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崖の上の二人

 セリナはしばらく地面に座り込んで息を整えた後、立ち上がった。

「若様、仰向けになれますか。ご自分でそのブローチを取るのは(むずか)しいと思いますので、わたしが取ります。」

「え?…うん、そうして(もら)えるとありがたいよ。実際の所、手ががくがくして、細かいことができそうにないんだ。」

 セリナは若様の横にしゃがみこむと、ブローチに手を伸ばした。山は日が落ちるのが早いので、少し薄暗くなり始めている。よく目をこらしながら、今まで触ったことのない生地に触った。上質の毛織りのマントは、想像以上に滑らかだ。

 だが、そんなことより若様の可愛らしい顔が間近にあって、セリナは意識しないように必死だった。意識すれば顔が紅潮してしまう。そんな様子を見られたくないので、ブローチの留め金に気をつけながら外した。

「あ、取れました。」

「うん、ありがとう。」

 若様が言いながら、上半身を起こしかけた。その途端、マントがずるり、と崖の下に引っ張られる。まだ、ブローチは布についたままだ。上等そうな宝石がはまっている、手の込んでそうな作りの物だ。思わず手を伸ばすが、その手を若様に押さえられた。

 思わずドキッとする。顔が赤く紅潮しそうになるのを、我慢しようと試みた。

「何をするの?」

 若様の少し緊張した声に、現実に引き戻された。

「だって、ブローチがまだ…!高価な物なのに…!」

 セリナにはそんな物が落ちていくのを、みすみす黙って見過ごす訳にはいかなかった。気をつければ取れる。

「そんな物より、君の命の方が大切だよ。」

「大丈夫、まだ、落ちてないし、気をつけて引っ張り上げれば、取れますって。」

 セリナは立ち上がり、まだ落ちきっていないマントに近寄った。以外にさっき、若様を引き上げたのが足に来ていたが、気をつければ大丈夫だ。

 セリナがマントに手を伸ばしかけたとき、マントがすっと落ちていきそうになる。思わず足で踏んで押さえ、寸前で落ちそうになったブローチを救出した。心配そうに見つめている若様に手渡し、戻ろうとした瞬間(しゅんかん)、足がふらついてつまずいた。

「うわ!」

 踏んでいたマントと一緒に滑って尻餅をつき、立ち上がる間もなく、崖下に落ちかかり、さっき若様がつかまっていた木の枝に左腕をかけ、右足を崖に伸ばして突っ張り支えた。左足は空をかいているが、右腕は若様が捕まえてくれていた。

「…だから、言ったよね、君の命の方が大切だって…!」

 完全にセリナが悪かったのでとてもばつが悪いが、素直に認めるのも少し(しゃく)だった。

「ご、ごめんなさい、でも…!もったいないって、思ったんだもん!」

 つい、本音が出る。

「もったいないって…!」

 若様はまだ、少年だ。必死になって引っ張ってくれているが、セリナを引き上げるだけの力は無い。さっき、セリナが若様を引き上げられたのは、半分は若様が自力で登ってくれたからだ。セリナにはそんな芸当はできない。

 つまり、助けが来なければ二人とも一緒に落ちてしまう。せっかく助かった命が、無駄になってしまう。

「若様、手を放して下さい…!わたしは大丈夫。若様より体重は軽いと思うし。」

 言いながらそうでもない可能性に、セリナは気がついた。体格はあまり変わらないのだ。それよりも若干、セリナの方が背が高いような気がする。きっと、体重もセリナの方が重いはずだ。

「そんなことできないよ。それに、君の方が軽いとは言い切れないよ。」

 若様は必死にセリナの右腕を引っ張りながら、しかし、冷静に状況を分析していた。

「助けが来るまでもたないかもしれない。彼らもここまで来るには時間がかかる。とにかく、左足も崖につければ、さっきの私みたいに登って来れる。やってみて…!」

 セリナはおそるおそる、空をかいている左足を崖の斜面につけようとしたが、左腕の位置を動かさなければならず、動く度に枝がゆさゆさと揺れるので、とても恐くて移動できない。状況を見た若様がさらに恐ろしいことを言った。

「じゃあ…左腕を思い切って放して。一気に引き上げるから。」

 そんなことをすれば、若様を引きずり下ろしてしまいそうで、恐ろしくて実行しようとも思えなかった。

「む、無理…!だって、一緒に落ちちゃうかもしれないのに!」

「大丈夫。君だってできたんだから、私だってできる。」

 その時、風がびゅうっと吹いて、しかも長く吹いた。そのせいで、枝が(はげ)しく揺れる。若様は一人でここにぶら下がっていたのだ。しかも、あんな芸当をして登るとは、度胸もある。

 セリナには無理だ。無理、無理…!

「きゃあああ!こわいいい!」

 セリナは恐怖で悲鳴を上げた。一度、恐いと思うと、わき出るような恐怖に心が支配され始める。少しも動けそうにない。

「セリナ!セリナ!」

 セリナは思わず、はっとして若様をなんとか見上げた。名前を初めて呼ばれた。いつも『君』だったから。

「大丈夫。大丈夫だよ。しっかりして。」

「若様…。」

 セリナは思わず半泣きになった。

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