ベブフフ家の使者 4
セリナはリカンナの手を振り払い、若様の肩とか嫌らしく撫でている執事に大股で近づくと、その勢いのまま執事を突き飛ばした。
思いがけない攻撃に執事はよろめいて、後ろに尻餅をついた。
「執事殿…!大丈夫ですか!?」
横柄な使いが慌てて駆け寄る。
「あーら、失礼致しました。ハエが飛んでいたもので、退治しようとしたら、勢いが強すぎました。」
「…セリナ!」
複数が同時に声を上げた。若様は驚いて、フォーリはでかしたぞという意味で、ベイルは今のは良かったが後でやっかいだぞ、という意味で。
「き、貴様、何をする…!」
「ですから、ハエが飛んでるって、言ってるじゃないですか…!」
セリナは言いながら、立ち上がって唾を飛ばしている執事の顔をぴしゃり、と叩いた。
「あ、失礼しました。また、逃げられちゃって。」
明らかにハエはいないので、セリナの言い訳と行動に執事は呆然として、村娘のセリナを凝視した。凝視した所で、なかなかの器量よしだと気がついた。
「ふん、つまり、お前がセルゲス公の代わりに酌をしてくれるということか?」
「そうですね。わたしだけじゃなく、みんなでしましょうか。」
セリナの発言に若様がはっとする。
「セリナ、だめだよ。みんなの両親にも迷惑をかける。そうでなくても、村の人々に負担をかけているのに。」
自分の貞操が危ないのに、村人の心配をしているのだ、この若様は。もしかして、危ないと気がついていないのだろうか。もしかしたら、その可能性もある。
「大丈夫ですよ、若様、心配しないで。」
セリナはにっこりする。
「みんなでたっぷり、お酒をついで回り、酔っ払った所で、あそこをぶった切って母さんに調理して貰いますから。その後で犬に食わせます。」
どこかで聞いた話に、親衛隊員達はぎょっとした。フォーリがなるほど、と呟いたのでベイルは青ざめた。ここに村の男達がいたら、絶対にセリナに逆らわないだろう。だが、この二人はその事を知らないので、いきりたった。
「この、小娘が!ふざけたことを!」
「できもしないことをほざきおって!」
「セリナ、だめだよ、そんなことを言ったら…!ほら、怒ってるよ二人とも。」
若様は心配しているが、心配するところがどこか違うような気もする。
「大丈夫です。母さんの教えは言ったことは必ず実行しないと、嘘つきの大ぼらふきだって馬鹿にされるから、有言実行あるのみですから。」
おろおろしている若様に安心させるように言うと、「やるわよ、みんな!」と気合いをかける。
「この小娘!私達を馬鹿にするのか!どこまで侮辱すれば気が済む!私達を誰だと思っている!」
セリナは執事の言葉に振り返った。
「そっくりお返しします!最初に若様を馬鹿にしたのは、あんた達じゃないの!どうよ、やり返されて!腹が立つでしょうが!若様をいやらしい目つきでじろじろ眺めて!どれだけ可愛いからって、あんなにべたべた触って!気持ち悪いのよ!」
すると、村娘達が頷き合った。
「ほんと、気持ち悪かった…!」
「鳥肌立ったもん!」
「吐きそうだったわ!」
「ほんと、ゾッとした!」
娘達の反応に執事と偉そうな使いの二人は目を丸くし、わなわなと体を震わせた。
「わたし達だって、知ってるんだからね!若様が本当は王子様だって!王子様にそんなことして、無事で済むと思ってんの!村中にあんた達が若様にいやらしいことをしようとしたって、ふれ回ってやる!わたし達だけが証人じゃないようにしてやるんだから!」
セリナは二人に指を突きつけて怒鳴った。
「待て、それでは、若様の名誉が傷つく。」
ベイルが生真面目に注意したが、セリナは聞いていなかった。
「わたし達をただの小娘だと思って、馬鹿にしないでよね!」
「セリナ、落ち着いて。」
若様がセリナを宥めようとする。若様は病み上がりで、影のある顔を心配で表情を曇らせていた。こんな時でも若様はかわいい。
「ふふふ。」
セリナが少し若様にみとれている間に、執事が不気味に笑い出した。
「貴様らは私が誰か、忘れているようだな。何も問題は無い。ここは小さな村だ。お前達が大切にしている若様に夜の相手をして貰っても、何も問題はない。」
執事の目がぎらりと異様に光る。
「村ごと全員、葬ってやる。」
フォーリ以外、全員が数秒、この男の言っている意味をすぐに理解できなかった。
「何を…言ってるの、あんた。」
セリナの声が震えた。
「まあ、お前もなかなかの器量よしだ。お前を二人で抱いてから、若様を楽しみ、その後で村人全員を抹殺することにしよう。そうすれば、証人は一人もいないな。」
「あんた、自分の欲望のために、村人全員を殺すって言ってんの!?」
セリナは震えた。勝手に体が震えてくる。そんなことを簡単に言ってのける人間がこの世に存在しているなんて、信じられなかった。
執事がにやりと笑って、セリナに近づいてきた。
「どうした、さっきまでの勢いは。今さらになって私が怖いのか?だが、遅すぎたな。まずはお前をいただくとしよう。」
「やめろ。その娘に手を出すな。」
若様が制止した。若様は硬い表情でさっきよりも、ますます血の気がなくて顔色が悪かった。若様も震えていた。優しいから、村人全員を殺すという男に対して怒り、また怯えているのだろう。
「…ほう。若様がこの娘の身代わりになると仰っているので?」
にやりと笑った執事は、若様に標的を変えた。ゆっくりと近づき、若様に手を伸ばす。誰もがはっとした。パシッと音がして、若様が執事の手を叩き払ったのだ。
若様はうつむいたまま、震えていた。
「誰にも手は出させない。村人を傷つけるのは許さない…!」
若様はきっ、と顔を上げてはっきり言った。その両目には涙が盛り上がっている。
「ははは、泣きながら随分と可愛らしい威嚇ですなあ。」
執事と横柄な使いは高笑いした。セリナは若様を振り返った。セリナには聞こえたのだ。小さな声だったけれど、はっきりと。なぜか、背中にぞくりと悪寒が走った。
「無礼者、控えよ、と言っている!」
若様の凜とした声が響き渡った。馬鹿にしていた二人は押し黙ったが、一瞬だった。
「いきなり、なんでしょう。偉ぶってみせても、お立場はなんら変わりませんよ。」
「本当にそうか?」
若様の声が冷たくなっていく。まるで、氷の鎧を身に纏っていくようだ。
「私を誰だと心得ている?」
「…セルゲス公でいらっしゃいますが。」
「無礼である。態度を改めよ。まさか、セルゲスという位が、王族が陛下から賜る位の中で最高位だということを、知らぬというわけではなかろうな?」
まるで、別人だった。美しい顔が氷のように冷たい表情を浮かべている。
「最後にもう一度言う。態度を改めよ。」
二人は困惑したまま、呆然と突っ立ったままだ。だが、執事が笑い出した。
「いいのですか、私の言葉一つで、セルゲス公のお立場は大きく変わるのですよ。セルゲス公でいられなくなる可能性だってあるのですが。」
若様は珊瑚色の唇を引き結んで、小さく震えている。




