけど、神酒にも事情がある。私と同じく何者かの襲撃で家族も何もかも失った神酒を、どうしても責め立てる気になれなかった。
「分かった、この件はもう忘れる。代わりに教えてもらいたいことがあるんだけどいい?」
「いいよ。どうせもう幾許もこの世に居るわけじゃあるまいし、何でも聞いてよ」
「……神酒は、村を襲った奴らをちょっとでも見た?」
そう聞くと、神酒は目を見開いた。そんなこと聞いてどうするんだと、そんな疑問が言葉に依らず伝わってくる。
「見たよ、本当にちょっとだけど」
居た。見つけた。あの事件の目撃者は、こんなにも身近に存在したんだ。
「どんな奴らだった?」
「そうだなあ……丁度、今日の私みたいな奴らだよ。黒い外套を着てて、頭巾と仮面で顔を隠してた。確か、火男と髑髏の仮面を見た気がする」
「火男と髑髏ね……。他には、何か知ってることはある?」
「いいや。私も、逃げるので精一杯だったから」
「そう……。情報あんがと、神酒」
「あはは、お安い御用だよ」
そう言い、神酒は般若の仮面を拾い上げた。
「桜華、小町。その……迷惑かけてごめんね。どうにか、違う方法を試してみるよ。もしかしたら、会うのはこれが最後かもしれないから——」
「生きる意味があれば!」
縁起でもないことを言いながら去ろうとした神酒。私は大きな声で彼女の言葉を遮り、呼び止めた。
「うん?」
「生きる意味があれば、神酒は二度と、そんな巫山戯たこと言わない?」
「……どういう意味?」
「言葉通りの意味だよ」
朱里さんと碧斗くんを救うという使命があったから、神酒は絶望後も暫く生きた。その目標を完遂したが為にもう死のうというのなら、別の目標があれば神酒はまた生きる道を選ぶのかと、そういう単純な問いだ。
「……多分ね」
「そう。じゃあ神酒、私と勝負しよう」
「勝負?」
「うん。実は明日から何日か、小町と遠出することになってるの。それに神酒もついて来てよ」
振り返った彼女の顔には、疑問が満ちきっている。だけど彼女は断らない。断る理由が無い。だって彼女には、死ぬだけの度胸が無いから。生きる選択肢があるのなら、神酒は絶対に乗って来る。この確信が間違っているというのなら、なんで私に殺してもらおうなんてまどろっこしい事を考えるに至ったのか、まるで説明がつかない。
「その行先で、私は必ず神酒に生きる意味を与えてみせる。もし与えられなかったら、私はもう神酒に干渉しない。好きにすればいい」
「へえ。いいね、面白い。何もかも失った私に、生きる意味を与える? そう簡単に出来ることじゃないと思うけど?」
「さあ、それはどうかな」
挑発気味に言うと、神酒は数秒思案した後で「乗った」と返してきた。よしよし、これで勝負は成立した。神酒に生きる意味を与えられるかどうか。それは、私や小町の推論が正しいか否かにかかっている。極単純に考えて勝率は二分の一。さて、どうなることやら。
「じゃあ神酒。明日の朝、いつもの甘味処で待ってるから。絶対来てよ、負けるのが怖いからって逃げるのは無しだからね」
「あはは、上等」




