王太子の来村Ⅱ 1
事件はその日の午後、起こった。
シルネとエルナは犯人に繋がる人物を知っているため、口封じされないように村に帰されていなかった。その二人はジリナの監視の下、皿洗いなどの雑用を手伝っていたが、見たことのないご馳走に目を奪われ、王太子タルナスの料理をつまみ食いした。そして、しばらく経った後、泡を吹いて意識を失った。
これは王太子を狙ったものなのか、それともグイニスを狙い王太子の料理にも毒を盛ったのか、シルネとエルナの口封じを狙ったものなのか、判断のつかない状況が生じた。
二人は幸い、命に別状はなかった。カートン家の医師が二人以上いたので、すぐに処置されたからだ。
当然、大騒ぎである。ベブフフは自分のせいにされたら大変なので、すぐさま犯人を捜すよう命じ、誰でもいいから犯人にしそうな勢いで犯人捜しを始めた。そして、ジリナに目をつけ、彼女を縛り上げた。
「きっと、この女のせいです。昔、弟をたぶらかした女に似ています。顔がどこか似ているので、きっと性格も似ていて悪賢い女でしょう。」
さすが、伊達に当主をしているわけではないらしい。かなり真相に近いことを言い当て、ベブフフは鼻息も荒く続けた。
「殿下、ここにいては危険も増します。すぐにここを出ましょう。セルゲス公の無事を確認できたことでもあります。陛下への挨拶はセルゲス公の体調が調ってからということで、またの機会にするべきかと。おそらく、今の状態ではセルゲス公は長旅には耐えられません。」
一理あるがジリナが犯人だという証拠は何もない。
「いいや、グイニスは連れて行く。もしかしたら、私達をここから追い出すための作戦かもしれない。グイニスの安全のためにも連れて行かなくては。」
「恐れながら殿下。それでは陛下のご意向に背くことになります。」
タルナス付きの護衛隊長が進み出た。
「陛下のご意向は、セルゲス公はここで療養するようにというもの。ベブフフ殿が言われる通り、セルゲス公のご体調は、私が見ても良くないように見受けられます。一理あるかと存じますが。」
めったに意見しない人間がこんな時に意見してくると、無視もできない。それだけ、父のボルピスが厳しく命じていたのだろう。
「だが、仮にお前達の言うことを聞いて、グイニスに万が一の事があったらどうするのだ。これだけ事件が続くのは、私ではなくグイニスを狙っていると考える方が妥当だ。
あの娘達の命が助かったのは、私をここから早く出発させるための策と考えられる。だから、軽く済んだのだろう。グイニスをここに置いていけば、敵の思うつぼだ。父上には私の方から説明するから心配ない。」
「…ですが、従兄上。そこまでなされば、従兄上が叔父上…陛下からお叱りを受けます。私のことは大丈夫ですから、どうか、ご心配なさらないで下さい。」
とうとうグイニスが説得にかかる。今、フォーリはタルナスの出した命で側にはいない。フォーリがいれば、また別の判断になるだろうと考えたタルナスは、実力行使でいくことにした。
「今、グイニスの護衛は別件で側にいない。だから、彼がいない間はポウトに護衛を兼任させている。お前達がどうしても私にここを出発せよと言うのなら、私もグイニスを連れて行く事は譲らない。」
「…あ、従兄上。」
グイニスが不安そうな声をあげる。フォーリも側にいないのに、このままグイニスを置いて出発できるわけがない。
ベブフフもタルナス付きの国王軍の護衛隊長も黙り込んだ。ここにいるよりは出発した方がいいと判断したのだろう。出発すると言っても、少し時間はかかる。それでも、荷物などは後回しにして、すぐに出発するように配下の者達は命じられるはずだ。
「これ以上、揉めている時間も惜しい。出発する。グイニス、一緒に来い。フォーリが来るまでだ。」
「…ですが。」
グイニスは考え込んでいる。グイニスは意外な所で実行力があるので、タルナスは先手を打った。
「ポウト。」
自分の護衛に一言命じる。彼は誰よりもタルナスに忠実だ。ボルピスの命令でさえ聞かない。それがニピ族である。フォーリが少し例外なのだ。例外だということをグイニスに知られてはならなかった。知ればきっと傷つくだろう。
後ずさったグイニスを一歩早く、ポウトが捕まえた。抱え上げられてグイニスがじたばたする。ポウトがタルナスを振り返った。タルナスが頷く。
「従兄上。やっぱり…。」
抗議しようとしたグイニスをポウトが失礼します、と言って気絶させた。




