【二十一】故郷も家族も友人も
◇◇桜華◇◇
一人で寂しく監視という任務を遂行していると、足音が聞こえてきた。木箱に隠れながらこっそり覗いてみる。月光に照らされる見知った顔たちが、私の目に飛び込んできた。小町と神酒と……朱里さんだ。朱里さんは右足を引き摺っていて、二人に肩を支えてもらっている。怪我でもしたのかな……。
「お待たせ、桜華」
小町が小声で言う。続いて神酒が「友達の桜華だよ」と朱里さんに紹介してくれた。こんな状況だから、挨拶はお互い簡単なもので済ませる。もう良いかと、頭巾を外した。
「朱里さんの足、どうしたの?」
何か大変な事があったのかもしれない。そう思って聞いてみると、朱里さんが口を開いた。
「いえ、すぐそこで挫いてしまっただけです」
「それより、さっさと行こう」
神酒が言った。
「そうだね。もう一歩で作戦成功だし」
そう言い、私は窓から覗くための足場に使っていた箱を片付けた。この頃には、経営者たちは全員酔い潰れて夢の中だ。朱里さんが脱走しているなんて、考えもしていないだろう。知らぬがなんちゃらってやつだね。
それから、四人で防人の西部駐屯所へ向かった。その途中で、朱里さんに作戦を伝えてある。あくまで朱里さんが独断で脱走した事にしてほしいこと。それと、景品としてもらえると言われていたお宝についても言及してほしいこと。この二つが主だ。
「じゃあ朱里さん。私も小町と桜華も、ここまでにするね。あとはすぐそこの駐屯所に駆け込んで、手筈通りに防人に話してくれればいいから」
「分かったわ、神酒ちゃん。小町さんに桜華さんも、本当にありがとうございます。この御恩は一生、決して忘れません」
そう言い、朱里さんは自力で駐屯所へ入って行った。やれやれ、これで、あとは成る様にしか成らない。本当は宴会でもしたい気分だけど、生憎、今は真夜中。お店は何処もやっていない。甘味処なんて尚更だ。
「じゃあ、私たちも解散しようか。桜華、小町、今日は本当にありがとうね」
「こっちこそあんがと、神酒。これで碧斗くんも泣かずに済むね」
「役に立てたなら、あたしも嬉しいよ」
「何言ってんの、小町が居なかったら警備をどうにもできず詰みだったよ」
神酒は嬉しそうに小町の肩をぽんぽん叩いている。あとで何があったか聞いてみようかな。最後に神酒と握手を交わし、各々帰るべき場所へ散った。私の次に綺麗な満月が闇を照らしている。本当は大人しくお月見でもしたい夜だけど……まあ良いか。これで碧斗くんが救われ、八咫鏡についても少し分かる可能性が生まれたなら満足だ。
それから数日後、町に防人の掲示が出た。行方不明だった朱里さんが無事に帰った事、彼女の証言により一粒万倍は強制捜査を受けた事。経営者たちが逮捕され賭場は完全閉鎖。そして、見世物にされていた人たちが——一部、脱獄犯などの極悪人を除いて——みんな解放されたとの事だ。良い知らせだけど、私が気になっているのはそれじゃない。人ごみに揉まれながら、続きに目を通す。
「花形選手への景品として闘技場経営者から提示されていた宝物は偽りで、経営者らが実際に保有しているという実態は確認できず……か」
それ即ち、あの賭場にも八咫鏡は無かったって事になる。本当、何処にあるんだか。でもまあ、今回は碧斗くんを救えたんだし、良しとしよう。
改めて神酒と話をしたかったんだけど、あの夜から一回も、例の甘味処で会うことはできなかった。家を訪ねても不在で、何処に居るのか全く分からない。今日も彼女の家に行ったけど駄目だった。不安だけど……まあ、すれ違ってるだけだよね。そう楽観しながら、帰りに朱里さん親子が住む長屋に寄ってみた。戸を叩いて呼びかけると、朱里さんが出て来た。彼女の後ろには、すっかり笑顔になった碧斗くんの姿もある。
「先日は本当に、ありがとうございました。それに、碧斗がお世話になったようで……本当に、なんとお礼申し上げたらいいか。ほら、碧斗もお姉さんにお礼を言いなさい」
「桜華お姉さん、お母さんを助けてくれてありがとう! あと、豆大福もありがとう!」
「ふふ。いいんだよ、気にしないで。またお母さんと一緒に暮らせて良かったね」
「うん!」
碧斗くんの笑顔を見ていると、何だか私まで元気になってくる。そう思っていると、ぐうと、碧斗くんのお腹が鳴った。
「……ご飯、食べられてないんですか?」
「しばらく無断で行けませんでしたから、以前までやっていた仕事を辞めさせられてしまって。今は、少ない貯金と荷物運びの簡単な仕事で繋いでいます。ですが、長屋の家賃を考えると……食べ盛りの碧斗に、お腹いっぱい食べさせてあげられないのが現状ですね……」
無断ったって仕方ないじゃんね。個人的な文句はさて置き、それは由々しき問題だ。私と小町は家賃が無いから生活できてるけど、普通はこうなるんだよね……。どうにかして助けられないか。考えていると、案外ぱっと解決策を思いついた。
「朱里さん。明日一日、お時間いただけませんか? もしかしたら、いいお仕事を紹介できるかもしれません」
