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【二十二】黒い外套の般若

 今日も、神酒と会うことはできなかった。調査そっちのけで彼女の家と甘味処とを往復するっていう、不審者みたいなことをずっとやってたけど駄目。一粒万倍が潰れたから、事に依ったら他の賭場に行ってるのかもしれない。そう思い、明日からは一粒万倍以外の賭場が無いか探してみようと思い立った。その帰り道のこと……。


——尾行されてる


 廃屋がある森と、南西部の町の間。丁度人気(ひとけ)が無くなるその辺りで気が付いた。振り返っても姿は見えない。だけど確実に何かが私の後を追って来ている。そんな気配がした。何者か知らないけど、家を知られるのは避けたい。そう思い、廃屋とは違う方向に足を向けた。


——そろそろいいかな


 暫く無関係な方に歩き、森の中で目隠しはあるけど開けた場所に出た。ぱっと振り返り、姿無き気配に向かって声を掛ける。


「何者だか知らないけど、あんたが美少女の気を引く方法って、そうやってこそこそ背中を追いかけることなの? だとしたら考えを改めた方が良いよ、気は引けても、こっちは別の意味で引くだけだ……か、ら…………」


 私の言葉を聞きながら、それはゆっくりと陰から現れた。全身を黒い外套で覆い、頭巾と不気味な般若の仮面で顔を隠した存在だ。


「どちらさん?」


 聞いてみたが、返事は無い。問いに答えるどころか、無言で短刀を抜くではないか。咄嗟に私も柄を握り鯉口を切る。見合う時間なんてものは無く、黒が突然走り込んできた。


——遅い!


 短刀を何度も打ち込んで来る。だけどそのどれもが遅く、簡単に弾けてしまう。静かな森に丁々発止が響き渡る。相手の攻撃はかなりの高頻度だけど、太刀筋が滅茶苦茶で無駄が多い。私も人の事を言えた義理じゃないけど、碌に刃を交えた経験も無いんだろうと簡単に分かった。


「——桜散火(さざんか)!」


 横一文字に振った刃の軌道に桜吹雪が出現。直後に火花となって、散る。だけど決着はつかなかった。黒はどうやら、運良く後ろに転げて回避したらしい。立ち上がり、勢いそのまま突進してくる。けど、これも駄目。激しい動きをして疲れたのか、身体の軸が乱れに乱れまくっているのだ。


——悪いけど、ちょっと眠ってもらおう


 そう思い、私は再び桜散火を構えた。しかしその瞬間——ばたばたという低い音が聞こえ、ほぼ同時に、右側頭部に痛みが走る。


「な、なに?」


 その正体はすぐに分かった。蝙蝠(こうもり)だ。どこからともなく現れた蝙蝠が、私に激突した。幸いそっちからの被害は痛みだけだったけど、黒の突進はもう眼前まで迫ってきている。この距離で桜散火を使えば、もしかしたら殺してしまうかもしれない。——短刀が振り上げられる。私は咄嗟に左腕を前に出して、鴨脚の篭手で攻撃を弾いてやった。黒は数歩下がり、息を整えている。


「いい加減に教えてくれない? あんた、何処の誰? 何で襲い掛かって来るわけ? 私を殺しても、美少女と一生一緒なんて妄想は叶わないけど?」


 やはり黒は何も言わない。言う余裕が無いのかもしれない。まだ、肩で息をしているようだから。くどいようだけど、辻斬りとか鬼とか、謎の御先と戦った私には分かる。……やっぱりこいつ、素人だ。——なのにどうして、私は()()()()()()()()()んだろう。さっきから絶好の機会は何度かある。桜散火の火花でぶっ飛ばせる決定的な瞬間だって二回あった。それでも、私は黒とまだこうして睨み合っているんだ。斬り合い以外の何かが、勝負の行く末に影響を与えている……?


「ああもう、執拗い!」


 また突っ込んで来る。今度こそ終わらせてやろうと、数回弾き返した後に一歩踏み込み——


「う、嘘っ?!」


 右足に力を込めて踏ん張った結果、私は大きく体勢を崩してしまった。よりによって、その部分だけがぬかるんでいたのだ。思わず左手と膝を地面についてしまう。ここぞとばかりに駆け寄る足音が聞こえた。


——まずい、斬られる……!


 冷静さを欠いた私は、思わず目を瞑って体を縮めてしまった。ひゅんと、短い刀身が空気を裂く。やがてそれは私をも切り裂——かなかった。どうしてか、森の静寂以外は何も感じない。痛みを感じる暇も無く死んでしまったのかと、私は恐る恐る目を開けた。


「……え?」


 刃は、私に届く直前で止まっていた。いや、より正確には()()()()()()()。私が防いだんじゃない。第三者が介入したわけでもない。他でもない、黒本人によって止められていたんだ。せっかく私を追い詰めたのに、奴は私を傷付けなかった。


「何なの、あんた……?」


 黒はやはり質問に答えず、短刀を鞘に納める。そうかと思うと、消え入るような小さな声で「駄目か」とだけ呟き、走り去ってしまう。追いかけようかと思ったけど、立ち上がって脱げかかった草履を直した頃には、もう奴の姿は無かった。森に誘い込んだのは悪手だったかな……。


 泥を払って私もその場を離れた。追って来てないみたいだ。いったい何だったんだろう……。格好からして以前戦った七人御先のお友達と考えるのが妥当なんだろうけど……どうしても、あいつの剣の未熟さが気になるところだ。何故と言って、あの御先たちは——七人居たとはいえ——不知火ほどの実力があっても、私に協力を求めるくらいの存在だったからだ。戦っていなくても、あいつらからは、なんとなく殺気と言うか妙な圧力を感じた。さっきの奴にはそれが無かった。


 ……不知火には、この件には首を突っ込むなと言われたけど、こんな風に襲撃されたら突っ込まざるを得ない。大変な事になる前に、どうにかして不知火か誰かに報告すべきだろうか。いやでも……。防人を頼る事への敷居が、私の中でどんどん低くなっている気がする。あいつらは無能な組織で、信頼に値しない。そう、理解はしているんだけど……。


 うだうだ考えるのは止めにした。とりあえず帰宅しよう。小町には、今日の事は言わないでおこうかな。また寝込んじゃったら可哀想だし。

 その翌日は、あんまり出歩かない事にした。廃屋の前で朝夕素振りを繰り返す。いつ襲ってくるかなと心配していたけど、小町が帰って来るまで廃屋の周囲には誰も来なかった。


——本当に、何だったんだろう


 それでも、心配なものは心配だ。いつ寝込みを襲われるか分からない。そう考えると、なかなか寝付けなかった。


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