ベブフフ家の使者 3
広場ではベブフフ家の領主の執事が、嫌らしくて意地悪なことを言っていた。
「たしかに国王軍の親衛隊ですから、そうでしょう。でも、そんな態度でいいのでしょうなあ?いいのですか、こんな報告を陛下にしても。セルゲス公はますます病が進み、もはやお一人では何もなさることがおできにならないと。
ですから、のんきに地方の屋敷で療養などと言わず、今すぐにお目の届く所で療養なさった方がよろしい。もはや、セルゲス公としても、公務をなさる見込みはただの一つもございません、と、ご領主様にご報告致しましょう。ご領主様はすぐに陛下にご報告致しましょうな。」
若様もフォーリも顔をしかめている。いつもだったら、すぐに詰め寄るだろうフォーリが黙って何も言わない。
「なんと卑怯な。」
ベイルが怒りに声を震わせる。
「そう報告されるのが嫌でしたら、我々をきちんともてなした方がいいですぞ。そこ、ここにもてなす人材はおりましょう。」
セリナは頭にきた。自分達が食料もちゃんと出さないくせに、何を言ってるんだろう。
お見送りのために並んでいたセリナは、みんなと並んで立ちながら、義憤に駆られた。怒っているセリナの表情を見て、リカンナがセリナの腕をつかんだ。分かっている。さすがにしゃしゃり出て発言しよう、とは思っていない。おそらく、それをすればますます、若様の立場が悪くなる。だから、フォーリも黙っているのだ。それくらいの分別はセリナにもあった。
「何がなんでも宴会をしろということですか?」
ベイルが眉をしかめる。そんなにしたいなら、それくらしてやればとセリナは思う。みんなで頑張って料理をすれば、なんとかなるだろう。
セリナがそんなことを考えていると、領主の執事のまあ、という声で我に返った。
「まあ、セルゲス公は愛らしくお育ちだ。そんじょそこらの令嬢よりも、気品があって美しい。」
若様の容姿が何の関係があるのか、みんなわけが分からず、娘達は顔を見合わせた。
ただ、フォーリから怒りというか、殺気の気配が漂い始めた。それなのに、執事は続けた。
「セルゲス公が酌をして下さるのであれば、貧相な田舎料理でも我慢致しましょう。なんせ、都の妓楼にもセルゲス公ほどの器量の娘はおりませんからな。なんだったら…夜のお相手もして頂いてかまいませんぞ。」
セリナ達は一瞬、思考が停止した。その直後に顔から血の気が失せる。みんな思っていることは同じだ。気持ち悪い!
「おのれ、貴様、黙っていれば!」
ついにフォーリが切れて執事に襲いかかろうとしている。慌ててベイルともう一人が二人がかりで押さえ、さらに助っ人が走ってきて、それぞれ一人がフォーリの足を一本ずつ、さらに一人がフォーリの馬の尻尾の紙を引っ張り、なんとかフォーリを押さえ込んだ。
「放せ!」
「放せない!今、こいつを殺せば、若様のお立場がますます悪くなる!」
「許さん!若様を、若様を!」
フォーリが吠える。
「落ち着いてくれ!フォーリ…!」
そんな中、ベリー医師はなぜか何も言わずに傍観していた。時折、廊下の奥を見たりしている。
「面白い眺めだ。護衛のニピ族が護衛の親衛隊に取り押さえられるとは。」
当の若様はますます血の気が失せて、その状況を静かに見ていたが、そっとフォーリに近寄った。鉄扇を固く握りしめている右手にそっと触れる。
「フォーリ、そう怒るな。」
「若様、なりません、あんな男の言いなりになってはいけません!」
「フォーリ、私なら大丈夫だ。別に命が惜しいわけではないが、みんなに迷惑をかけたくない。何も取って食われはしないだろう。酌くらいしてやる。」
「だめです!なりません!」
フォーリが叫ぶ。
「そうです、それはいけません!」
「どうか、お考え直しを!」
ベイルともう一人、副隊長の代理をしているらしい隊員も同時に引き止める。
「でも、そうしないと、みんなに迷惑がかかってしまう。」
みんな、という若様の言葉にセリナは引っかかった。みんなって、もしかして自分達のことなのだろうか。そう考えて思い当たった。
「ねえ、みんなってわたし達のことよね?」
騒ぎになっている間に、セリナは小声でリカンナに言ってみる。
「きっと、そうよ。わたし達をはべらすって言ったから、宴会はしないって言ってこんな話になってんでしょ、きっと…!」
セリナとリカンナの会話は他の村娘達にも聞こえて、伝わっていく。
執事は嫌らしい顔で笑いながら、若様に近づいた。フォーリが今は動けないことをいいことに、若様の頬を撫でた。若様はびくっとして縮こまる。きっとみんなのために、我慢しているのだ。
「ぐおぉぉ、貴様、ぶっ殺す!」
フォーリが猛獣のように殺気丸出しで唸る。
その執事の動きに、セリナの背中にぞっと寒気が走り、全身に鳥肌が立った。我慢できない。今はフォーリの気持ちがよおく分かる。若様が酌をしたら、きっとその先までいたらんことをさせるつもりに違いない。さっき言ってた“夜”までいくつもりだ。
怒りよりも、気持ち悪さが先立った。こんな男に若様を汚させてなるものか!




