犯人の手がかり
時々、嫌な夢を見る。とても、恐くて、悲しくて、どうして、そんなことになるのか、されるのか、分からなくて、必死に抵抗しても、叫んでも誰も助けてくれない。
一人の女がそれを無慈悲に眺めている。よく知っている人であっただけに、なぜなのか全く理解できなかった。
でも、目覚めればどんな夢を見ていたのか、ぼんやりとした霞の向こうに消えてしまう。思い出そうとして、思い出せたためしはなかった。
「若様、ここでは本当のことを話して下さい。今は誰もいません。気配も感じませんので。」
フォーリの言葉に頷いた。
「みんなが鹿に気を取られている時、私もその鹿に気を取られてた。後ろに何かがいる気配を感じて、振り返ろうとしたけれど、振り返る前に口を塞がれ、気絶させられた。気がついたら、あの大きな木の切り株の根元に座っていて、思わず起き上がって辺りを見回そうとしたら、下に滑り落ちちゃった。
もし、マントが木の枝に絡まらなかったら、私は木の枝に掴まることすらできず、地面に叩きつけられて死んでいたと思う。」
フォーリは深刻な表情で頷いた。
「フォーリは何に気がついたの?」
「私は若様がいらっしゃらない事に気がついた後、すぐに獣道を調べました。
わたし達よりも山に詳しい者がいて、見落としている可能性があると思いました。仮に若様を襲った者がいるなら、その道を通って逃走しただろうと見当をつけました。
案の定、私達が獣道を調べていると、何かが気配を覗っており、私はすぐに後を追いました。すると、村の道に突き当たったのです。その獣道は普段、村人も使っていないでしょう。その上、誰もが知っている道ではなさそうです。その道を下りたらその先で村の大通りに続く、人通りの少ない道でした。」
「…やっぱり、そうなんだ。村人の誰かに……。」
グイニスが悲しくなって言うと、フォーリも頷いた。
「黒幕が誰にせよ、誰かが村人に若様を害するように命じているということです。」
「こんな話はセリナのいる前ではできない。村人の中に犯人がいると思えば、辛い思いをさせてしまう。働いてくれている他の村の娘達も、お互いに疑心暗鬼になってしまうだろうから、知られないように調べて欲しいんだ。」
「もちろんです、若様。仰る通りに調べますので、ご安心下い。」
「…ねえ、フォーリ。今の話、ジリナさんにだけは話した方がいいと思う?」
「…そうですね。彼女は抜け目ない女性です。しっかりと村娘達を管理してくれています。状況によっては、話す必要が出てくるかもしれません。しかし、今はまだ時期尚早ではないかと思います。」
「分かった。フォーリがそう思うなら、今の話はフォーリに任せる。…ところで、セリナ達は無事に帰ったかな?遅くなっちゃったけど。」
「その件ですが、かなり遅くなったため、今夜は彼女たちを泊まらせる事にしました。どっちみち、早朝からの仕事は泊まり込みでしたい、との要望も出ていたので、信用できる村娘達だけそうするつもりで、準備をしていました。ジリナさんも私達が時間通りに帰らなかったため、今日は帰らないと家族に伝言を頼んだそうですから。」
別荘から村まで行くには、林の中の道を通ったりする。明かりを持って歩くにしても、猪や山犬に出会えば危ない。その話を聞いてグイニスは、ほっとした。
「そう、それなら、良かった。」
「若様、そろそろ、入浴の時間です。」
フォーリの言葉にグイニスは頷いた。
「今日は泥だらけになったから、綺麗にしないとね。」
セリナは若様にブローチを渡そうと思って、フォーリに会うため部屋に向かった。若様は拾ったブローチをセリナを助けるために、ぽいっとその辺に投げ捨てて助けてくれたが、その後、拾うのを忘れていたのだ。そんなに物にとんちゃくがないらしい。
でも、せっかく拾ったのだ。セリナは先に若様がフォーリに抱えられて上に登っている間に、薄暗い中、気がついて拾っていた。
護衛の親衛隊の兵士に要件を伝えると、入浴中だと言われてがっかりしたが、同時に妙な想像をしてしまう。
「あの、フォーリさんも一緒に…?」
「ああ、そうだが?」
あのフォーリが若様と一緒に裸になって入浴していると思えば、いけない世界を覗いているような気がした。なんとなく、顔が赤くなってしまう。
その時、護衛の兵士がぷっと、吹き出した。
「…お前、今、妙な想像をしただろう?ま、分かるけどな、口には決して出さないことだ。命が惜しかったらな。」
命が惜しかったらな、と言った兵士の顔が急に真顔になり、セリナはごくりと唾をのみこんだ。
「…命が惜しかったらって?」
「ここだけの話だ。」
兵士はこんな話をしてくれた。以前の屋敷にいた頃、若様の愛らしい容姿にすっかり参って、ご執心になってしまった兵士が幾人かいたらしい。なんとかして、若様の裸を見て本当に男か女か確かめようと企んだという。そして、その企みを実行したところ、一緒に入っていたフォーリに手加減なしに容赦なくやられ、全員、あの世に行ったらしい。
「嘘じゃないぞ、本当だ。ここに来る数ヶ月くらい前の話だ。」
セリナはびっくりした。かなり近い話だ。てっきり一年くらい前の話だと思ったのだ。真顔で繰り返し兵士は言った。フォーリは常に若様に付いているため、入浴時間も別に取ることはないという。
「あれは、まあ、見せしめでもあった。だから、お前達も気をつけろよ。入浴中は絶対に手加減しない。夜、寝ているときはなおさらだ。ニピ族は眠っていても、襲撃されたら反射的に反撃するように訓練を受けてる。ニピ族が一番危ないのは、眠っているときだと言われている。逆に起きているときが一番、安全だということだな。」
「……。」
呆然として聞いていたセリナは、ようやく頷いて部屋に戻ったのだった。




