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【十九】脱走作戦、月下にて

 気が気じゃない二日間を過ごし、三日目の朝。あの日から見た明々後日が……私を緊張させ続ける元凶の時が、とうとう来てしまった。


「おはよう、神酒」


 甘味処に行くと、彼女は既にお団子を食べていた。集合場所がここだから仕方ないとはいえ、べらぼうに重い朝げだ。最近の不摂生が祟らないことを祈っておこう。


「おはよう。桜華は何か食べる?」

「ううん、いいや」

「そっか。じゃあ、これ食べ終わったら城下町に行こう。記念品とも()()()()()とも言える品を見繕って、予約しておいたから取りに行かないと」

「承知」


 会って十分くらいで、神酒はお団子を食べ終えた。食べたい欲を必死に堪え、指を咥えて見ているしか無いのが辛かった。絶世の美少女がまん丸になるなんて最低最悪な物語は、お呼びじゃないからね。


 甘味処から少し北に歩き、そこから城下町まで行ける猪牙舟(ちょきぶね)に乗った。私にとっては難無く歩ける距離だったけど、まあいいか。お金持ちの神酒が一緒の時は、こういった贅沢も出来る。舟を降りて少し歩き、忌々しい骨董屋なんかがある町の中を進む。


「ごめんくださ~い」


 神酒の先導で、立派な店構えの酒屋に入った。城下町にある店というだけあって、上品な雰囲気が漂っている。


「いらっしゃいませ」


 店員の女性が、良い意味でお手本みたいなお辞儀をして言った。南西部に沢山ある大衆酒場の、「らっしゃっせ~」とは似ても似つかない。何て言うんだろう……格式高いって感じがする。きっとお酒の味も良いんだろうから、五周年記念にはもってこいだ。


「二斗樽を予約した神酒ですけど」


 何、五人に二斗って。


「御予約の神酒様ですね、少々お待ちください」


 店員さんはまた綺麗なお辞儀をして店の奥へ行き、一分も経たないうちに戻って来た……二斗樽を持った、大柄の男性と一緒に。


「御予約の際にお支払いいただいておりますので、本日は商品のお渡しのみでございます」

「ええ、ありがとうございます」


 軽くお礼を言った神酒は、男性から樽を受取った。それ、普通に十貫以上あるんじゃないの……。私ならそのまま前にひっくり返って泣くだろうけど、神酒は涼しい顔をしている。流石は酒屋の娘……で済まされる話なのかな。


 お酒を持ってまた猪牙舟に乗り、南西部に帰った。計画では、このお酒を記念品として一粒万倍に贈る事になっている。けどその前に、いったん神酒の部屋にお邪魔することにした。実家の酒屋が廃業してから、神酒は親元を離れて一人暮らしをしているらしい。まあそれはともかくとして、地味な柄の神酒の着物に着替えて、刀は家に置いておく。武装した奴が「五周年おめでとう」って渡してくるお酒なんて、怖すぎるもんね。着替えが済んで、いよいよ一粒万倍へ。


「こんにちは」


 なるべく丁寧に、それこそさっきの店員さんを意識して、私は賭場の警備の男性に声を掛けた。


「何か?」

「本日は一粒万倍様の五周年記念日であると伺いまして、(ささ)やかながら記念品をお持ちいたしました」


 普段、こんな丁寧に喋ることは滅多に無い……と言うか、完全に無い。言葉に学の無さが滲み出ていないか、今更不安になる。「こちらでございます」と、神酒が抱えている樽を手で示した。


「記念品? 中身は……酒ですか?」

「はい」


 警備の人は少し俯いて考え込んだが、すぐに顔を上げた。


「分かりました、私から上の者に渡しておきます。樽は……案内しますので、運んでいただけると」

「かしこまりました」


 警備の仕事を中断した彼は、私らに背を向けて一粒万倍の中へ。受付の奥にある小部屋の襖を開き、「ここへ」と、畳に直でいいから置くよう神酒に指示した。あまり長居はせず、襤褸(ぼろ)が出る前に退散。やれやれ、これで作戦の第一段階は完了だ。


 夕方。神酒の案内で、仕事終わりの小町も神酒の家に集合した。夕食をご馳走してくれた事は本当に有難いんだけど、やっぱり緊張で味がしなかった。食後に作戦の確認をして、いよいよ、日付が変わった。


