王太子の来村 9
「従兄上、本当です、セリナは関係ないんです…!巻き込まれただけなのに、捕らえるなどとは不当です。セリナに罪はありません、どうか、信じて下さい。」
グイニスは案の定、必死に抗議している。タルナスはため息をついてみせた。
「グイニス。お前の事を私は信じている。だが、その友達とやらは信じていない。話を聞けば、その子が作ったパンに毒が付着していたそうではないか。それなのに、その後に起きた事件から関係ないと判断して、きちんと取り調べていないのは問題だ。
事実、完全に罪はないという証拠もないし、共犯じゃないということも言い切れない。確かに村娘一人が成し遂げるには事が大きすぎるから、誰か共犯がいるのだろう。その共犯者が見つかるまでは、監禁しておく。お前の弱点を探るために近づいたのかもしれないし、現にお前は害されたのだから、放ってもおけない。」
タルナスの淡々とした理屈の通った言葉に、グイニスは更なる反論をしようとしてフォーリに止められ、うつむいた。
誰でもない王太子の命令である。いつもグイニスを“護衛”してきた国王軍の兵士達がセリナを捕らえに行った。領主のベブフフは出る幕がないのだが、捕らえてきた村娘をすぐにでも処刑するとか言い出して、話を上手い具合に大きくしている。
だが、ここにタルナスの誤算が一つあった。捕らえられてきた娘が己の罪の潔白を主張するかと思いきや、じっと黙り込んで淡々と受け入れていたことだ。
「お前をしばらく監禁する。どういう罪であるかは分かっているな?」
タルナスが頭を垂れている娘に伝えると、彼女は素直に頷いた。
「はい。仕方ないことだし、当然のご判断だと思います。」
別に発言を許した訳ではなかったが、セリナの言ったことは間違っていなかったので、そのまま、監禁することにしている小部屋に連れて行かせた。
グイニスはおろおろとどうしたらいいか、戸惑っている。弟だという気持ちが強い。だから、子供の頃から変わらぬ行動に、こっそり可愛く思ったが、厳しい顔を作ったまま、ベブフフに命じた。
「良いか、監禁しているが、私の許可無く決して処刑してはならない。まだ、聞きたいことはある。勝手なことをしたら、お主も一枚噛んでいると判断するぞ。この意味は分かるであろう?」
と強い口調で伝えると、そこはさすがに素直に応じた。今の所、ボルピス王は健在だが、その死後はタルナスにすがるしか八大貴族が生き残る道はない。
タルナスはおろおろしているグイニスを連れて、中庭の散歩に出た。グイニスは昨日より顔色がいい。かなりの猛毒だったらしく、あと少し処置が遅れれば死んでいたという。
天気も良かった。冬で少し寂しい庭をそぞろ歩く。グイニスはフォーリもいないことが落ち着かないのか、まったく落ち着きがなかった。本当はセリナという村娘が犯人ではないことは分かっている。だから、少し申し訳なかったが、放っておくつもりもない。実際に彼女にも反省して貰わなければならないし、犯人をあぶり出すには後、一日の時間が必要だった。
タルナスはグイニスを守るためには、どんなことでもするつもりだった。他の弟や妹達よりもグイニスに対する思いは強い。
困惑しきっているグイニスを見ている内に、押し隠していた従弟に対する申し訳なさがふいに溢れ出てきて、自分でもタルナスは焦った。慌てて空を眺めるふりをしたが、つっと頬を伝った涙を拭く瞬間をグイニスに見られていた。
「従兄上…?」
はっと息を呑んで側にやってきて、じっと見上げてくる視線に耐えられなかった。
「…なんでもない。」
「そんなわけありません。従兄上。」
心配するグイニスを見ればますます、申し訳なくてたまらなかった。自分の方が酷い傷を受けて、傷だらけなのに。従兄を心配しているのだ。
「すまないな、グイニス。私はお前に申し訳なくて…たまらない。本当に申し訳ないことを。」
母のやったことを具体的には言わず、ただそれだけを口にした。
「…従兄上。従兄上は悪くありません。いつも、こうして心配して下さるのは、従兄上だけなのです。姉上は遠い戦地にいらっしゃるから、来ることも会いに行くこともできません。従兄上だけが姉上のことも、気にかけて下さる。
だから、従兄上が泣かないで下さい。従兄上はいつも精一杯のことをして下さるのですから。」
グイニスの顔が泣きそうになる。タルナスは弟同然の従弟をそっと抱きしめた。大きくなって背も伸びた。だが、久しぶりに会った従弟は命を狙われた直後で、顔色が悪かった。
「…グイニス。お前は悪夢をみたりしないか?」
「…それは…。」
タルナスの問いに口ごもったので、あるのだなと理解する。きっと、母カルーラのせいだろう。普段は忘れていても、心の傷は癒えていない。
「すまない。私に力がないばかりに。お前に苦労ばかりかける。」
「従兄上。もう、謝らないで下さい。約束したではありませんか。あまり謝られると私も苦しくなります。」
「…そうか。そうだったな。ごめんな。」
「従兄うえー。」
グイニスに甘えたように抗議されて、タルナスは苦笑した。
「ああ、悪かった。ごめん、ごめん。」
言いながら笑う。ようやく、タルナスにつられてグイニスも笑った。子供の頃からそうだ。彼が笑えば辺りが一気に華やぎ、きらきらとした光を纏うようだ。
一時の穏やかな時間が二人の間を流れた。




