ベブフフ家の使者 5
「何の騒ぎだ!何をしている!」
その時、突然、玄関前の広場中に一喝が響き渡った。もう、それは“一喝”そのもので、セリナも村娘達も全員、思わず全身の毛が逆立って背筋を伸ばしてしまった。執事と執事の使いとその取り巻きの兵士達も同様だった。そして、何より親衛隊員が一番、緊張していた。
そう、忘れていたが、執事達は兵士達を連れてきていたのだ。だから、余計にベイルは慎重になっていた。流血沙汰になってはいけないと思っているのだろう、それくらいセリナにも分かる。
だって、親衛隊の数よりも、執事達が連れてきた領主兵の人数の方が多いのだから。
静かに歩いてくる気配がして、一斉にみんな振り返った。隊長のシークだった。少しか顔色が悪そうだったが、怒っているためか少し紅潮している。
そう、完全に怒っている。見たことがないほど、厳しい表情をしていて大変な迫力だ。思わず村娘達はみんな、彼の歩く所を作るように避けていた。シークの後ろからベリー医師がついてきた。ベリー医師はシークを迎えに行っていたらしい。
シークがこんなに怒っている姿を見たことがない。若様が散歩に行って起きた事件の時も、厳しい表情をしていたが、今の怒っているのとは違った。
「ベイル、これはどういう状況だ?」
フォーリを押さえているベイルに尋ねる。ベイルはフォーリから離れると、シークの前で姿勢を正し、説明しようと口を開こうとした。
「お前は誰だ?」
執事が口を開いた。ある意味、神経が図太いのかもしれない。それとも、自分の方が偉いと思っていて、そのせいで怖くないのかもしれない。命令し慣れているせいで、もしかしたら、親衛隊も同じように自分の命令で言うことを聞かせられると思っているのかもしれない。そんなことをセリナは思った。
そうでないと、こんなにド迫力で怒っている人に、“お前”呼ばわりで、この状況で聞く事なんてできないと思う。
案の定、シークは厳しい表情のまま、くるりと執事達の方を向いた。彼らの後ろの領主兵達も眺める。領主兵達の中には、すでに剣に手をかけている者もいた。
「私はヴァドサ・シーク、親衛隊の隊長だ。あなた達はベブフフ家から来た使者か?」
「そうだ。お前はなぜ、重要な場に遅れてきたのだ?」
執事は少し押されぎみだが、それでも偉そうにシークに尋ねた。
「最初に言っておくが、私は親衛隊の隊長だ。陛下よりじきじきにご命令を賜り、セルゲス公殿下に無礼を働く者は、どんな者であれ斬って良い許可を頂いている。」
すると、執事は鼻で笑った。
「そんなものが脅しになるとでも?お前は陛下の命令を頼みの綱としているようだが、陛下は結局、八大貴族のご領主様を捨てることはなさらない。お前かご領主様かを選ぶとしたら、間違いなくご領主様だ。
分かるか?だから、陛下は“若様”をここに送ることを許されたのだ。つまり、どういう状況になるか分かっていて、送られたということだ。黙認されている。だから、実際に斬ってみろ、結局のところ、陛下はお前ではなく、ご領主様をお守りになる。
断罪されるのはお前の方だ。そうなれば“若様”の護衛も代わらざるを得ないだろうな。」
執事は、はははと馬鹿にしたように笑った。
「どうだ、言い返す言葉も見つからんか?」
「言いたいことはそれだけか?」
「お前の方も凄んでみせるだけが精一杯だろう。いいか。我らの判断で、陛下にどのように伝えられるかが決まる。我らの判断で、若様の病状が変わるのだ。そうなれば、セルゲス公の位も剥奪されるかもしれんぞ。いいな。それを踏まえた上で賢い判断をしろ。」
「そうか。」
シークは言うと、ベイルに向き直った。
「ベイル。お前が慎重になった理由は分かった。だが、私達の任務はなんだ?」
「若様…殿下をお守りすることです。」
「そうだ。陛下はたとえ、八大貴族の誰だろうと、殿下を侮辱する者は斬れ、と仰った。私の代理をする以上、それは全うしなくてはならない。この者達は、殿下に対して無礼を働いたのか?」
「はい。」
頷いたベイルの目から迷いが消えた。セリナ達はみんなお互いに顔を見合わせた。
「…ね、ねえ、これどういうこと?」
リカンナと小声で言い合う。一触即発ってこういう状況を言うんじゃないの?領主兵達の緊張は、一気に高まっている。
「ならば、お前のすることは何だ?」
「無礼者どもを斬ることです。」
「お前は私の代理だ。最後までやれ。」
「分かりました。」
ベイルは振り返った。
「お前達、殿下を護衛せよ…!私はこの無礼者どもを斬る。」
一斉に親衛隊が動いて、若様の周りにざっと囲むように並んだ。フォーリも解放されて若様の隣に立った。
「…待って、待て、ヴァドサ。」
若様がその時、声を上げた。シークは静かに囲われた中に入る。
「お呼びでしょうか、殿下。」
制服を着た立派な男の人が、まだ少年の若様の前に跪いて座っている。若様は王子様なんだ。妙にその光景が、若様が王子だという事実をセリナに突きつけてきた。なぜか泣きそうになって、こっそりセリナは涙を拭いた。
「この…者達は村人をみんな抹殺すると言った。だから、言うことを聞けと。そうでないと、皆殺しにすると言っていた。」
「殿下、ご安心下さい。そのようなことには、なりません。」
シークはきっぱり答えた。この間、ベリー医師にからかわれていた時とは、別人のようだ。
「…でも、フォーリがざっと数えただけで、領主兵は百人以上は来ているだろうって。」
若様のさっきの氷の鎧を着ていたかのような厳しい声が、少しだけ和らいで元に戻っていた。いや、少し違うような気もする。
(…もしかして、若様、隊長さんに甘えてるの?)
若様の表情は兵士たちの囲いでよく見えない。でも、子供が親に甘えている時のような感じがして。
「殿下。ご安心を。大丈夫です、それくらい。たかだか百人程度、それくらい一人辺り五人ほど斬れば済む話です。」
いつものシークは、フォーリに何か言われて折れて仕方なさそうにしている姿とか、若様に何か聞かれて教えている姿とか、部下達がじゃれてきてそれを躱したりしている姿とか、手が足りない時に薪割りしていたり、水くみを手伝っていたり、そんな姿しか見ていなかったので、今の発言が信じられなかった。