「桜華、小町、そろそろ作戦の第二段階を始めよう」

「もうそんな時間か……」


 小町も小町で緊張しているらしい。本人は平静を装っているけど、声が高かったりちょっと震えたりしていて、明確に伝わってくる。


「そうだね。着替え良し、刀良し、あとは……」

「はい、御高祖頭巾」


 神酒が押し入れから頭巾を出し、私にくれた。これで顔や髪を隠し、私の顔を知っている一粒万倍の経営者たちと鉢合わせてしまうという、本当に本当の最悪に備えるって算段だ。着けてるとそこそこ暑いけど、まあ我慢するしかないか。


「それからこれ。小町にはちょっとした紙と矢立を渡しておくよ。声を出せない状況に陥るのは、ほぼ間違いないから」

「ありがと」


 小町はそれを懐にしまった。神酒も自分の分を持っていくようだ。


「さ、準備できたら行くよ」


 神酒の言葉を合図に、私たち三人は向き合った。右手が三つ重なり、無茶とも思える作戦を実行する私たちの団結力が、見える形で顕現する。


「よし。私たちが作戦を成功させるか、向こうが阻止するか……()()といこうか!」


 そう言い、神酒はにやりと笑った。


 夜の一粒万倍は、当然だけど静かだ。日中はごった返している客の姿は今は全く無く、私たちを残して人間は滅びたのかと、突飛な錯覚をもたらす。


「じゃあ、手筈通りに」


 神酒と小町に別れを告げ、私は一人で一粒万倍の裏に回った。建物と建物の間だから、月明かりも頼りない。少し前の記憶を探りながら、賭場の壁伝いに進む。


——あった、お勝手口擬き


 引き戸の先から僅かに灯りが漏れている。戸には鍵がかかっていて、中の様子を確認するには、侵入以外の選択肢を探さないといけない。


「ぎゃははは!」


 中から笑い声が聞こえた。それに付随して、呂律の回っていない漫談も耳に飛び込んで来る。


——上に窓。どうにかして覗けないかな


 見回すと、木箱があった。賭場のお隣さんの物だろうと思う。調べてみると、軽いものしか入っていないのか空なのか、簡単に動かせることが分かった。


——ごめんなさい、お借りしま~す


 それを窓の下に置き、乗った。その箱は頑丈で、私が乗ったくらいじゃびくともしない。窓から中を覗くと、明るい部屋が一つ見えた。大声の談笑はそこから聞こえているようだ。


「そんでお前ら、それからどうしたんだよ」

「あん? むかつくから蹴ってやったわ」

「ふぎゃあとか言って、俺らに威嚇してたな」

「やめてくれ、俺は猫好きなんだ」


 笑えない話を、彼らは笑ながらしている。その内容の是非は別として、話しているのは四人だ。もう一人はと言うと……会話に混じって「ぐう~。ごお~」と聞こえてくる(いびき)の発生源がそうだろうね。つまり、あの部屋に五人揃っているって事だ。神酒と小町が既に動いているはずだけど、彼らがそれに気づく様子は今のところ無い。こっちは順調だ。向こうも、上手くいってるといいけど。賭場の中の詳しい構造は調べようが無く、計画の命運は小町と神酒の「臨機応変」な対応に委ねられている。ちょっと心配だな……。そう想いを馳せた瞬間——表の通りか声がした。それは無論、経営者たちじゃない。暗い中で揺れる光が見える。提灯か何かだろうか……なんて考える前に、私は物陰に隠れた。


「は~あ。辻斬り以降、南西部は平和だな。夜の見回りなんて、本当に必要なのかね」

「阿呆。平和だからこそ、それを維持するために見回ってんだろうが。それに、この前行方不明者の掲示を出したばかりじゃないか」

「そりゃそうだけどよ」


 ——防人か


 すっかり忘れてた。私が警戒しなきゃいけないのは、部屋の中だけじゃない。こんな狭い路地裏まで入って来るか分からないけど、防人にも気を付けないとね。そんな私の苦悶など露知らず、その時も奴らは呑気に談笑していた。それに加えて、普段は気にならない虫の声なんかも、喧しい程に聞こえてくる。もう暫く、安寧は無さそうだ。

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