「えっ? ほ、本当ですか? 時間はいくらでもありますから、ぜひお願いしたいです……!」
それから更に、半月くらいが経った。今日はちょっと用があって、鴨脚の鍛冶屋に向かう。捜査の進捗確認もそうなんだけど、それよりも、もっと大切な用事だ。
「いらっしゃいませ」
鍛冶屋の門を潜ると、庭の掃除をしていたのであろう女性が駆け寄って来た。綺麗な着物に身を包み、髪を整えて清潔感に溢れる彼女は……朱里さんだ。
「桜華さんでしたか。鍛冶屋に御用でしょうか?」
「いえ、ちょっと様子を見に来ただけです。それと、鴨脚と話も。どうですか、鍛冶屋の仕事は」
半月前、私は鴨脚に朱里さんを紹介した。彼のお母さんがやっていた受付の仕事を、代わりにやってくれる人手が欲しいって言ってたからね。
「刀の事はなかなか難しくて、勉強の毎日です」
聞くだけだと辛そうだけど、朱里さんの顔は今ままでに見た中で一番輝いている。
「でも今、すごく幸せですよ。お仕事をくださって、お給料もくださって……このような立派なお家に、親子共々住まわせてくださるんですもの」
鴨脚に朱里さんを紹介した時、大体の事情は彼に話した。すると彼も彼のお父さんも、快く碧斗くんも含めて住み込みでの従事を許可してくれたのだった。
それから彼女に、鴨脚を呼んでもらった。
「よう、来たか。残念だが、まだ新しい情報は無いぜ」
「いい別に。今日は、朱里さん親子の様子を見に来るってのが主だったから」
「そうか。お前が連れて来たあの二人、なかなかいい働きぶりだぜ」
「二人?」
働き手は、朱里さんしか紹介した覚えが無い。いったい誰の事だろう。首を傾げていると、鴨脚が「ははは」と笑った。
「碧斗だよ。あいつも、客へのお茶出しなんかを手伝ってくれるんだ。給料だって言って豆大福をやったら、大喜びしてたぜ」
「ふふ、そうなんだ。鴨脚、二人を受け入れてくれて、あんがとね」
お礼を言うと、彼は何か珍しいものを見るかのように私を見た。お礼くらい、いつも言ってるのに……。
じゃあと言って彼とも別れ、鍛冶屋を後にする。今度は門の掃除をしていた朱里さんと会釈を交わし、廃屋へ——向かう前に、振り返った。もう一つ、朱里さんに聞きたいことがあるんだった。さながら不審者のような挙動を見せた私に、彼女は少し驚いたように見える。
「朱里さん。神酒が何処に居るか分かりません?」
「神酒ちゃんですか? お家には?」
「何回か行ったんですけど、会えなくて」
不思議そうな顔をする朱里さん。以前から交流があったらしい彼女でも、居場所の心当たりは無さそうだね。……ちょっと気が引けるけど、ちょうどいい機会だから神酒と言う人間についても聞いてみようかな。
「朱里さんは、どこで神酒と知り合ったんですか?」
「南西部の町の、甘味処の近くで会ったのが初対面です。あの子、青白い顔で千鳥足で、ぼろぼろで……今にも倒れてしまいそうだったんですよ」
あまりにも意外過ぎた。神酒が、まさかそんな風になるなんて。もしかして、彼女が言っていた大負けと関係してるのかな……なんて勝手に妄想する。
「話を聞いてみるとお腹が空いているようでしたから、甘味処でお団子をご馳走したんです。そうしたら……私のことを恩人だなんて言いだして」
それで神酒は、いつもあのお団子を食べてたんだ。
「今の神酒からは、想像もできませんね」
「そうですね。実際、あんなにも消耗している神酒ちゃんを見たのは、あの時が最初で最後です。その後偶然町で会った時には、もう綺麗な身なりで元気そうでしたし。それに、私が仕事に行っている間に碧斗のお世話までしてくれていたんですから、神酒ちゃんの生活には余裕すらあったんだと思います」
きっと、その時にはもう賭場か富籤で無双状態だったんだろうね。そうでなきゃ、急過ぎる変わりようを説明できない。
「そもそも神酒は、どうしてぼろぼろだったんですかね」
「それは……故郷や友人や家族、全てを失った虚無感、でしょうね」
「え? それは、どういう……?」
神酒に関する、とんでもない情報を聞いてしまった気がする。全てを失った。あの神酒が? 豪運で常に勝利し、余裕そうに笑っている彼女が? 神酒はあの笑顔の裏に、大きな闇を抱えてるっていうの……?
「神酒ちゃんから聞いていませんか? 以前、とある村が何者かの襲撃によって壊滅してしまった……という事件があったのは覚えていらっしゃいますか? 確か月食があった日です」
「それって東の、丘の上の?」
「ええ。神酒ちゃんは、その村の生き残りなんですって」
「神酒があの村の……生き残り…………?」
——人生を大きく揺るがすくらいの、とんでもない大負け。これは神酒の言葉だ。故郷も友人も家族も、全部失ったのだとしたら、それは確かに人生を揺るがす大負けと言えるよね。それともう一つ。神酒があの村の出身なら、彼女は八尺瓊勾玉について知っているはず。当初は作戦成功の余韻に浸りたいだけだったんだけど……もういくつか、神酒に会わなきゃいけない理由ができた。




