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謎の襲撃者 3

 思わずフォーリは走り出そうとしてしまいそうになるが、かろうじて留まった。

「ああ、それから、王太子と一緒に行かない方がいい。カルーラ王妃が(わな)をしかけている。途中の道で王太子と共に賊に(おそ)われるのだが、それを指示したのは王子だということになっている筋書きだ。

 だが、あからさますぎて貴族の反発が起きるのは、王妃も分かっている。そこで、また、五年前のように幽閉し、成長した王子に媚薬を盛って陵辱(りょうじょく)させ、今度こそ狂わせて完全に王位の道を絶とうという嫌らしい計画だ。」

「どうしてそんな計画を知っている?」

 男はフォーリの質問には答えず、さらに言った。

「王妃はあの王子様の容姿が気に入っているらしい。他にも案があってな。男同士のあってはならない仲、という筋書きも考えている。一番、危ないのはお前だ。お前と引き離しさえすれば、後は思いのままにできる。お前でなくても、そういう噂が流れて王にふさわしくないと公に宣伝したいそうだ。

 つまり、王の命で動く国王軍の親衛隊、彼らも狙われている。特に隊長のヴァドサ・シーク。有名剣術流派出身で、しかも先祖は権力におもねらないが、危機の時には初代国王を助けに行った忠義者だと言われていて、そういう印象が強い一族だ。そのヴァドサ家の護衛が、護衛対象の王子とそいういう仲になって、公になったら大騒動になるだろう。

 そして、もし、彼らが追い払われれば王の命で守る者がいなくなり、王妃の命で動く者を側につけ、いつでも殺すことができる。

 もちろん、殺す時はどん底まで名誉を(おとし)めてからだ。私が言うのもなんだが、あの王妃の根性は腐ってるぞ。はっきり言って、王の方がまともな神経をしている。」

 今の話ではっきりしたことがある。王宮に密偵がいる。王妃の考えを知ることのできる者が密偵としているのだ。

「なぜ、私にそんなことを教える?」

「言ったはずだ。久しぶりに私に殺されるという危機感を覚えさせた礼だと。」

 男は言って体の向きを変えて歩き始めたが、思い出したように立ち止まった。

 確かにフォーリは最初、タルナスを仕える主に選んだ。賢い子で一人で従弟を助けるために努力していた。両親と敵対する覚悟も含めて、主として仕えるに値する人格だと思った。

 タルナスに若様に仕えるように言われた時は、複雑な気持ちだった。そもそも、助け出した時、王子云々ではなく叔母が甥に、大人が子供にこれだけ非道なことができるのかと驚いた。抱き上げた体がとても軽くて、助けるのが数日遅れたら間に合わなかったのではないかと思った。

 最初は同情だった。なんて憐れな子なのだろうと、残酷な運命に同情していた。だが、護衛するためにカートン家にいる間に、同情だけでは守れない状況だと気づいた。一時の間、という約束だったが一時にできない可能性に覚悟を決めた。誰にも心を開かず、夜な夜な悪夢にうなされて悲鳴を上げ、死んでしまった母や側にはいない姉を呼び、独りぼっちで泣いているのを見れば、放っておけなかった。

 側に人を寄せ付けず着替えなどのために近寄っても、触らせようとしなかった。カートン家の医師達は仕方なく、眠らせている間に着替えや入浴などをさせていた。

 フォーリは(おび)えている子猫を(なだ)めるように、毎日、どんな時も側にいて、何もしないから安全だということを示した。何より怖い夢をみる夜に一緒にいてやり、泣いている時に心音を聞かせてから、少しずつ信頼してくれるようになった。そこからは早かった。

 もともと、素直で優しい子だったから、心の傷も深かったのだろう。信頼してくれたらこんなに信頼するのかと、驚くほど無防備だった。この素直で優しいのを利用したのだ。

 あまりのことにフォーリは腹が立った。自分が守る以外に誰ができるだろうか。そう、誰もできない。まず、信頼を勝ち得なければならない。その上、何度も迫り来る刺客を打ち払っていかなければならないのだ。

 もしかしたら、心のどこかで本当の主ではないと思っていたのかもしれない。フォーリはそのことに、自分で衝撃を覚えていた。ただ、シークに自分で選んだ主人だと思っていたと言われて、少し安堵(あんど)した。そのようにしか見えなかったと言われた時、本当にそうでありたいと心から思った。

 フォーリは肩で息をした。普段ならこの程度で息が上がるなどあり得ないのだが、薬が効くまでに少し時間がかかる。

 とうとう歩き出す。本当なら走って行きたいが、後に体力を残しておかなければならないからだ。

「もう一つ、重要なことを忘れていた。セセヌア妃も気をつけた方がいい。王妃のことが大嫌いだが、彼女の鼻を明かすため、王子の命を狙っている。王妃は王子をいじめ抜きたいのだが、先にいじめる相手を殺してその楽しみを奪おうという作戦だ。」

 後宮のことをやたらと詳しく知っている。

「くれぐれも気をつけろよ。」

 男は言って今度こそ本当に去って行った。本当は追いかけていきたいが、若様の方が気になる。この男の言ったことは嘘ではないだろう。なぜか本当のことを言った。

 そう思うから、大急ぎで山道をひた走った。その時だった。目の前がぐらついた。貧血になるほど失血するような怪我をした覚えはない。

(…毒だ。どこかに小さな怪我をしたか。)

 フォーリは速やかに、ニピ族伝統の毒消しの丸薬を飲み込んだ。よく見てみると、右手首に手袋と服の隙間になった部分に小さなかすり傷があった。戦闘に集中していて、気づかなかった。

 もしかしたら、若様に何かあるというのは、嘘なのかもしれない。あの男がフォーリの体内に毒が回るのが早まるようにするためについた嘘、という可能性もある。走れば走るほど、体内の毒は早く回る。でも、完全に嘘とも言い切れないのだ。

 フォーリは薬を飲むために休んだ分、また走り出した。本当は走るのは良くないが、そうは言っていられない。


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