王太子の来村Ⅱ 8
「やめろ、フォーリ!」
様子を覗っていた親衛隊隊長のシークが、初めてフォーリに剣を向けた。とっさに払い、その拍子にオルから手を放した。ドスンとオルが床に倒れる。
「まだ、何も聞き出していないのに、殺す気か!何者の指示なのかも分かっていない!」
「どうせ、これ以上、尋問しても無駄だ。若様のお立場を悪くしないようにと遠慮しすぎた。こいつの言うとおり、もっと早くに殺しておくべきだった…!」
フォーリが肩で息をしながら言い放つ。
「私のせいだ。若様に申し訳ない。私がふがいないから、若様を害されてしまった。食らわなくてもいい毒を口にしてしまった。」
フォーリが手の甲で両目の辺りを覆っている。シークは息を呑んだ。
「一体、今のは何事ですか…!?」
シークの部下達が走ってきたので、慌てて「なんでもない…!」と言い捨て、急いで扉を閉めた。
「お前…。」
シークはなんと声をかけるべきか迷った。ニピ族は主のためだけに力を尽くす。そのため、たびたびフォーリとはぶつかることがあったし、ニピ族の行動に驚かされてばかりだった。それでも何もない限りは、冷静沈着だと言えるフォーリが男泣きしているのだ。
フォーリはシークより年下だ。だが、その武術はシークより上だ。少なくともニピの舞を使われたら、勝つのはとても難しい。
「お前、この男がさっき言ったことを気にしているのか…?」
こんな些細なことで泣き出すとは思わず、背中を向けて泣いているフォーリにシークはようやく言葉をかけた。
「仮にその男の言う通りだったとしても、状況が状況だったのだろう。なんとなく想像はできる。仕方のないことではないか。」
「……。」
「ニピ族の誇りが傷ついたのかもしれないが、私にはそう思えない。私にはお前が心から、若様にお仕えしているようにしか見えない。命がけで心からお仕えしている。いつだって、お前は若様に寄り添ってきた。残酷な運命に翻弄されているあの方に、お前は心からお仕えしている。お前でなければできないことだと私には分かっている。
それに、私は何度もお前を見て、ニピ族は本当に忠義の篤い者なのだと思った。巷で言われていることは本当なのだと何度思ったかしれない。お前は若様を大切にしている。私には、若様をお前が主人として選んだようにしか見えなかった。実際にそうなのだから、この男の言うことを気にする必要はない。」
シークはフォーリに立ち直って貰わなければならないので、心から思っていることを伝えた。
ニピ族で特殊な訓練を受けてきた有能な男だとはいえ、まだ若いのだとシークは実感した。早い者だと十代のうちから主を決めるというが、フォーリは自分の目に適う主に仕えたかったのだろう。そういう意味では遅かったのだろうが、下積みが長い分、実地になったときに強い。
だが、若様の護衛は想像以上に大変なはずだ。若様の護衛を命じられて一年近く経つが、自分だって最初、命を下された時は左遷されたような気分だった。大変だということは分かっていたが、ここまで大変だとは思わなかった。
刺客も送られてくるが、何よりも若様が極端に不遇な状態にされていることに驚いた。前の領地にいた時は領主が弁えていたので、そんなことはなかったが、ベブフフ家はあからさまに待遇を悪くしてきた。身の回りの世話をしながら、護衛をし、さらに半分親代わりに若様を育てなくてはならない。
フォーリはよく一人で若様を護衛していたものだと驚愕した。その重荷は大変なものだろう。
「お前はよくやっている。若様が毒を口にされてしまった件は、私の方が責任が大きい。油断した。まさか、セリナの父親が犯人だとは思ってもいなかったからな。」
その時、足下のオルが呻いた。途端、フォーリが鉄扇に手をかけたので、慌ててその手を押さえる。
「待て!気持ちは分かるが、まだ殺すな。お前の言うとおり、吐かないかもしれないが、私はもう少し、聞き出せる情報があるのではないかと思う。今度は私が尋問してみよう。お前は少し休んだらどうだ。」
少し考えている様子のフォーリだったが、軽くため息をついて、鉄扇を帯に挟んだ。内心、シークはほっとする。
「分かった。」
少し鼻声のフォーリは言って、窓を開けて出て行った。廊下は大勢の人がいるからだろう。
(でも、ここは二階なんだがな。)
一階の窓から出て行くように出て行けるニピ族は、何度見ても、やはり超人なのだと実感する。
(さて、こいつをどうやって尋問するか。蜂蜜の件は動揺していたが。)
「…一つ考えがある。」
突然、窓の外から声がして、シークは飛び上がりそうなほど驚いたが、なんとか飛び上がらずに踏みとどまった。
(心臓に悪い。この気配の消し方は尋常ではない。)
「なんだ?」
窓から戻ってきたフォーリは、あることをシークに告げた。




