ジリナとオル 1
火事は商人が泊まっていた宿屋だった。宿屋の半分が焼けたのだ。そのことで村は大騒ぎだった。
そんなこともあって、その日、ジリナは帰された。シルネとエルナも親がどうしても帰してくれと言うので、決して一人にしない条件で家に帰した。もし、王太子タルナスがいなければ、領主のベブフフが何の考えもなしにさっさと家に帰してしまっただろう。
そして、夜中に事件は起こった。監禁しておいたはずのオルが脱走を図ったのである。まんまと上手く逃げ出したのだ。
オルは知っている山道を走った。今夜は月明かりがあるので、なんとか山道を走る事ができた。まずは何かあった時に備えて、準備をしておいた山小屋に向かう。いくつか、オルだけの拠点があるので、それで十分逃げていける。食料も金も用意してあった。
オルが警戒もしないで中に入っていくと、人影があってぎょっとした。後を追われているかもしれないという思いもあり、早く中に入りたかったのだ。
「誰だ…!」
少し小声で誰何する。
「わたしだよ。」
ジリナの声にほっとした。
「なんだ、お前か。」
ジリナもこの場所は知っている。
「何をしに来た?」
「何しにって、もちろん、あんたを見送りに来たんだよ。こう見えてもわたしは律儀もんだよ。それくらいは分かってるだろ。」
オルはため息をついた。
「一応、家からあんたの服やらいつも使っている道具やらは持ってきたさ。弁当も持ってきた。」
ジリナが荷物を指し示した。食べ物の匂いがするので間違いない。
「ああ、助かる。」
「とりあえず、着替えたらどうだい。その姿じゃ逃げていった先でも怪しまれるよ。」
その通りだった。あまりにぼろぼろでおかしい。
「確かにな。着替える。」
暗がりの中でジリナが頷いたのが見えた。ごそごそと荷物の中から、服を取り出す。
「ほら、まずは下着。汗でびっしょりだろ。汗臭いよ。」
「仕方ないだろう。」
オルは苦笑しながら、服を脱いだ。下着を脱いでいる最中に聞き慣れない、道具の音がした。服を脱ごうと万歳をしている状態のまま、反射的に振り返ろうとしたが、その動きが止まる。
ビュッ、ビュッ、ビュッという続けて空を切る音と、ドスッ、ドッ、ドッドッという音が続けざまに起こった。
少しの空白の後に、オルはなんとか息を吸った。
「ぐはっ…なぜだ?何をした?」
体に何本もの棒状のものが後ろから突き刺さっていた。
「…知ってるだろう。弩だよ。シェインエン大陸の産物さ。連射できるのを取り寄せておいたんだ。あんたを殺すためにね。」
ジリナの声が答える。連射弩の矢には矢羽根がついていない。先の尖った棒状の矢が連射される仕組みだ。至近距離から打ち込まれたため、数本は小屋の目の前の壁に体を貫通して突き刺さっていた。
「…ぐ。」
オルは近くの台に掴まった。
「わたしは常に有言実行する。言っておいたじゃないか。セリナを殺そうとした。あんたを許さない。必ず殺すって。だからだよ。」
「…まさか、実行するとは。…そ、それにそれは、どうやって手に入れた。」
ジリナがふふふ、と笑う。
「あんたのお仲間から手に入れた。あんたと長年夫婦をしていたからね、すっかりあんたを助けるためだと信用しきっていたよ。欲しいって言ったら、なんの疑いもなく、手に入れて持ってきた。」
オルは息を吐いた。あまり、痛みを感じなかった。それだけ、危険な状態なのだろう。肝臓の辺りにも深々と刺さっているようだ。もう、長く持たない。背中から刺さっているため、膝をついて上半身だけなんとか台の上にうつぶせの状態になる。
「あんたとの付き合いも丸十六年が過ぎて、十七年目だったね。」
ジリナは十六年前のことを思い出した。




