謎の襲撃者 4
夜なのに馬車が表に出ている。王太子用の馬車は襲撃にあったが、壊れはしなかった。
「お前達が何がなんでも今夜出発するというのなら、私は必ずグイニスを連れて行く。」
「ですが、セルゲス公はここにいるようにとの陛下のご命令です。逆らうわけには参りません。」
王太子に対し、ベブフフが言っている。
「ならば聞くが、お前達はグイニスの安全の保証ができるか?」
「お連れしたところで、安全の保証ができるわけでもありません。」
「つまり、私もいるのに襲撃される恐れがあると?お前は私を害する者がいるということを言いたいのか?」
「…そういうことではありません。」
弁の立つ王太子にベブフフは辟易としている様子だ。その側に若様がいたたまれない様子で立っている。シーク達親衛隊も側に控えているが、どこか不安そうだ。その時、ふと、顔を上げてフォーリに気がついた。ぱあっと顔を輝かせる。途端に辺りが華やいだ。キラキラと光の粉が舞い上がっているようだ。
「フォーリ…!良かった、大丈夫?」
急いで駆け寄ってくる。若様の声にタルナス達も振り返った。
「フォーリ。良かった、遅かったから心配した。お前が来たなら、グイニスも安心する。これで、一緒に出発できるな。」
「…フォーリ。私は…。」
泣きそうな顔の若様を見ると、フォーリは胸が痛くなる。実の兄弟達や肉親に対する思いよりも、大切にしたい思いが強い。私の若様だ。そういう気持ちが湧き上がってきて、フォーリは安心した。それくらいの境地になって初めて、任務を遂行できるのだと教えられている。これくらいにならないと、命がけになったとき、主を見捨てて逃げてしまうことがあるのだと。
「若様。遅れて申し訳ありません。ですが、ご安心下さい。しばらく、若様を襲ってくる者はいないでしょう。二人ほど逃がしましたが、他は全員死んだので、仲間の遺体を回収して今夜のうちに撤収するかと思います。」
「フォーリ。…大丈夫?怪我をしたの?ちょっと様子が変だよ。」
「なんともありません、若様。これくらい大丈夫です。」
フォーリは言って立ち上がる。少し薬が効いてきて、めまいが治まってきた。
「フォーリ、服が切れてる。ボロボロだ。本当に怪我してない?」
若様の声は震えていた。心配そうに両の瞳が揺らいだ。
「グイニス、フォーリはニピ族だ。簡単にやられたりはしない。大丈夫というのだから、大丈夫だ。フォーリを信頼してやれ。」
タルナスが頃合いを見計らって口を挟んだ。
「…そうじゃありません、従兄上。私は…フォーリが怪我をしたら嫌です。心配です。だって……。」
タルナスは思わずグイニスを見つめた。もしかしたら、と思う。もしかしたら、グイニスはもう自分のことも、心から信じてくれていないのかもしれない、と。だって、当たり前だ。タルナス自身の両親が、グイニスに王位を継がせたくないのだから。フォーリだけが信頼できる人物だから、フォーリを失うかもしれない事に不安を覚えるのだ。
「若様、我々はここに残るべきかと。」
フォーリの言葉にグイニスがほっとした表情を浮かべた。
「…フォーリ、何を言い出すんだ。」
思わずタルナスはフォーリを睨んだ。
「殿下、ここは陛下の仰る通りになさった方がよろしいかと存じます。陛下は殿下の父君でいらっしゃいます。その上、父である前に国王なのです。王太子は国王に従うべきであり、国王としての権威を振るわれてしまっては、殿下も何もできなくなります。
さらに、殿下は許されても若様が許されるかどうかは、別問題です。殿下の若様を思われるお気持ちがかえって、若様に不利益になることもあります。もしかしたら、そういうことを計算の上で動かれていることもないとは言えません。」
少し厳しいことをフォーリは言ったが、タルナスは目を閉じて息を吐いた。そういうことをちゃんと受け止めて考えられる器の持ち主だ。
「…私がどう動くか予想した上で、何かことが起こる可能性もあるということだな。確かに母上ならその程度のことはありそうだ。」
タルナスは泥で汚れ、服も破れたフォーリに近づいた。
「グイニスが心配するとおり、本当に怪我はないのか?」
「はい。ご心配をおかけします、殿下。」
タルナスは頷いた。
「お前を置いて出発しなければならないとなると、心苦しい。今回はお前を連れて行くつもりだった。一人、田舎に追いやられて。私は胸が痛い。お前を置いていくのなら、出発は明日にしよう。何も急ぐ必要はあるまい。」
タルナスはグイニスの肩を叩いた。
その時だった。フォーリは鉄扇を抜いて、二人の前に立った。右手首に痛みが走ったが無視した。舞を舞って矢を打ち払う。フォーリの前に幾本かの矢が落ちた。
「なんだ、襲撃を…!一体…。」
また、若様を連れていくと言い出すだろうタルナスに、フォーリは告げる。
「おそらく、最後の威嚇です。敵は何が何でも、殿下と若様がご一緒に行かれるように仕向けたかったようです。その上、あわよくば私に怪我を負わせ、毒で死に目に遭わせたかったのかと。」
フォーリの言葉にタルナスは、はっとして納得した。
「分かった。何か確証があるのだな。そう言われれば確かに、私とグイニスを共に行かせたがっているようにも思える。」
タルナスは頷いた。
「ポウト、クフル。私は、明日ここを出発する。ベブフフ、話が二転三転して申し訳ないが、今、話したとおりだ。そのつもりで準備をしてくれ。グイニス、そういう訳だから、お前と一緒にいる時間はもうないな。本当はずっと帰りの馬車の中でも、お前といろいろな話をしたかったのだが。」
「従兄上、構いません。従兄上は私のために、こんな所まで来て下さったのです。それに、心配しないで下さい。フォーリもいるし、ヴァドサ隊長をはじめ親衛隊の兵士達とも仲良くなりました。顔見知りが増えたので、寂しくありません。」
先ほど謎の男から話を聞いた後なので、若様の話が随分、危険をはらんだものであることに気がつく。人を思いやる気持ちを利用してくるやり方に、腹立たしく思う。
しかし、フォーリは黙って口にしなかった。タルナスに先ほどの話を話せば、彼は心を痛め、若様もそんな従兄を見て心を痛めるからだ。
行こうか、と二人は仲良く歩き出した。タルナスが王位に就かない限り、若様は一生飼い殺しにされるのだ。高貴な生まれでも、幸せとは限らない。




